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第12話 霧の朝 美亜目線

      2009年11月8日 日曜日


朝目覚めると、窓の外は、ふんわりと白い霧に包まれていた。


庭の木々はぼんやりと霞み、どこか夢の中の風景のようだ。


あ〜…よく寝たなぁ…。


何かすごく長い長い夢を見ていたような……。


チェストの上の宝物のフランス人形が私を優しく見つめている。


私は元気よく階段を駆け下り、リビングのドアを開けた。


「パパ、ママ、セリーヌ、おはよう!外は霧がすごいね」


パパが英字新聞をめくる音と、ママが淹れるコーヒーとバゲットの焼けたいい香りがする。


アフガンハウンドのセリーヌがゆっくり近づいてくる。2歳のメスだ。


いつもの静かな日曜日の朝の光景。


「good morning」


パパが新聞から目を上げて私を見る。


「おはよう。美亜、手紙が来ているわよ」


「ママ、誰から?」


「誰からなんだろうね?封筒には送り先が書いてないのよ。…怪しいわね…」


テーブルの上には、私宛ての白い封筒がそっと置かれていた。


封筒には切手は貼っておらず印刷文字で「美亜様へ」とだけ書いてある。


「誰からだろう?」


セリーヌの頭を撫でながら考える。


全く心当たりががないけど、とりあえず丁寧にハサミで開けて読んでみる。


白い便箋にパソコンでタイピングされた文字がびっしり書かれていた。


「……何……この手紙……?」



        親愛なる美亜へ


この手紙を読んでいるあなたは、おそらくまだ12歳の美亜だと思います。この手紙を書いているのは、少し未来の美亜です。


驚くかもしれないけれど、今から伝えることを信じてほしいのです。


まず、セリーヌのことを話します。セリーヌは今、元気そうに見えるけれど、実は肝臓に問題を抱えています。セリーヌは家族で、あなたにとって大切な存在だから、このことを早く知って、彼女を救ってあげたいと思って手紙を書いています。


最近、少し疲れやすくなっていると感じたことはありませんか?以前より昼寝の時間が長くなっていたり、散歩の途中で座り込んでしまうことはないでしょうか?ごはんを食べる量が少し減ったり、毛並みがいつもより悪く見えたりすることはありませんか?


また、セリーヌを撫でたとき、お腹が少し硬いと感じることはありませんか?


肝臓の病気はすぐに目に見える形で症状が出るわけではありませんが、早めに気づくことができれば、治療できる可能性があります。


私しか知らないことを少し話しますね。セリーヌは散歩の時、いつも同じ道の電柱で必ず止まってにおいを嗅ぐのが好でしたよね。そして、夜寝る前には、必ずあなたのベッドの隣で静かに座っていましたね。あなたがピアノを弾いている時、セリーヌがそっとあなたの足元に寝そべっていますね?


そんなセリーヌを、これからもずっとそばにいてあげたいなら、どうかこの手紙を信じて、パパとママに話してほしいと思っています。


肝臓の病気はすぐには目立たないけれど、早めに気づけば治療できる可能性があります。病院に連れて行って、きちんと診てもらって下さい。


きっとパパもママも理解してくれるはずです。

どうか、この手紙を信じてください。セリーヌのために、できることをしてあげてください。


       未来の美亜より



        * * *



全て読み終わると現実が切り変わった。


未来が変わった為だ。


しかし、今のところ変わった事といえば「手紙は最初からなかった」という事だけだ。



        * * *



「美亜、大丈夫⁉︎」


ママが心配そうに尋ねる。


「………えっ、えっ、えっ?………」


「Mia?」


パパも少し心配そうに声をかける。


……何かを読んでいた様な気がしたけど、気のせいだった……。


呆然と立ち尽くしている私を、パパとママが心配そうに見つめている。


下を向くとセリーヌまでも心配そうな目で見つめてくる。


「……大丈夫よ……ごめん、ごめん、ちょっと考え事していただけ…」


「何、考え事って?」


ママが聞き返す。


「…えっと…ね…」


…頭の中がうまくまとまらない…。


…なんだっけ?


