8.魔王様の憂鬱 アーデルベルトside
アーデルベルト・アルヴァノッサはプライドが高い。友人にはそう評価されることが多い。
それだけならば否定するのだが、友人のレナウドに『まぁね。君は勉学も社交も経営も全部完璧にこなしてる!もちろん、親友の僕へのユーモラスな付き合いも親切さも完璧さ。だけどね、たまには完璧じゃない時間があってもいいと思うよ。僕らの前だけでも気を許して欲しいな』などと言われてしまうと少しは思うところがある。
幼き頃より気を許す瞬間など一度もなく、俺自身が知らぬものは良く分からないのだ。
当主は完璧であれ。常にそう思われてきたのだから。
俺は、生まれた時から美しい赤子だったのだそうだ。
魅了魔法を持つ者は姿かたちも美しいという。魅了持ちを生みやすい家系であることを知っていた両親は怯え震えたという。自分たちの子に、とうとう魅了持ちが生まれてしまったのだろうと。いつ、自分たちがその魔法を掛けられてしまうのか分からないのだと。
アーデルベルトは両親からは隔離され、けれど、後継者としての教育は施され、使用人や教育係、また学校の寮などで比較的自由に育つことが出来た。おかげで友人は多い。
魅了の魔法はというと、第二次成長期にひっそりと発現した。けれど、すでに学校の寮に入っていた俺は、魔法を制限する術を知っていた。魅了魔法はすでに無くなったと考えられている。誰にも使わず、誰にも告げず、生涯隠して生きていこうかと、そんなことを思っていた。
けれど、魅了持ちの家系であることは、この家に属する者には伝えられる情報だった。
初めて伝えたのは、13歳、この家に嫁いでくれる婚約者が出来たときだ。小柄な、幼い少女だった。大人しく、控えめで、俺の姿にいつも見惚れていた。心酔するようなその様子に、彼女になら伝えても大丈夫だろうかと思っていた。
婚約式を終え、家系の秘密を伝えると、彼女は目に見えて怯えた。『私に魅了の魔法をかけていたの?』と。その言葉を忘れられない。
その後は逢うたびに怯えられ、体を壊し、静養に旅立ち、婚約は解消になった。
その後、もう一度、違う婚約者とほぼ同じことを繰り返した。
そうして理解した。
両親が特別小心者なのではなく、家族となるものは、皆このように思うのか、と。
学園を卒業すると、両親は爵位を俺に譲り、隠居するという。同じ屋敷に俺と暮らすことに耐えられなかったのだろう。
18歳。婚約者も居ない状況で、俺は一人で公爵位を継いだ。
とはいえ、女性に困っているわけではない。
面倒な程に女性に声を掛けられ、囲まれる。躱すのが億劫なほどなのだ。都合よく情報を貰い別れることは多い。相手はそれに気付くこともない。
婚姻相手には、子を産み、家を守ることが出来るのなら、多くは望まない。
縁談の申し込みは多いし、恐らく多少困っている女性ならば、魅了に思うところがあっても契約的にでも婚姻に至れるかもしれない。けれど、どうにも積極的に相手を探す気にもなれない。ただ気が乗らないだけだ。
「アーデルベルト。お前はこれだけモテるのに誰とも付き合わない。どんな女性ならいいんだ?」
ある日社交パーティーの席でレナウドが言った。
「さぁな。好みというのが分からないが」
そう答えると、
「お前が一人だと女性たちが群がって困るんだよ」
「俺たちがな!」
第二王子シーエルと、宰相の息子ルアンが会話に入ってくる。
「お前たちは妻や、婚約者がいるじゃないか」
呆れるように言う。
「いやそんなものだろが」
「結婚は結婚、義務と恋愛は別だろ」
「みんなそうしてるじゃないか」
「今時、自由恋愛には性別もないって聞くぞ!」
「そこはまだ未知の世界だけども」
「俺も」
確かに貴族の恋愛はだいぶ自由なようだが。性別もなのか。
「じゃあ、レナウド。俺とどうだい?君となら気心が知れているし、いい関係を築けそうな気がするよ」
「ハハハ!……ハ?いや、冗談だよな。やめてくれよ。怪しげな笑みを向けないでくれ。心がぎゅうっとなるぞ」
「冗談に決まってるだろう」
みんな一瞬真顔になったが、ハハハハ、と笑い飛ばして話を終わらせる。
まぁ、確かにそうなのだ。恋愛がしたければいつだって、誰かと出来る環境はあるのだろう。
ただ、気が乗らない。……それでは満たされない気がする。俺はどうしてそう思うのだろうか。
空虚。
その言葉が心に浮かぶ。
退屈、に近いのだろうか。
爵位を継ぎ、日々忙しく過ごしている。能力は生かされ、感謝されることも多く、人となりも手腕も好まれる。それなりに満たされる日々に誤魔化されるように過ごして来たけれど。
心が、乾いている。
