表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

14/63

第14話 コンクール① 美亜目線

     2009年11月28日 日曜日


今日は、「木漏れ日ピアノコンクール」の日だ。


私は午後に演奏するけど、アルティス音楽院の仲間たちも何人か出場するため、午前中もホールで両親と演奏を聴く予定になっている。


他の人の演奏を聴くのは好き。下手な人でも味があって感動したり、逆に上手な人でも心に響かない事もあるから面白い。


プロでも、ただ上手いだけの人って結構いる。

それは、審査員が減点方式だから。楽譜からはずれても、気持ちを乗せて弾くことが重要だと思うんだけどなぁ。


このコンクールは、ホールが主催する地域の大会であり、本戦には直結していない。


そのため、出場者たちの表情は皆穏やかで、順位は一応出るけど「発表の場」という雰囲気が強い。


アルティス音楽院の生徒たちも数名参加しているけど、普段のレッスンは個人指導のため、私たちは交流はほとんどない。


せいぜい、レッスンの前後にすれ違った時に挨拶をする程度の関係だ。


「木漏れ日ピアノコンクール」では、毎年恒例の「アルティス音楽院」の昼食会が開かれる。


会場併設のレストランで、音楽院の生徒たちと保護者を交えた食事会だ。


ピザがとても美味しいので今から楽しみだ。


ホールの大きなガラス窓から、少し色づいた木々が風に揺れる様子が見える。


私は静かに息をついた。


今日はどんな一日になるのかな?


コンクールは抽選順だけど、私はなるべく最初の方がいいと思っている。理由はみんなが新鮮な気持ちで聴いてくれるからだ。ピアノを好きな私でさえ長時間聴いていると飽きてしまう。


そんな調子で午前の最初の方は楽しく聴いていたけど、お昼休み前になってきた頃には、去年食べた大好物のピザの事で頭がいっぱいになっていた。


午前中の最後の演奏は、同じ教室の黒野君だった。


黒野君は去年の昼食会で隣になったけど、私が話しかけても、女の子が苦手らしく、全く会話にならなかった事を覚えている。


また今年も隣になったらどうしようかな?と考えていたら演奏が始まった。


黒野君の事はなんとも思っていなかった。


この時までは——。


緊張した面持ちで、黒野君はゆっくりと鍵盤に指を置く。


弾き始めたのは、サティの《ジムノペディ第1番》


その瞬間、なぜか私の手に力が入る。


別に、そんなに応援する理由もないんだけど、胸がドキドキする。


頑張って!


音が、静かに空間に広がっていく。


森の奥深くから響いてくるような、淡く、優しい音色。


元々ゆっくりの曲を、更にゆっくりと弾いている。


……テンポ…完全に無視……。


独特のタッチとゆらぎ…。


…やるじゃん…。


目を閉じると、ふとある情景が浮かんだ。


おだやかな朝の光が差し込む部屋。


そばには、大人の男性の姿。


私は、ソファに横たわっている。


顔は光に包まれて、よく見えない。


彼は静かにピアノを弾いている。


……私を眠りにつかせるために……。


その瞬間、身体に電流が走り、全てを思い出した。


飛行機事故で死んで幽霊になり、大人の黒野君によみがえらせてもらった事を——。


気がつくと私は号泣していた。


……黒野君………全部思い出せたよ。


こんなにも早く!!


霧の日の朝、私は書いてくれた手紙を読んだんだね。


本当にありがとう!!