そうだ…セリーヌの事だ。


「最近のセリーヌの事、最近お昼寝の時間が長いでしょ?食べる量も少し減っている気がするし、それに散歩の時も疲れて座り込んでしまう事があるし、毛並みも良くない気がするの…」


「そう?いつもと変わらない様に見えるけど…」


「お腹もちょっと硬い気がするの…」


セリーヌのお腹を撫でながら答える。


「どうしたの?いきなり。セリーヌはまだ若いのよ。病気になんてなる歳じゃないでしょ?」


「動物病院で見てもらった方がいいと思うんだ。肝臓や腎臓だったら症状が中々現れないって言うでしょ?」


「美亜は医者みたいな事言うのね…。今日は午前中はピアノのレッスンした後、パパの仕事のお客さんがうちに来るのよ。動物病院なんかに行っている時間なんてないわよ」


パパはそれを聞いて黙って新聞を読んでいる。

いつも仕事、仕事で私に無関心な事が多いし、ママは絶対に私の言うことを聞かない。


最近はこんな事ばかりだ。


そう思うとなんか急に腹立たしく感じた。


「手遅れになったらどうするの?私が1人で行くから」


「美亜!あなた今日、おかしいわよ。なんなの、急に。セリーヌはいつもと変わらないじゃない?ねえ、あなた?」


「Let’s wait and see.(様子を見よう)」


「あなた、本当にいつもそうね……」


「手遅れになったらどうするの?」


「だから美亜!!…急に何なの!?」


確かにママの言う通りだ。


急にどうしたんだろう、私…。


でも、すごい胸騒ぎがするの…。


セリーヌに何かあるんじゃないかって…。


気がついたらポロポロと涙が流れていた。


セリーヌは、静かに頭を動かしながら、私の顔をじっと見つめた。そして、小さく鼻を鳴らしながら、そっと顔を近づけた。


「優しいセリーヌ、私のこと心配してくれているのね…。でも、私があなたの事を心配しているのよ。お利口だからわかるよね?」


セリーヌは小さく「くぅん」と鼻を鳴らし、私の脚をそっと前足でトントンと叩いた。


「美亜、あなた、来年中学生なのよ!!泣かないで!!」


泣きたい時に泣く。


そんなに悪い事なのだろうか?


「Shall we go next week?」

(来週行こうか?)


「あなた来週、美亜はフランス語とバレエのレッスンよ」


「……」


パパは黙ったままだ。


パパは優しい。でも、ママには弱いのだ。


ピアノのレッスンは大好きだけど、バレエとフランス語は正直苦痛だ。何の役に立つのかいまいちわからないからだ。


「来週は休むからね!」


「決まった予定を勝手に変えるなんて、そんなこと許されると思ってるの?」


ママは静かに言った。


「でも、私はセリーヌを動物病院に連れて行きたいの!」


私はぎゅっと拳を握った。


「セリーヌのことは大事だけど、あなたの未来の方がもっと大事よ?」


「私はピアノは大好き。でも、バレエもフランス語も、何の役に立つのかいまいちわからないのよ…」


「役に立つかどうかじゃないの。そういうものなのよ!」


「だから『そういうもの』って何なの?」


私は一旦落ちつくために、セリーヌを連れて自分の部屋に戻る事にした。


最近はママと話していると、こっちが変になりそうになる事が多い。


「待ちなさい!まだ話は終わってないし、ご飯もまだでしょ!」


セリーヌを連れてリビングの外に出る。


バタン!!


ドアを思いっきり閉める。


自室に入り、セリーヌを抱きしめると、そっと瞳を閉じた。


本当に可愛らしい。


窓の外を見るとまだ霧がかかっている。


霧をずっと眺めていると、なぜだかとても懐かしい気持ちになっていくのを感じた。


あの頃は良かったな…。


えっ…あの頃?


ママの言う通り今日の私は少し変だ。


それが図星なのが余計に腹が立った。


トントン


「……」


トントン


「……」


「Father’s here.」


私は無言でドアを開けた。


「I convinced your mother. Let’s take a break next week and go to the hospital.」 (お母さんを説得したよ。来週休んで病院に行こう)


「「Thanks… and I’m sorry… I haven’t been very honest lately.」(うん、ありがとう…ごめんね…最近、素直になれなくて…)


「never mind」(気にするな)


こうしてセリーヌを、動物病院に連れて行ける事になった。


何事もなければいいのだけれども…。

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