第11話 再び過去へ 黒野目線
2023年10月13日 金曜日
霧深い夜、僕と美亜ちゃんは車を降り、洋館の門の前に立っていた。
門の横には古びたポストが静かに佇んでいる。
洋館の窓には淡い明かりが灯っていた。
その瞬間、はっと目を覚ました。
夢を見ていたようだ。
見渡すと、霧が立ち込めていて、あたりは薄暗くなっていた。
時計は18時20分を示している。思ったよりも長く眠ってしまったらしい。
隣を見ると、美亜ちゃんも深い眠りの中にいる。
「お客さん、終点ですよ!」
冗談めかして彼女を起こすと、美亜ちゃんは眠そうに目をこすりながら、ぼんやりとした声で答えた。
「……不思議な夢を見たの……。霧の中で、私と黒野君が霧の中、私の家に手紙を出しに行く夢……。
しかも、今…本当に霧がかかっている…」
「僕も同じ夢を見たよ。家には明かりが灯っていたよね?美亜ちゃんたちの家族もいるって事だ」
「うん!!」
「あの日の夜と同じだ」
僕は確信を持ってそう言った。
タイムスリップの予兆は、やはり魔法の鍵と霧と夢なのだろう。
再び過去に戻り、美亜ちゃんたち家族の運命を変える時が来たのだ。
「行くよ!美亜ちゃん達が生きている過去へ!」
「うん!なんかバック・トゥ・ザ・フューチャーみたいだね。今頭の中であの音楽が流れてるよ!」
「うん、映画の主人公みたいだね、僕達…」
ゆっくりクラッチを繋ぎ、アクセルを踏むとビートルは唸りを上げた。
霧の中の運転は危険を伴う。
僕は慎重にハンドルを握りしめ、視界の限界まで神経を研ぎ澄ませた。
こういう時は音楽はかけない方がいいだろう。
霧の濃さは想像以上で、視界は20メートル先が見えるかどうかという状況だった。
* * *
3時間近く運転しているだろうか?
美亜ちゃんはそんな僕の横顔、自分の運命を預ける眼差しで見つめてくる。
「もう少しだよ…」
僕は小さく呟く。美亜ちゃんはただ無言で頷き、目を閉じた。
山を降りきると、時計は22時を回っていた。
まだ霧は濃く、街灯もぼんやりとしか見えない。
この前と同じルートで再び山道に差し掛かると、霧はさらに深くなり、車内の空気が冷え込んだ。
ピピピピ
その時、電波時計の腕時計が音を立てた。
「見て!!」
僕は美亜ちゃんに腕時計を見せる。
2009年11月7日 STA
「わぉ~!!やったね!!」
「美亜ちゃん達の家族がまだ生きている時代に戻れたよ!」
「うん!!信じられない…。こんな奇跡、本当に起こるんだ」
彼女の瞳に、涙が浮かぶ。
しかし、僕はまだ気を抜けなかった。
ここで事故でも起こせば、すべてが台無しになる。
深呼吸を1つして、ハンドルをしっかりと握り直す。
最後の角を慎重に曲がり、ついに洋館の前に到着した。
霧に包まれた白亜の洋館は妖しくも美しく、窓には灯りが灯っている。
僕の手のひらは汗でしっとりしていた。
「ついにここまで来たよ。見て、窓に灯りが灯っているよ…」
エンジンを切り、静かに言った。
美亜ちゃんはじっと家を見つめ、無言のまま涙を流している。
少し迷った様子で、僕に問いかける。
「中、見に行ってもいいかな…?もし見たら、どうなるのかな?」
「見に行っても大丈夫だと思うよ。多分、家の中にいる人たちには美亜ちゃんの姿は見えないと思うけどね」
「…ちょっとだけ行ってきていい?」
「もちろん。でも、少しだけね」
「僕がこのまま立ってたら、さすがに不審者だと思われるからさ。車の中で待ってるよ」
「ごめんね。ちょっとだけ行ってくる。すぐに戻ってくるから」
美亜ちゃんは門や扉をすり抜け、家の中に消えていった。
