6.レナウド様
レナウド様は、太陽のような笑顔で出迎えてくれた。
「久しぶりだね!アーデルベルト」
「やぁ、レナウド。変わらず、元気そうだな」
通された客間でお二人が挨拶を交わす。
レナウド様は騎士様なのだ。鍛えられた大きな体躯。日に焼けた肌。金色の髪を靡かせる姿はまるでライオンを思い出させる。
良く……良く知っている。必ず毎回嗜むお方だ。アーデルベルト様が一番に心を許している方。何度も何度も、そのお姿の全てを……かつて拝見させて頂いた。
「で、この子だね。噂の……」
「変な目で見るんじゃないよ」
はい。変な目で見ているのは私です。
アーデルベルト様が嗜めるように言うと、レナウド様は、おや?というように彼を見返した。
「だって、とても美しいご令嬢じゃないか!早く紹介してくれ」
「仕方がないね。マーラ・ゼーベルク嬢だ」
「僕は、レナウド・アドラーだ。宜しくな」
「宜しくお願い致します」
ぎこちなく淑女の礼を取ると、ほう、とレナウド様から声が漏れる。
「素晴らしいご令嬢じゃないか!」
「そうだね。マーラは素晴らしいんだ。我が屋敷の自慢の女性だよ」
「へぇ、ずいぶんと、お気に入りなんだね」
頭の上でなにやらとんでもない会話が繰り広げられている。お世辞にもほどがある。からかうようなレナウド様をアーデルベルト様は冷ややかに見つめている。
「さぁ、中庭に茶会の準備をしてあるから」
そう言って、中庭に促され、歓談するお二人の隣で緊張したまま味のしないお茶に付き合わされていた。お茶の給仕はアドラー家の方がしてくれている。私はゲストだ。一体なんのゲストなのだ。訳が分からないままでいると、今度はレナウド様の妹君がやってきた。
「レギーナでございます」
私よりも一つ下の彼女は、私が卒業の年に、学園の生徒会長だった方だ。
レナウド様と同じ金色の髪に、利発そうな瞳。明るい笑顔を私に向ける。
「兄たちを父が呼んでおります。その間、どうか私と過ごして頂けませんでしょうか?」
新たに増えた高貴なお方に狼狽えていると、アーデルベルト様たちは笑顔で「ゆっくりしててね」と私を残していき、レギーナ様とのお茶会が始まった。
どうして私はここに連れて来られたのだろう。メイドなのに何もしていなければ、役割すら分からない。アーデルベルト様はレナウド様と消えられてしまった。二人で。
二人で?
……、あ、そういうこと?
もしかして?
いや、ホント?え?あれ?もうゲーム始まってた?え、えぇぇぇぇぇ?
二人で逢引している間の、目くらまし的な……そういうー?
「マーラ様の書かれた卒業論文をお読みしましたの!他国から見た我が国の様子を描かれた視点が大変面白かったですわ。どうやって書かれたのかお聞きしても?」
「え!?あ、そんなお目汚しを……光栄でございます」
「ずっと気になっていたのですの。こうしてお話出来て嬉しいですわ」
溌溂と積極的に話しかけてくださるレギーナ様に、私は一生懸命お答えする。
そうするとレギーナ様も良く笑い、質問してくださる。
どうやらとても勤勉な方のようだ。好奇心と知識欲が旺盛で、どんなことでも知りたがる。そうして最後には私のひととなりまで興味を示してくる。そんなところはアーデルベルト様と似ているな、と思う。
「こんな風に楽しくお話出来るの久しぶりですの。是非お友達になってくださいませ」
「わ、私で宜しければ……」
断るわけにもいかず、社交辞令的に答えたけれど、私はメイドなのですよ。困った。令嬢のような格好で連れてきたアーデルベルト様に問題があるのではないか。
とはいえ、思いの外楽しいお茶会の時間を過ごしてしまった、そんなことを思っていると、やっとアーデルベルト様が戻って来た。
「女性二人で盛り上がってるじゃないか」
「お兄様!」
「マーラ、質問攻めにあっていたんじゃないかい?」
「え」
「まぁ、そんなことは!……あったかしら?ごめんなさい」
「いいえ、楽しく過ごせました。ありがとうございます」
にこにこと微笑み合う私たちをアーデルベルト様たちは笑顔で見つめていた。
「だってお兄様は体を鍛えるばかりで頭を鍛えるお話をしてくださらないのだもの」
「待って、俺、頭鍛えてないって言われてないか?」
「言いましたもの」
「ハハ、どう思う?親友よ」
「素敵な妹君だね」
「ですわよね」
「まいったな……」
朗らかなこの兄妹たちは、明るく楽しく笑いあっている。
なんでもない光景なのだけど、前世の私のフィルターを通して感じ取っているものは『明るいな』という想いだった。
太陽のように眩しくて、神々しくて、闇の深さを一層と深めるもの。
ゲームをしていた時には深く考えなかったけれど。
『親友』であるレナウド様が一番に堕とされる理由が、少し分かった気がする。
この穢れの無い、明るい日差しの下にいる人を自分の隣にいさせるならば……自分と同じ暗闇の中に堕とすしかないんじゃないかって。
「さぁ、帰ろう。マーラ」
「え。は、はい」
「また遊びにきてくれ」
「今日はとても楽しかったですわ!」
笑顔で見送られ、そうだ私は目くらましの使命を全うしたのだった、と思い出し、そうして帰りの馬車で言ったのだ。
「今日は楽しまれましたか……?もうそういうご関係の方が出来たのでしょうか?先に言っておいてくださいましたらもっとお手伝い出来ましたのに」
「う……ん?たぶん、凄い誤解だよ。マーラ」
そう言って考えるようにしてから、彼は私に向かって手を伸ばしてくる。
指先を私に向けて、楽しそうに微笑みながら。
これは合図だ。アーデルベルト様が私の心を読むときの。今の私が何かを感じているかどうかが、重要なのだろうか?
