社畜のお姉さんがいつもよりひと手間かけた自炊をする話。
とても久しぶりに、お話を書くことができました。
綾子は社畜である。
やめたい、そう思ったことは何度もある。
あるのだが、大した資格もない、無駄に勤続年数があるだけの初老独身が、転職の当てなどあるわけもなく。
転職サイトに登録だけはしているものの、今より給料が確実に下がる会社のオファーしか来ない。
どこにでもいそうな自己主張の少ない平であり、上司にふられる雑用をこなしていたら今やすっかり雑用係になっている。
先日、自分の後に入った女子社員が上司になった。
とても気まずいが、彼女は新人の頃に仕事を教えてもらったからと、自分にやさしく接してくれる。
腫れ物に触るような対応だとしても、その優しさが逆につらい時もあるけれども。
お給料は少ないけれどちゃんと出て、最近は残業代も満額出るようになった。
雑用も積もり積もれば山となって本来の業務を圧迫するので、遅くまでかかる仕事は規定時間以上はサービス残業になっていたが、満額残業代が出るのが嬉しい。
それに、最近は残業し過ぎると帰れと言われるので、雑用の量も減った。
やっている仕事の何がそんなに時間がかかるのか、と確認にきた上司に、こんな大量に雑用をやっていたのか…とドン引きされたのは少し前の出来事だ。
全部あなたがふった雑用ですよ、と思ったが言わなかった綾子である。
主張、できないので。
それでも自分の雑用が見直され、減ったことは素直に嬉しい。
そんな綾子ではあるのだが、彼女にも好きなことがある。
食べること。
といっても、お高いお取り寄せだとか、高級フレンチだとか、そういうものを主軸にはしていない。
旬のものを安く楽に調理して美味しいと思うような、ささやかな幸せを求めている。
凝った材料で手間暇かけて作りたいとは思うのだが、社畜は会社の往復で精一杯なのだ。
年齢的に体力が落ちてきて、余力はほぼないので。
財布も先日までは薄給ゆえに、わりとさみしかった。
好きと言うよりは、楽しつつも工夫して美味しいものを食べたいという、執念だったのかもしれない。
今日も今日とて、少しばかり残業をして、疲れて重く感じる体を引きずって帰ってきた綾子。
彼女はすでに疲れている。がんばれない。
でも美味しいものは食べたい。今日は残業したとはいえ、前に比べて少しだけ早い帰宅なのだから。
帰ってきて、手洗いうがいを済ませ、キッチンに立つ。
「今日は熱々が食べたい…気がする」
そうつぶやいた綾子は、小さな片手鍋に水を目分量で入れ、そこにミックスベジタブルを食べたいだけザラっと。
ついでに、ほぐして冷凍していたブナシメジも数本ぱらっと入れる。
それを火にかけて、部屋着に着替えに行く。
火から離れるな?そう言われそうだが、部屋は狭いので着替えている場所から鍋は見える。
なんかあっても大丈夫なはずと、綾子は思っている。
真似をしてはいけない。
たたんでいない洗濯物の山から、テキトーに服を引っ張り出し着替える。
もそもそと着替えてキッチンに戻れば、お湯が沸き具材がお湯の中で踊る。
綾子は乾物が入れてある引き出しから、小分けになっているカレールウを一つ取り出す。
一人前が小分けパックになっているキューブタイプの物だ。ありがとうグ〇コ。
以前は普通のルウを割って使っていたが、残りをラップで包んで冷凍する作業が面倒くさかったので、一人前使いきりは大変ありがたいと綾子は思っている。
手はいくらでも抜きたいので。
ぺりっとフィルムをはがし、中のルウをポイっとお湯の沸いた鍋へと入れる。
火を止めてから溶かせ?作り方的にはそうかもしれないが、綾子は味の些細な違いは判らないし、最終的にカレーになっていればいい。
カレースプーンでグリグリとお湯の中ルウを混ぜ溶かし、ある程度溶けたところで何かに気づいたように弱火にする。
「しまった」
冷凍ご飯を解凍し忘れていたのだ。綾子は複数の事を同時にやるのが苦手だ。絶対に何かしらを忘れる。
だが、自分が食べる料理だ。多少手間が増えようと、時間がかかろうと、最終的に食べれればいいのだ。
効率の良い手順を考えるのが、面倒くさいともいう。
ラップされ小分けになっている冷凍ご飯をレンジに入れ温める。
そして、耐熱のグラタン皿を用意する。
その時カレーを焦がさないように、ちょこちょこ混ぜておくのも忘れない。一度すっかり忘れてカレーを焦がしたので。
綾子はよく忘れるが、苦い思い出(味)は忘れないタイプだ。
そんなことをしているとご飯が温まったので、耐熱皿にご飯を入れて平らにほぐす。
そこに鍋のカレーをかける。
「だばぁ…」
無駄な効果音をつけたがる、悲しき一人暮らしの独り言である。
普段ならカレーの鍋に温めたご飯をそのまま入れてカレーライスにするのだが、今日は少しだけ手間かける。
だって、いつもより早く帰れたのだから。自分へのご褒美だ。
冷凍庫に入れてある、とろけるミックスチーズを好きなだけかけて、オーブントースターに入れる。
じりじりと焼け、カレーとチーズの良い匂いが漂う。
「はよ、はよっ」
暴力的なまでに食欲を刺激する香りに、綾子のお腹がぐうと鳴るがそんなことはどうでもいいのだ。
早く食べたい。もういいか、いや、もうちょい。そんな葛藤をしながら待つ。
良い具合にぐつぐつし、チーズに美味しそうな焦げ目がついたところで、手抜きカレードリアが完成した。
喜び勇んでトースターを開けて取り出そうとしたところで、自分が素手なのに気づく。
盛大にやけどをするところだった…と、あわあわ未使用の布巾を手に取ってたたむ。
そして両端をそっと布巾で包み込み、キッチンの作業スペースへと置く。
ミトンなんてない。布巾で代用できるから。
冷蔵庫から麦茶を取り出しコップに注ぐ。
キッチンの壁にそっと立てかけてある細身のカウンターチェアを持ってくるのを忘れてはいけない。
そわそわと腰かけて、ようやく準備完了だ。
満を持して、カレーを作った時に使ったカレースプーンを手に取り。
「いただきますっ」
真ん中の、良い具合にチーズがとろけている所にスプーンを突き刺す。
そして、一口分を掬い出せば、とろおんとチーズが伸びる。
綾子の目が伸びたチーズに引き寄せられる。
「おぉ…」
思わず声が漏れる。
ぷつりと切れたところで、フーフーと軽く冷まして大きな口でもぐり。
出来立てなので軽く冷ました程度では中までは冷めない。
はふはふと熱い息を逃がしながら、咀嚼する。
カレーとチーズの強い味が、ご飯の柔らかな味と混ざり調和していく。
ごくりと飲み込んで、麦茶を一口。
「うっまぁ…」
そこからはもう、ただひたすらにスプーンをグラタン皿と口で往復させる。
はふはふもぐもぐ。
一人暮らしのあまりきれいとは言えない部屋に、綾子の食べる音だけがする。
からんとグラタン皿にスプーンを置くと、麦茶を飲みほして。
「ごちそうさまでした!」
綾子は、満足そうな声を上げ、洗い物のために立ち上がった。
END
カレードリア美味しいです。
真ん中少し凹ませて、そこに卵落としてから焼くのも良いのです。
ご飯を茹でたマカロニにしても、カレーをミートソースやシチュー系にしても、それはそれで美味しいです。
とっても面倒くさい時は、レトルトパウチのカレーなどを使うと楽なんですよ。