僕は車内でただ見守ることしかできなかった。
* * *
3分ほどが経つと、美亜ちゃんが戻ってきた。
車に乗り込むなり、大粒の涙を流しながら泣き崩れた。
その姿に、僕はどういう涙なのかわからず、不安な気持ちになった。
「どう…だった?」
「みんないたよ!!セリーヌも! パパもママも、みんな元気だったの!!」
その言葉に、安堵しながらも胸が詰まった。
「よかったね!自分はいた?」
「リビングにはいなかった。多分自分の部屋で勉強しているのだと思う。見て、私の部屋にも灯りが灯っているでしょう?」
2階の1番端の部屋を指さして言った。
美亜ちゃんは涙をぬぐおうとするが、溢れる涙は止まらない。
「じゃあ、手紙を出そうか?」
僕は静かに提案した。
しかし、美亜ちゃんは戸惑いを隠せない表情で尋ねる。
「手紙を出したら、今の私たちどうなるんだっけ?」
僕は少し迷いながらも、できるだけ正確に答えた。
「おそらく、過去が書き換えられることで、美亜ちゃんは小学生の美亜ちゃんに戻る。僕の方は2023年の洋館に行く前の自分に戻ることになる」
「私達の記憶は?」
「その際、お互い一緒に過ごした“6日間の記憶”はなくなっているはずだ」
「……っ……」
美亜ちゃんは号泣しながら、しばらく声を出せずにいた。
そして、ようやく震える声で言葉を絞り出した。
「記憶がなくなっても私たち、アルティス音楽院で繋がっているよね?」
「うん、でもその時は、“6日間の記憶”なくなっているだろうから、以前の様にお互いに関心がないだろうけどね」
小学生の頃、好きだったって事は言えなかった。
まあ、言わなくてよかっただろう……。
「ねえ…鍵…出して…」
「はい」
ポケットから鍵を取り出す。
「最後にもう一度祈ってみるわ」
美亜ちゃんが目を閉じ、両手を合わす。
「……2人がまた出会えた時に…記憶が残っています様に……」
「そんなこと言ってくれてありがとう…」
「黒野君、今まで本当にありがとう…大好き!」
「……」
突然の事に言葉が出ない。
「黒野君は?…私の…事好き?」
「…ありがとう。でも…大人が12歳の子に『好き』なんて言うわけにはいかないんだ…わかるよね?」
「……うん……わかる……」
「……ここに長く停まっている訳にいかないからもう行くよ」
そう言い終わると、ポストに向かって歩みを進めた。
「これから手紙投函するからね」
…胸が苦しい…。
これで本当の別れだ。
「うん、本当に…本当に…ありがとう!」
「こちらこそありがとう…6日間ものすごく楽しかったよ」
「うん、私も最高に楽しかった。蘇ったら絶対に黒野君以外の人を好きにならないからね」
その言葉に僕も涙が溢れてくる。
「…ありがとう…じゃあ今からポストに入れるよ…」
「うん…過去の私…手紙を読んでセリーヌを絶対に病院に連れていってね」
美亜ちゃんがそう言うと、僕は祈りながらポストに手紙を投函した。
美亜ちゃんが段々と薄くなっていく。
自分の腕や足元をみると同様に薄くなっている。
セリーヌが助かり、過去が変わったのだろう。
……よかった……。
美亜ちゃんが蘇った時には、手紙を手にした時点で現実が変わり、幽霊の時の記憶がなくなっている事だろう。
僕の方も“6日間の記憶”がなくなった1人の生活に戻るだけだ。
なので“寂しい”なんて感情すらなくなっているに違いない。
……お互い、もう関わる事もないだろうな……。
「さよなら、美亜ちゃん!!」
姿は更に薄くなり、意識が遠のいていく。
「………ありがとう、黒野君………」
それが、最後の言葉となり、僕達は完全に消えていった。