セリーヌは治療を始めたから、もうアフリカ旅行には行かないからね…。


演奏が終わると黒野君はゆっくりお辞儀をしてから舞台袖へと消えていった。


今まで聴いた中でダントツで最高の《ジムノペディ第1番》だった。


気がつくと、震える手で懸命に拍手を送っていた。


しかし、周りは誰も感動していない。


「美亜どうしたの?何でそんなに泣いてるの?」


ママが本気で心配している。


とめどなく涙が流れてくる。


ママには死んで幽霊だった記憶なんてないのだろう。もちろんパパにも。


私もたった今、このジムノペディを聴いて全てを思い出したのだから。


「Are you hungry, Mia? Let’s go get lunch.(お腹すいたね美亜、ランチに行こう)」


「………yeah………okay.」


レストラン「piccolina(ピッコリーナ)」に着くと席に着いた。


“両親と食べてもいつもと変わらない”と言う事で大人同士、子供同士で食べるのがお決まりだ。予約した段階でピザの注文も済ませてある。


6人席に5人座る。同級生の沙希ちゃんと黒野君が

正面に、5年生凛のちゃんと4年生の山田君が私の隣の席に座った。


黒野君は、私を見ても特に何も感じていないみたい。


あの時、言っていたね。


私が幽霊で4年間過ごした後の、10年後…。


つまり14年後の黒野君に戻るって。


しかも、その時に一緒に過ごした“6日間の記憶”も全部なくなっているって。


今は2009年だから…もし、黒野君の記憶が戻るとしたら…2023年か…。


……めちゃくちゃ長いなぁ…。


「2人とも良かったよ。山田君の『エリーゼのために』も黒野君の『ジムノペディ第1番』も」


奈美ちゃんが言う。


「ありがとう!」


山田君は嬉しそうに笑った。


「でも、途中でちょっと間違えちゃってさ…」

と、小さな声で付け加える。


「全然わからなかったよ!すごく上手だった」


沙希ちゃんがフォローすると、山田君はホッとしたように肩の力を抜いた。


「黒野君も、ジムノペディ、すごく素敵だったね」


私がそう言うと、黒野君は少し驚いたように目を瞬かせた。


「ありがとう」


それだけ言って、視線を落とした。


やはり私に関心がない。


ちょっと、悲しくなる。


いや、ちょっとじゃなく、だいぶ悲しいかも…。


「美亜ちゃんも午後に弾くんだよね?何の曲だっけ?」


沙希ちゃんの声で、私はハッと我に返った。


「うん、ショパンの『華麗なる大円舞曲』」


そう答えると、山田君が「おお~!」と目を輝かせた。


「かっけー!速いやつでしょ?」


「うん、結構速いよ」


「また美亜ちゃんが優勝だね?」


奈美ちゃんが言う。


私は去年このコンクールで優勝しているのだ。


でも、本線に直結していないので順位は気にしていなかった。だから、今日は自分が好きなように弾く事を第1に考えていた。黒野君みたいに。キリコ先生もこのコンクールは、それでいいって言っていた。


一応ピアニストにもなりたいけど、ピアノが上手い人は星の数ほどいる。私はそこまでの自信は持ち合わせていなかった。ママは全国大会まで行かせようと躍起になっているけど…。


私はチラリと黒野君を見た。


「黒野君、午後も聴いてくれるよね?」


「……聴くよ……」


短く答えた。


う〜ん、反応が鈍い…。


ウエイトレスさんが、きのこチーズピザとサラダと紅茶を運んできてくれて、みんな自然と食事に集中することになった。


私はピザが大好物だ。もし大人になって1人暮らしをしたら、毎日ピザを食べて太ってしまうかもしれない…。


みんな1人暮らしの人はどうやって大好物を毎日食べない様にコントロールしているのかな?以前から疑問に思っていた事だ。


きのこチーズピザを口に運ぶ。


外はカリカリ中はもっちり。少し厚めピザは小麦が香ばしく、口の中でチーズがとろける。


ああ、何という美味しさだろう!


お腹がすいていたこともあり、あっという間に平らげてしまった。


その瞬間、黒野君と目があった。


恥ずかしそうに目をそらしたけど、私を見てくれていた事がすごく嬉しかった。


「な〜に、黒野君?」


「あ、あ…いや、美味しそうに食べるな…と思って…」


子供の黒野君は喋るのが苦手なんだね…。


でも、そこがまた可愛いなと思った。


「うん、ピザ大〜好き!でも、もう全部食べちゃった よ。ふふっ♡」


可愛く言ってみたが……。


完全にやり過ぎた。


みんなからも馬鹿だと思われたかも……?


「…僕の1切れあげようか?お腹いっぱいなんだ」


「えっ…いいの?…食べたい!」


「…どうぞ…食べな…」


やばい!


思わず脊髄反射で返事をしてしまった!!


馬鹿と思われた+食い意地が張ってると思われただろうなぁ。


なんか、調子狂うなぁ〜。


黒野君は、私が美味しく食べているのを優しい眼差しで見守っている気がした。


完全に気のせいだけど。


……私……幽霊で食べられなかったから、ずっと食べるふりしていたもんね?


私、こうして食べれる様になったよ。


黒野君のおかげだよ。


泣きそうになるのを必死で堪える…。


……駄目……こんなところで泣いちゃ。


みんな見ているし、黒野君だってそんな記憶…今はないんだから……。


しかし、堪えきれず涙が溢れ出てしまった。


1度、流れ出したらもう止まらない。


周囲を見渡すとみんな絶句していた…。


「ハッハッハ〜!!」


その数秒後、山田君と沙希ちゃんが手を叩いて大爆笑し出した。


「ハハハッ!ピザ恵んでもらって、そんなに嬉しいの?金持ちなのに?」


山田君に言われた。


「美亜ちゃん、超ウケる~アハハ!!」


沙希ちゃんが馬鹿にする様に言う。


「………」


「僕のもあげるよ アハハ!!」


「私のも、ハハハ!」


みんなのピザが私のお皿に乗せられる。


「ちょっと、やめなよ!!」


凛ちゃんは笑わずにみんなをたしなめている。


黒野君は呆然としている。


面白いのはわかるけど、今はちょっと静かにして欲しかった。


「…もういいよ…ゴメンネ…」


私は席を立った。


1人になりたかった。


「…ねえっ…、ちょっと!怒っちゃった…」


私はホールを出て、ロビーへ向かった。


大きなガラス窓の向こうでは、色づいた木の葉が静かに揺れている。


少し息をつくと、ふとロビーの片隅にあるアップライトピアノが目に入った。


傍らには「ご自由にお弾きください」の文字。


このホールのオーナーが「音楽を愛する人達のために」と置いたものらしい。


みんな、まだご飯を食べている為か、誰もいなかった。


私はそっと鍵盤に触れた。 


何を弾こうかな?


