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第17話 鍵とセリーヌ 美亜目線

2010年12月1日


タエさんは現在45歳、もう7年間もうちに来てくれている家政婦さんだ。


国文学科卒業で私の国語の家庭教師、話し相手、相談相手、庭仕事、簡単なDIY、掃除、料理…本当になんでもできてしまう。しかもその上、美人で性格もよい。私の大好きな人だ。


今日は、ママに頼まれて、タエさんが古いジュエリーや古いのコイン、細々とした小物をまとめて、馴染みのアンティークショップへ売りに行くことになっていた。


朝の光の中、タエさんは木のテーブルに箱を広げ、一つひとつ丁寧に品を包んでいく。


「タエさん、おはよう」


「美亜さん、おはよう」


「ねえねえ、ちょっと見せてもらっていいかな?」


「はい、何か気になる物でもあるのかしら?」


「うん、ちょっとちょっとね……」


すると——金属の輝きの中に、見覚えのある形があった。


「これ!やっぱり…」


底に混じっていたのは、パパの家の先祖から伝わる魔法の鍵だ。


「美亜さん、気づいてくれてありがとうね」


「うん、タエさんのせいじゃないからね。ママのせいだよ。自分でちゃんと確認しないで全部まかせちゃうんだもん」


黒野君が私を部屋から連れ出してくれた魔法の鍵。


私は鍵を手に取ると、チェストの上にそっと置いた。


本来なら、慢性肝炎を知ることもなく、セリーヌが死んでいたはずだった。


そして、パパは悲しんでいる私を慰めるために、誕生日にアフリカへ野生動物を見に旅行に連れて行ってくれた。そこで、初めて鍵がない事に気がついたんだ。


未来が変わった為、その事実なんてもうないのだけど、体験した記憶だけは、頭の中にはっきりと残っている。


雄大なケニアのサバンナで、野生のキリンやライオン、シマウマ、ゾウ、ハイエナ、ガゼルたちを見た。


動物園で見る姿とは違い、生き生きとしたその姿に感動して涙を流した。


その光景が、ふいに脳裏をかすめた。


そして、ケニアからエジプトへ向かう小さなプロペラ機に乗った記憶が続く———


ここから先は、もう思い出したくないのに———


機内にヒステリックなアナウンスが響き渡り、機体がものすごい勢いで急降下する。


身体に凄まじいGがかかる。


乗客皆が悲鳴を上げ、景色が反転した。


そして、地面に激突した瞬間——。


「…………っ…………!!!」


気がついたら、タエさんにしがみつて泣いていた。


「どうしたの?」


タエさんも私を優しく抱きしめてくれた。


もう私、一生飛行機は乗れないかも……。


幽霊になった記憶も、“6日間の記憶”も失われなかった理由はおそらくこの“魔法の鍵”のおかげだろう。


でも、その幽霊だった記憶があるのは私だけ。


証拠がある訳ではないので、こんな不思議な話は誰にも言えなかった。


言っても絶対に信じてもらえないし、言うべきでもないと思っていた。


その後も、私はしばらくタエさんの胸で泣き続けた。


そんな状態だったので、せっかく手元に残った鍵の事は忘れてしまった。



        * * *



その事を思い出したのは夜になってのことだった。


…そうだ…チェストの上に置いたんだった。


しかし、見当たらない。


焦った。


あの魔法の鍵は今となっては、何よりも大切なものだ。もしかしたら、役目を終えて消えてしまったのだろうか?


本気でそう思ったけど、どうしても諦めきれない。


色々な所を探した挙げ句、犯人はなんとセリーヌだった。鍵を嬉しそうに咥えていたのだ。


「も~う、セリーヌ、返して!」


しかしセリーヌは、口にくわえた鍵をどうしても離そうとしなかった。


頭を撫で、抱きしめて、餌を差し出す。


すると、ようやく鍵をそっと手のひらに返してくれた。


でも、なぜか再び咥えようとする。


「もう、セリーヌ。これでいいでしょ?」


私は仕方なく首輪にチャームの様につけてあげた。


「どう?」


私がそう言うとセリーヌは無言でドアを見続けている。目には何か強い意志が宿っていた。


「どうしたの?外に出たいの?」


玄関を開けてみると、外は前がほとんど見えないほどの深い霧が立ち込めていた。


「必ず帰ってくるから、行かせて」


そう言っている様な目で私を見てくる。


もちろん、行かせる訳には行かない。


しかし、次の瞬間セリーヌはものすごいスピードで、ドアの隙間から逃げてしまった。


大型狩猟犬のアフガンハウンドが本気を出したら大人でも止める事はできない。


焦って追いかける。


塀もあるので敷地内からは逃げる事はできないはずだ。


しかし、セリーヌのジャンプ力は凄まじかった。


1・5メートルくらいの、うちの塀を軽々と超えてしまったのだ。


脱走。


「…ウソ…?」


今までこんな事はなかったし、こんなに身体能力が高い事も全く知らなかった。


鍵を首輪につけて外に逃してしまったなんて、怖くてパパにもママにも絶対に言えない。


私は門を開けて外で、セリーヌの帰りを待つしかなかった。


鍵をつけて霧の中に消えていった、と言う事は、導かれる様にどこかにいったのだろうか?


あの時の黒野君の様に?


過去、未来?


行き先も時代もわからない。


どこかの時代の私が呼び寄せたとしたら……。


だとしたら、絶対に帰ってくるはずだ。


「心配は無用だ」自分にそう言い聞かせた。



         * * *



12月の夜なので、外はやばいくらいに寒かった。


カナダグースのダウンジャケットとスノーブーツ、ブランケットをまとい、門を開けて1人外で待つ。


もちろん、両親には知られない様に、こっそりと。


ここ夕霧市は、その名の通り夕方から霧が出る事が多い。パパはその雰囲気が故郷のコッツウォルズの風景に似ている、ってよく言っている。


毎年夏には帰っていたけど、飛行機恐怖症を克服しないと、大好きなおばあちゃんと絵本の様な風景には会えないな…。


…ああ…黒野君は元気かな?


今月の19日にはアルティス音楽院のクリスマスパーティーがある。


毎年あるんだけど、他の習い事とかぶってしまい、ママの承諾がもらえないから全然参加できない。この前の動物病院と一緒だ。


でも、今年はなんとしても参加する。理由は黒野君に会うため。今は交渉中だけどなかなかOKがもらえない。


それにしても、クリスマスパーティーに行くだけでなんでこんなに一生懸命お願いしないといけないのだろう?


またパパ経由で言ってもらうのがよさそうだなぁ。


どのくらい時間が経ったのだろう…。


ウトウトしながら待っていると、セリーヌが霧の中から嬉しそうに帰ってきた。


私を見ると胸に飛び込んできたので、強く抱きしめる。


「もう〜、どこにいってたの?大切な誰かに会いに行ってたの?」


セリーヌは喋れないけど、すごく興奮していて、嬉しそうだった。


「お家に入ろうね」


「く〜ん」


「今日も一緒に寝ようか?」


そう言ってセリーヌの頭を撫でた。


会いに行ったのは、もしかしたら、ずっと未来の私かもしれない。


そんな気がした。


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