第84話 「ちゃんと返しに来てね」
プイスの港が紫色に染まる頃、本日の最終便へと乗り込もうとする乗客たちが大勢いた。
とは言っても普段と比べればかなり少ない。
例の騒動が収まった朝、「こんな危険な島だとは思わなかった!」だの「一体誰が責任を取るのか!」だのと文句を垂れる観光客が後を絶たず、港はパンクしていた。
おかげで昨日までの便の乗船率は十割超えで、急遽王都に連絡し増便を要請したほどだった。
とはいえ、観光客たちの言い分としても当然であろう。高い料金を払って観光に来たというのに、島内のいざこざに巻き込まれるなどたまったものではない。
そんなわけで観光ギルド、主にタリアの父親が頭を悩ませていたのだが、彼をはじめ誰一人としてルーイを責めるような島民は居なかった。
彼らは常日頃、あの少年が島のため、街のために粉骨砕身、結界を維持し、魔物の掃討をしてくれているのを知っているからだ。
それがどれほど危険なことなのか、知らない島民などいない。
そんな彼がただの一度、何かをやらかしたとして一体誰が責められようか。
だからこそ、彼らは最終便の出航時刻を最大限、遅らせていた。
「………………」
港には当然クレハの姿があった。
カトレアとタリアも見送りに来ている。
「クレハさん、ごめんね。お兄ちゃん、ホントにこういうの疎いし雑で……」
「かまいません。彼には良くして頂きました。そして、それ以上に迷惑をかけてしまいましたし」
「クレハさん……」
「カトレア様、コレを」
そう言ってクレハは小切手を手渡す。
金額の欄は空いていた。
「なんじゃ、これは?」
「ルーイ様への約束の報酬と、何より島の皆様への賠償金とし(ビリビリ!)……て?」
「まだまだ乳臭い小娘が何を格好つけておる」
「ち、乳臭い……!?」
「ルーイへの報酬はともかく、失敗を金で解決しようとするではない。まだまだ乳臭い小娘がこういうやり方を選ぶのは感心せんわい。……ビオラめ、なんちゅう教育をしておるんじゃ」
「し、しかし、それでは!」
「お主はあの後、一軒づつ丁寧に謝罪して回ったじゃろうが。納得せん者もおったじゃろうが、人死は出ず街も何ともなかったのじゃ。それで十分じゃよ」
実はルーイがカトレアの家を去った後、クレハはカトレアとの話もそこそこに、島の一軒一軒の家や店を、時間の許す限り謝罪して回っていた。
住民の方に謝罪をしたい、と言えばルーイは必ず自分と一緒に付いて回っただろう。
そして、ルーイが一緒にいれば住民たちは、彼を免罪符としてクレハに対する糾弾を控えただろう。
そんなことが許せるはずがなかった。
今回の騒動の責任は全て自分にあるのだ。
最後の最後まで、彼に何かを背負わせるなど出来るはずがない。
当然、住民たちの多くはクレハに対し恨み節を吐いた。お前のせいで島が危険な目にあった、お前が来なかったらこんなことは起きなかった、と。
だが、もっとも多かったのはルーイに関する声だった。パン屋の女将さんが目を潤ませ、『次にあの子を危険な目に遭わせたら承知しないよ!』と頬を本気で叩いてきた時、誠心誠意謝りつつも――何故か嬉しくなった。
彼は本当に島の住民たちから好かれていた。
それが何故か、とても誇らしく感じた。
カトレアは一転して優しく微笑み、クレハの手を優しく包み込んだ。
「どうしても何かをしたい、と考えるのなら立派な巫女になり、お役目をしっかり果たすのじゃ。それこそが本当の意味でこの島の、この世界の為になるのじゃから」
「はい、必ず……!」
カトレアの手は皺くちゃでカサカサ、ボロボロの荒れた手だった。
加齢や普段の水仕事だけでこうはならないだろうほどに荒れた手は、過去数十年に渡り、〝時守の巫女〟としての役目を果たしてきたからこそ。
それは紛れもなく長年最前線で戦い続けてきた歴戦の戦士の手だった。
そして、その奥には優しさと温かさもある母親の手でもあった。
その重みを感じ、クレハは改めて決意を固めしっかりと手を握り返した。
「クレハさん! これ良かったら船で食べて!」
そこへタリアが持っていたバスケットを差し出す。
中にはサンドイッチや唐揚げといった軽食がパンパンに詰められていた。
まだほんのりと温かく、出来立てであることはともかくとして、どう見ても一人では食べ切れない量だった。
「こんなにたくさん……ありがとうございます。後で頂きますね」
「えっへっへー。だけど、そのバスケットはあたしが普段から使ってる大切なお弁当箱なんだ! ……だから……!」
「っ!?」
タリアはバスケットごと、クレハをしっかりと抱き締めた。思いもよらない行動に、クレハが一瞬バスケットを落としかける。
意味が分からずおろおろと成すがままのクレハなどお構い無しで、タリアはそっと耳元で囁く。
「……ちゃんと返しに来てね、クレハ」
「! ……うん! 必ず返しに来るわ、タリア」
タリアの目には光るものがあった。
たった数時間の買い物、ほんの少しのお喋りしただけだったが、二人の間にも確かな絆が芽生えていた。
仲睦まじく抱き合う二人を微笑ましく見守るカトレア。
そんな二人の仲を引き裂くように船の汽笛が鳴り響いた。
最大限まで出航を遅らせてはいたが、これ以上遅らせては暗い海を進む時間が長くなり、危険が増すのだ。もう一刻の猶予もなかった。
「……あの鼻タレは何しとるんじゃ」
カトレアが街の方を見やるも待ち人の影はいまだにない。
(まさか、コレがお主の選択じゃと言うのか、ルーイ)
もし本気でそのようなことを考えているのならば、後でフルボッコにしなければ、とカトレアが脳内で愚息をどう虐めてやろうかと考えている。
――その時。