自然と指が動き出す。


響いた曲は、チャイコフスキー『白鳥の湖ー情景』


今はこれを弾きたい気分だった。


公園の池で一緒に聴いた思い出の音楽。


あの日のことを思い出しながら、オーケストラの曲を私のアレンジで弾く。


胸の奥が、じんわりと温かくなる。


一緒に笑い合ったよね?


弾き終わると、不意に後ろから声がした。


「……やっぱり、すごいね」


驚いて振り向くと、黒野君が立っていた。


「黒野君?」


思わず手を握ってしまった。


黒野君は顔が真っ赤だ。


かわいいなぁ…。


「ねえ、2人でどこかに行こうか?昼休みそんなに残ってないけど…」


気がつけば、そんな言葉が口をついて出ていた。


せっかくだから、2人きりで話がしたい。


黒野君は一瞬驚いたように目を見開いたけど、すぐに小さく頷いた。


「…うん…」


それを聞いた瞬間、私は思わずドレスの裾を持ち上げて走り出していた。


「ちょ、ちょっと待って」


黒野君が慌てて後を追ってくる。


ホールの出口を抜けると、外の風がふわりと髪を揺らした。


昼休みの間に行ける場所なんて限られている。


あまり、時間はない。


でも、今の私はただ、2人でどこか遠くへ行きたかった。


「こっちよ!」


私は近くの小さな川へ向かって駆け出した。


道を曲がったところで、ようやく振り返る。


黒野君は息を切らしながら、ほんの少し遅れて追いついてきた。


「…はぁ…はぁ…なんで…そんなに速いの…」


「ふふっ、ごめんね。つい…」


私も少し息を切らせながら笑った。


川のほとりには、ちょうどベンチがひとつあった。


そのすぐ側にはジャラート屋さんのキッチンカーが止まっていた。


「…ちょっと買ってくるね…座って待ってて」


黒野君が財布から小銭を取り出して買っている。


「…ジェラート2つ買ってきたよ。食べよう」


黒野君が控えめに言う。


すごいスマート。


なんかかっこいい!


照れ屋で話せなかった黒野君はどこへいったの?


「うん、ありがとう!」


風が静かに流れていく。


川面もきらきらと輝いている。


「ねえ、黒野君」


「ん?」


「こういうの、なんかいいね。『ローマの休日』みたいでしょ?」


「……うん……」


言葉はそれだけだった。


子供の黒野君は女の子と喋るの苦手なんだね?


でも、沈黙も心地よかった。


しばらく、ジェラートを食べながら、ただ風と水の音を聞いていた。


何を話すでもなく、でも確かにそこにふたりだけの時間があった。



        * * *



「もう時間だよ。戻らないと…美亜さん」


子供の黒野君に、初めて名前で呼ばれたかも…。


でも、子供の黒野君は“さん”なんだね?


でも”ちゃん”の方がいいな…。


「ねえ、ねえ、“さん”より“ちゃん”の方がいいなぁ」


「うん、……美亜…ちゃん……」


「ふふっ…いいねぇ…」


携帯電話を見るとあと5分しかなかった。


シンデレラの12時の鐘みたいだ———


黒野君の部屋で一緒に見た実写版のシンデレラを思い出す。


この時代には誰も見た人はいない映画だ。


特に舞踏会の場面は圧巻だった。


「やばい!ダッシュだね!」


「うん!行こう」


ドレスの裾を持ち上げてまた走り出す。


「私シンデレラみたい!ハハハ」


楽しくてしょうがない。


「すぐに映画に例えるんだね?」


「うん、だってそうなんだもん!」


「いなくなっても、私の事見つけてね!シンデレラの王子様みたいに…」


「何それ?ハハハ」


「ふふふっ…じゃあね…パパとママのところへ戻らなきゃ…楽しかったよ!」


「うん!」


両手で目一杯手を振る。


楽し過ぎた。


また泣きそうになる。


ピアノ教室は個人レッスンだし、学校も住んでる場所も違う。


それに、私達はまだ小学生だから、自由に会うことなんてできない。


でも、ずっと、ずっと一緒にいたい……。


そう思った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