いや、分かっているのかもしれない。自分でも『誤魔化されている』と感じているのだから。
何も、心が満たされない。
それはなぜなのだろうか。一体いつからなのだろうか。
考えれば幼い日々まで記憶が戻る。
贅沢な衣食住。高度な教育。幼い日々、それを俺は窮屈など通り越し苦痛だと感じていた。あんなものいらなかった。ひっそりいつも、俺は俺の家族を眺めていた。
遠くから見つからぬように、父と母と、大事そうに抱かれている弟の姿を。幸福な一枚の絵のようだった。
俺を排除しようとした本物の両親はいらなかったけれど、彼らのような何かが欲しかったのだろうと思う。
物語や歌劇、また友人の話から理解していた。当たり前に家族を慈しみ、愛する存在がいるのだと。
けれどこの歳まで、そんな存在に出逢ったことはない。
なぜ存在しなかったのかと言えば、俺に限っては、魅了魔法の影響なのだろうと思う。
人の心を縛る、もう存在しないと言われている魔法。それでも人の心を怯えさせるには十分だった。
とはいえ、幼い心はそう長く続かない。学友たちは恋愛に心を満たされていく。そう言うものなのだと思う。数多いる異性の中から新しく伴侶を見つけ出しまた家族を形成していくのだから。
俺はどうやらこのあたりから脱落した気がする。楽しくないのだ。どの女性も俺の容姿に心酔していく。どこまでも許そうとするくせに、いずれは元婚約者のように拒絶に向かうのだろうと思うと、憂鬱になるだけだ。伴侶を見つける行為に脱落するとは。
社会的にも、生活的にも、友人関係も、何もかも満たされているのに。
俺はどうにも、心の飢えが満たされないのを感じていた。
20歳の誕生日の祝いのパーティーに両親がやってくるという。
屋敷に泊りたくないので、王都の宿泊所を用意しておいて欲しい、と書かれていた。20歳のパーティーは少し特別なものだった。貴族としての立場を明確にするもの。王家からも何人かやってくるだろう。だから両親も嫌々来るのだろうが。いつものことなので気に留めなかったが、段々と気持ちが沈んだ。
10歳離れた弟が、両親とともに暮らしている。弟が両親にとても可愛がられているのを知っている。
その家族の輪に入ることがなかった俺は、一人公爵家を取り仕切り、パーティーのパートナーにも悩んでいる現状だ。声を掛ければ引き受けてくれる人は多くいるのだが誰にしたいとも思わない。
両親が心から面倒だと思う。俺自身が伴侶に恵まれ、幸福に暮らしていれば何も思わなかったのだろうと思う。けれど、今、彼らの幸福の絵のような姿を見せつけられるのは、不快だった。
不快?
そう言葉にしてから自覚する。これは俺の中にくすぶる、明確な怒りなのではないか、と。
彼らは罪人である。産んだ子を阻害しておいて幸せを紡いでいるつもりなのか、と。許せないと。
「……ハハッ」
そんなことを思っていたのかと笑ってしまう。
二十歳を迎えるというのに、俺の心はかくも幼いのかと。
孤独、という言葉がこの心に一番近しいのだと思う。
能力を誰にも言うつもりもなく、言ったところで理解してくれようもない。一人閉ざされた世界で生きて行くこの心に理解者はいないのだろう。
このまま永遠に孤独なのではないだろうか。
魔が差したのだろうか。そんな思いが心に浮かぶ。
誰にも受け入れられることなく、心を堕としたまま、一人死ぬのではないか?
ぞっとした。思いついてしまったら、それが正解の気がしてしまう。いや、間違いなく訪れる未来だ。
――「ひぃっ!!来ないで!」「屋敷には帰って来ないでくれ」「あなたを好きでいるのは辛いです」「隣にはいられません」
思えば数々の言葉が心を抉ってきていた。
――「近寄るな!化け物め!」
まだ幼すぎる日々には、そんな直接的な言葉も言われたのだ。
理不尽さに気付かぬように、蓋をして生きてきた。しかしなぜ俺ばかりが耐えねばならなかったのか?それは俺自身のせいだったのか?
――否。
最善を尽くして生きて来たはずだ。完璧な当主の姿として間違ってはいないはず。
両親、という狭い範囲の所業のせいなのか?元婚約者のせいなのか?否。では国か?かの『伝承』のせいか?それともこれは――生まれ落ちた時からの運命なのか?受け入れ難いものを受け入れよと、神は言うのか?
どこに己の歯車の狂わせたものを見い出せば良いと言うのか、自分でも分からなかった。
その日、両親からの手紙を空き部屋で燃やした。心に湧いたどうしようもない怒りを壁にぶつければ、何かが落ちて割れた。花瓶のようだ。……一体何をしているのだ、俺は。
その時だった。
「どうかされましたか……?」
彼女がやってきた。




