第9話 阿呆
簡単な茶の席では、初めて緑茶を飲んだというクレハの反応が印象的だった。
茶葉はプイスの特産品の一つで、王都では紅茶として飲まれるのが一般的だ。
新鮮な瑞々しい茶葉は収穫後、すぐに蒸し、揉みの工程が行われる。
大陸に輸出する茶葉はこれらの工程の後、船の中で発酵と乾燥の工程を挟む。
海の上で乾燥させるのは、理に反しているように思えるが、潮風で乾燥させた茶葉は独特の風味とほんの少しの塩味を持ち、港に着く頃には唯一無二の紅茶葉として店先に並び、貴族から一般市民の間まで広く嗜まれる。
一方、現地のプイスでは揉みの後すぐに乾燥させ、昔から伝わる棚式と呼ばれる方法で火入れされて緑茶葉となる。
そうして出来上がる茶葉で淹れた緑茶は、独特の苦味や渋みが口一杯に広がった後、ほのかな甘みが広がったかと思えば消える。
そして、薫りが鼻から抜け思わずホッと一息ついてしまう。
どちらにも好き嫌いはあるが、万人には苦味が少ない紅茶の方が好まれる。
故に王都では紅茶の方が人気だった。
クレハははじめ、金色がかった緑色の見たこともない緑茶に難しそうな顔をしていたのだが、一口啜った後は自然な笑みを浮かべていた。
短い時間ではあったが、タリアが淹れてくれた美味い茶と茶菓子を堪能したルーイ、タリア、クレハの一行はカトレアの家を後にした。
時刻は昼前。日差しが本格的になりつつあったが、風は涼しく過ごしやすい。
今からなら初見のクレハを伴っても今日中には戻ってこられる、というルーイの判断で早速出発となったのだ。
とはいえ。
「まずは時間をもらうぞ。何しろ何の準備もしてないからな。ナイフを新調して矢も買っとかないと。後は魔石も補充しておきたい」
ルーイの言葉にクレハは素直に頷いた。
丁寧な物腰で堅物に見えるクレハだが、意外と素直だとルーイは思った。
(変に馴れ馴れしかったり無口だったりするよりは、これくらいの方がオレも気が楽だ。気掛かりなのは……)
ルーイは基本的に単独で魔獣の討伐を行っているので共闘という経験が薄い。
薄い、というのは覚えが全くないわけではないということだが。
(どうせならあの阿呆も連れて行くか……いや、駄目だ。あいつは阿呆だ。どうせ余計なことしかしない)
脳裏に過る幼馴染の顔。
だが、ルーイは即座にその顔を脳内から追い出した。
実力は自分に匹敵する――いや、あんな阿呆に負けるわけない。など、無駄な思考を続けている内に街の中央広場に出た。
大したものではない。
ありきたりだが、真ん中に噴水なんて洒落たものがあるだけの極々平凡な広場だ。
広場の噴水も開拓当時に王から頂いた寄贈品らしい。
名前の通り街の中央に位置するこの広場から東西南北へと真っ直ぐ道が延びている。
ちなみに、カトレアの家は北端で、ルーイの家は街の唯一の出入り口である南の門を出てぐるっと東に回り、そこから北へ向かった場所にある。
「それじゃ、オレは必要なもんを調達してくるから一時間後に集合だ。その後すぐに出るから、しっかり準備してきてくれ」
「分かりました。私も買い出しを済ませておきます。少し調べ物もしてお「クレハさん、せっかくプイスに来たんだから街を案内するよ!」きま……す?」
ガシッ! と、タリアは自身の腕を強引にクレハの腕に絡めた。
その目はギラギラしていて、なんなら星が浮かんでいるようにすら見える。
「調べ物も大事だけど、まずは準備をしないとね! 大丈夫! あたし、こう見えてそこそこ顔が効くんだ! どこのお店に行っても安くしてもらえるか、おまけがもらえるの! だから、行こ!」
「えっ、あ、の、その」
「じゃあね、お兄ちゃん! また後で!」
漫画の如く、足をぐるぐるにして走り出したタリア。
と、それに腕を雁字搦めにされたクレハが、たちまち視界から遠ざかっていく。
「やれやれ……タリアのアレも困ったもんだな」
自分と歳の近い女の子、それも王都で学者をしていると知れば興味が尽きないのだろう。
クレハには少し同情するが、まぁ同行の駄賃とでも思って付き合ってもらおう。
「さってと、それじゃオレも行くとするか」
ルーイはタリアたちとは反対方向、まずは西側の馴染みの武器屋へと足を向けた。




