10.魔王様の誘惑 アーデルベルトside
短編「最後の思い出に、魅了魔法をかけました」
コミカライズの単話配信、12/18より全電子書籍サイトで始まってます。
クレアとアーデルベルトは、同じアルヴァノッサ公爵家なのですー!
短編で全く描かれなかった聖女関係の話は、アーデルベルト様が今後明かしてくれる予定です。
やっぱりこのシリーズは癖を書かねばと思ったらこんなお話に…。
アーデルベルト・アルヴァノッサは最近機嫌が良い、と友人たちに揶揄われる。
「良い人でもできたのかい?」そう言われるが、ある意味いい人は出来たのだろう。興味深いと言う意味で。「まぁね」と返事をすれば「へぇ珍しい。どんな人なんだい?会わせてくれよ」と興味津々だ。けれど俺は「まだ彼女のことを良く知らないんだ」と答えるしかない。彼女はどうやら、思った以上に奥深いようなのだ。
さて、マーラというメイド。
まずは、執事が持ってきた報告書を読んだ。雇い入れる上で調べたものだ。
子爵家の生まれ。母親が亡くなり、継母から辛くあたられていた様子。父親が再婚後血の繋がらない妹が出来たが、両親は妹のみ溺愛。子爵家の資産運用の状況は悪く、端的に言えば没落寸前。その為本人は就職を希望している。マーラ本人は、学園の成績も良く、人当たりも問題なし。家の仕事を手伝っていたそうで、事務仕事も得意だという。どんな仕事でもしたい、と面接で語った熱意を評価し採用したそうだ。メイドから始めさせたのは様子を見たかった為だという。能力が高く、生い立ちに同情すべき点があり、確かに執事でなくとも採用したくなる。
けれど、参考資料として取り寄せていた、学園での論文を読んで気が変わった。
レナウドの妹が絶賛していた論文だ。出来が良すぎることが『異質』だったのだ。
この国を、他国から見た客観的な視点で解体するように評価する論文だ。これだけ読んだならよく出来ていると思うだけなのだが、マーラの記憶を読んだ後だと感想が異なる。内容から察するに彼女は恐らく、違う国の記憶をこの時既に持っていて、その知識の視点から書いたのだろう。
その論文は、今から二年前に書かれたもの。
……二年も前からあの記憶を持っていた?
他者に植え付けられた記憶なのだとしたら、気が長すぎる。二年前なら俺も卒業まで学園にいたのだから、当時から罠が張られていたのかもしれないが。
そうして、その論文を書ける知性を持った者がいるのに、かつて裕福であった子爵家が没落寸前にまで落ちるものなのか?彼女はなんの行動も、助言もしなかったのか?
そもそも、何故彼女は子爵家を継ぐことになっていないのだろうか。いくら冷遇されているとはいえ、娘よりも遠い親戚に継がせたいと思うものなのだろうか。
彼女に纏わる秘め事のように隠された部分が、中々に興味をそそる。
「……いいね」
女性に対して、暴いてみたいだなんて。
それほどの興味を感じたのは初めてだった。
実に良い。これほど興味を引かれる女性には出逢ったことがない。
そうして俺は、実際の彼女を執務室へ呼び寄せた。
「アーデルベルト様……!」
両手で口を押えて、彼女は驚きを隠せずそう叫んだ。
ほう、と思う。
消したはずの昨夜の記憶を……思い出したのではないだろうか。
改めて、昼の日差しの中で、呼び寄せたマーラを観察する。
色白の肌、濃いブラウンの艶のある髪、清楚な顔つき、貴族子女としての教育を受けているのだろう身のこなし。痩せてはいるが、均整の取れている楚々とした姿は、十分に魅力的だし惹かれるものもある。こういうのもなんだが、女性として評価すると、かなり良い部類だ。
「ああ、確かに、アーデルベルトだ。……マーラ、どうして俺を知っているんだい?」
彼女は狼狽えるばかりで目を泳がせ続けている。どう誤魔化そうか考えているのがまるわかりだ。
このままでは埒が明かないと彼女の頬に触れた。
「ひ」
小さいながらも明らかな悲鳴を聞いた気がするが、今は無視した。
「君は何かを知っているんだよね?」
言うなれば、これは普通の色仕掛けだ。
顔を近づかせて、至近距離で問えばいい。大抵の女性は、これだけで堕ちる。
「君の知ってる俺のことを、教えてくれるかな?君は俺の何を知っているの?君の心の声を聞かせてもらったよ。昨日ね?」
正確には、昨日は、だ。
魅了魔法をかけていない間、心の声など聞こえていないのだから。
「ゲーム?ってなにかな?面白い絵面が見えたよ?あれは俺だよね?君は見たこともない世界に生きていた。それに……誰も知らない俺の秘密を知っていたね。これはどういうことなのかな?」
顔を真っ赤にさせ、初心な小娘のように狼狽えている。
あの記憶が本物なら、何もかも知り尽くした大人の女性のくせによくもこんな風に振舞えるものだ。
彼女は記憶を信じているから、そのあたりを攻めてみれば、泣きそうに震えている。
口付けをする真似をして「嘘を言ったらおしおきだよ」と言えば今にも卒倒しそうだった。
――罪なことを。
恐らく誰かに植え付けられた記憶なのだ。初心な乙女に、あれほどまでの卑猥な記憶を持たせるなど、どれほど悪逆非道の行いなのだ。それが面白いと思ってやったのなら、極刑にするべきだろう。このようにか弱き乙女が、性欲にまみれたものを望むわけがないのに。
――恐らく洗脳されやすい、真面目で、実直な人柄なのだろう。
苦労して育ったのだから、心に余裕もなく必死に生きてきたのであろう。縁が出来たからには我が家で保護してあげるべきだろうか。彼女が悪いわけではないのだから。
ふむ……と、そんな自分の思考を意外に思う。
関わらなくとも良い娘にわざわざ関わり、守る対象にしようとしているのか?
