第85話 「海の漢」
港に光が差した。
天から光の支柱が降りてきて魔術方陣を描き出す。
やがて、支柱は魔素の残滓を儚く雪のように散らし消え、後には一人の少年が立っていた。
灰色の瞳と髪を携えた、どこか慌てた様子の少年だ。きょろきょろと首を動かし、誰かを探しているのだろう。
やがて、目当ての人物を認めた少年は三人の元へと駆け寄り口を開いた。
「悪い悪い! 初めて転移魔術使ってみたら座標の設定が上手くいかなくて、〝封印の祠〟に飛んじまってさ!」
「………………」
「お兄ちゃん……」
言葉もない二人に代わり、カトレアが鉄拳制裁を喰らわす。
「こんのバカタレがぁ!」
「ぐげがぼっ!」
腰から振り抜いた杖の薙ぎ払いをもろに脇腹に受け、ルーイが嘘のように吹き飛ぶ。
まさに歴戦の戦士が放つ渾身の一撃だった。
吹き飛んだルーイはそのまま地面と水平に飛び、漁師たちの大切な仕事道具が入っている物置へと突っ込んだ。
どんがらがっしゃんがん! と、港にけたたましい音が響き渡り、一部始終を見ていた漁師たちが、血相を変えて一斉に駆け寄ってくる。
「ルーイ、てめぇ! 俺たちの大事な仕事道具になんてことしやがる!」
「! 待て待て! 今のはオレ悪くないだろ! 文句ならババアに言えよ!」
「うるせぇ! 明日からの仕事に支障が出るじゃねぇか!」
「今が書き入れ時だってのにこのままじゃ漁に出れねぇだろ!? どうしてくれんだ!」
「タリアちゃんは絶対に渡さねぇぞ! ゴルァ!」
「あー! しかも、これ王都まで行かないと手に入らない道具だ!」
「待て、今ハスラー混じってたよな! 何でここに!?」
「あー、やらかしたね」「でゲス」「……おでも……そう思う」
「アンポンタン!? お前らまで一体何なんだよ!」
「うるせぇ! おまえら、俺たち漁師の敵をひっ捕らえろ!」
「「「おー!」」」
「うぉい! 寄って集ってお前らホントに何してんだ!? いてっ! あっ、やめ、ちょ、おい!」
何が何やら分からず、漁師のおっちゃんたちにボコボコにされる。
「待て待て待て待て、ホントに何が何だか分からねぇって! オレはただ連れの見送りに来ただけだって! いって!」
「おぅ! ルーイ!」
「あっ、ヤロウさん」
そこに現れたのは、漁師たちのまとめ役を務めるヤロウ。
名前も厳ついが体格も顔も何もかもが厳つい。
長年荒れ狂う海で漁をすることにより鍛えられた肉体はゴッリゴリのマッチョ。
強面の顔を更に怖くさせる右目に入った縦一本の古傷(蟹の鋏で切られたらしい)、黒く日焼けした逞しい肌からは、正に海の漢としての誇りと威厳が滲み出ていた。
地べたで芋虫のように丸く転がっているルーイを見下しながら、ヤロウが厳つい声を出す。
「ルーイよ、俺ぁ少し前、お前に仕事を頼もうとしたな?」
「あ、あぁ、悪い……少し立て込んでてさ」
「そうかい。まぁ、お前も色々と忙しい身だ。世話になってる俺が何かをとやかく言うつもりは毛頭ねぇ……だがな、一度請け負うと言った仕事を放り出すなんざ、海の漢が廃るってもんじゃねぇのか!?」
どん! と、砂浜を踏み付ける。何故かヤロウの背後で砂が舞い踊った。
ざばーん! と、不自然に白波が立ち乗客で一杯の客船が無駄に揺れた。
一部の乗客たちが何事かと慌て甲板に現れた。
「悪かったって! いや、だけど、あの、別にオレ海の漢ってわ「そうだろ!? 野郎共!!」
「「「おぅ!!!」」」
完璧に統率のとれた漁師たちが、異口同音の声を挙げた。
その様子を遠巻きに見ているクレハは、何が何やらといった表情で唖然としている。
対象的にタリアとカトレアの二人は、とても良い笑顔だ。
「ルーイ! 俺ぁ、お前さんにそういう軟弱な男にはなってほしくねぇ。観光客から女に間違われるほど女顔のてめぇだが、てめぇには漢らしくあってほしいんだよ」
「っの! 言わせておけば! いくらヤロウさんでも言っていいことと悪いこ(ギロッ!)とがあるけど、今のは言っていいことでした、ごめんなさい」
芋虫が土下座する。
ここ何日かで土下座する回数が確実に増えた気がした。
「さて、お前さんが真の漢であると見込んで……仕事を頼みたいんだ、ルーイ」
「な、なんだよ……!?」
「お前さんが物置に突っ込んだおかげで、仕事道具が台無しになっちまった。それも特殊な道具で島には在庫がねぇ。ちょっくら王都まで買い出しに行ってくれや」
「い、いや、それは悪かったけど、仕事道具なら次の便で「そのついでに!」
そこでヤロウは遠巻きに見ていたクレハに視線を向けた。自然とルーイもそっちを見る。
いきなり自分が話題に上げられ驚くクレハは、事態が飲み込めず目を瞬かせるしかない。
「領主様に聞いたんだが……あの嬢ちゃん、これから色々と大変らしいな?」
「あ? あ、あぁ、そうかもしれないな」
「見れば見るほど別嬪さんじゃねぇか。あんなか弱い「か弱い……?」嬢ちゃんがこれから大変な目に遭う、と分かっていて一人で行かせる……これほど漢が廃ることがあるか?」
「! いや、待て! いくらなんでもそれは「そうだろ!? 野郎ども!!」
「「「おぅ!!!」」」
気が付けば港には漁師以外にも、島中の人たちが集まってきていた。
武器屋の親父に本屋の主人、観光ギルド副長のタリアの母親やパン屋の女将さん、更には合同部隊を組んでいた討伐ギルド職員や自警団の面々まで、手の空いた住民総出だ。
その輪から外れ、カトレアが杖をつきながらルーイの元へ歩み寄る。