アーデルベルト様は私の手を取ると、そっと親指で指先の肌をくすぐる。その動作が、どこか艶めかしく思えて、息が止まる。動かされる指先に体も心も震える。
「ねぇ、マーラ。聞かせて。心のうちを」
「えっと」
レナウド様とのことを応援致します、とか?
「俺に触れられるのはもう嫌かい?」
「え!?」
驚いて視線を上げると、彼はまっすぐに私を見つめていた。
「俺は、レナウドの屋敷を紹介することが出来るよ。あいつは、俺とは真逆の、愚鈍な程真っすぐな、馬鹿正直な奴なんだ。君を預ける場所を考えた時に、あそこは最適な場所だろうと思った」
「……そんな」
ああ、そんなことを考えて連れ出してくれていたのか。
「侯爵と話してきたが、どうやら、マーラの母君と同級生であったらしい。恩があるとも、是非引き取りたいとも言っていた。彼も、正直な良い部類の人だ。君を悪い風にはしないだろう」
優しさに涙が出そうだ。
「俺は分かっている。君の話したゲームの物語は、俺自身の生まれと育ちの結果、未来に本当に起こり得る可能性のあることだと。こうして君の心を読みながらも縛ろうとしている、この浅ましい行動も、全て、その未来に繋がることだと」
私の手を強く握り、苦しそうに顔を歪めるアーデルベルト様は、ゲームのお姿にそっくりだったけれど、まるで違うと思った。
だって私は攻略対象じゃない。
ただのメイド。彼の相手でも、夜のお相手でもない。
一介のメイドにこんなにも心を砕く優しい彼に、胸が熱くなる。人の心の痛みの分かる繊細さをお持ちで、だからこそ、どこまでも堕ちてしまう可能性のある方。
「アーデルベルト様……!そんなことは望んではおりません。嫌なことなど、アーデルベルト様はなに一つされていません」
そう言って彼を見つめたけれど、その瞳は不安げに揺れていて、少しも信じられていない。
心が伝わっているはずなのに、本当にそう思っているのに、なぜなのだろう。もどかしい。
「どうか、このまま働かせてくださいませ。貴方に大切な方が出来るまで、お仕えさせてください」
今手を触れているから。
心の底からそう思って伝えている。
「どうか……大事な方が出来るまで……見守らせてくださいませ……!」
「なぜそう思う?」
「えっと、それは」
貴方の側に居たいから……。
そうなのだ。
心はずっと、この人を求めてる。
あの記憶を持って生まれ変わっただろう私の魂が震えるのは、アーデルベルト様の存在だけなのだ。
私という存在の全てが彼に惹きつけられている。
神様はどうして私にこんな運命を課したのだろう。他に私に道はないではないか。そうして私は、他の道など求めていないではないか。
目をぎゅっと瞑って、心と体の一番深い所にまで力を入れて、覚悟を決める。
「ここにいたいのです。本当に、本当なのです。これは私の意志なのです」
必死に紡いだ私の言葉に、アーデルベルト様は花が咲くように……幸せそうに微笑んだ。
「そうか……俺も、心が決まったよ。マーラ」
私の心の全てを満たすような笑顔だった。
全身が震える。
魅了の魔法にかかったよう。だけど、アーデルベルト様は魅了の魔法なんかかけてない。
私はまるで、生まれる前から魅了の魔法にかかっているみたいなんだな。
もしも本当にそんなことが出来る人がいるのなら、それは神様しかいないんだろう。