それを、悪くないと、心地よいと、思っているのか?
あまりに愉快だったからだろうか。その礼に、哀れな小娘を陥れた者に鉄槌を下してやることなど、わけもないことに思えた。
マーラは色々と語っていたが、内容にはさして興味は湧かなかった。
恐らく偽の記憶なのだ。
けれど、起こりえる未来を描いた物語であることは間違いなく、検討するためにメモに残した。この物語を作ったものは、俺自身より俺をよく理解しているようだ。
魅了魔法をかけ、記憶を覗くことも必要なかった。
なぜなら、その時思っている表層意識しか覗き込めないのだ。記憶操作されている自覚がないのなら、読んでも無駄だ。
なにより、生涯封印するつもりの能力だったのだ。使いたくなどない。
――自分で思っていたよりもずっと、俺はこの能力を嫌悪していたのだな。
幼き頃から、俺自身の抱える最大の試練のようなもの。彼女の話を聞きながら、そんなことに気が付いて行く。
だが、彼女の話自体は面白かった。
どうしてなのだろうか。
彼女の思想や生い立ちは、その奥を知りたいと思える。俺が興味があるのはマーラ個人に対してなのだ。
目の前の彼女が、何があって今に至っているのか。その過程が興味をそそる。
生きる美学、などと俺を例える彼女の話を聞き流していると、マーラが言った。
「最初に好意を示した相手に、あっさりと全てを受け入れられてしまうのです。心の全部を読んでいい、自分の全てを捧げると、心からの想いを告げられるのです。すぐには信じられませんが、それでも徐々に信頼が芽生え、初めて心の安息が訪れます。幸せに二人は暮らしていきます」
特殊能力の持ち主である限り……拒絶されることがあっても肯定はされにくい。故に、一人に肯定されればいいということか。それでいいではないかと言うと、彼女は否定した。
「だめ、駄目駄目です。まず、全てを受け入れるなんて、そんな夢みたいな人存在しないじゃないですか。現実感がありません」
笑ってしまった。存在しないか。
だがまぁ、現状で想像も出来ない。
かつて遺伝要素の高かったこの魅了魔法を持ちながら、我が家の家系はここまで紡がれてきた。つまり子孫を残す行為は絶え間なくあり、伴侶は得ていたのだ。だが果たして受け入れられていた祖先はどの程度居たのだろうか。
だが、我が家系の者と王家だけが知っている事柄がある。
歴史上、最大に魅了魔法が拒絶された『この世界の根幹に関わる事件』があった。
その過去は――この国の機密事項になっているのだ。
ある程度聞けばもう十分だった。マーラを仕事に帰そうとしたが、ふいに、彼女が言った。
「いつでもどうか、私の心を読んでください」
……なんだって?
「この記憶がアーデルベルト様のお役に立つのなら、是非人生に生かされてください。今日は上手くお話出来たか自信がありません。もしもっと知りたいと思いになるのでしたら、どうか私の心を読んでください。恥ずかしいとは思いますが、私には隠すようなこともありません。私の記憶がアーデルベルト様のお力になれるのでしたら、こうして記憶を持って生まれて来たことにも意味があると思えるのです」
「……言っている意味が分かっているのか?」
「え?は、はい……心をいつでも読んでいいですよ」
驚いた。
飛んだハニートラップ要員ではないか。
まぁあの記憶を持たせたということは、そういうことなのだろうが。
しかし彼女に自覚はなく、俺のことを美の化身のように崇拝している様子に見える。健気なほどにだ。どうしたものか。
――付き合ってやろうか。
彼女が話した『ゲーム』とやらの世界の話に。『ゲーム』の俺は、肉欲に溺れ魔王になるらしい。
そうして清楚な彼女が願望として望んでいるのが、そんな淫乱な俺なのだという。
駄目だ、失笑してしまう。
もはやどこからつっこんでいいのか分からないこの面白い設定に、俺自身が足を踏み入れるとなると、演劇の一部に参加するような気持ちになる。道化師のようにだが。
だが、面白そうだと思ってしまう。
「お前を俺付きのメイドにするか」
彼女は大きな目をさらに見開いた。
「いつでも……心を読んでいいのだろう?」
果たして。どこまで彼女は許してくれるのだろうか?
丁寧に書き過ぎたかも…?




