第82話 「あいつは今後も」
カトレアの家を後にしたルーイは、一通り街を見て廻っていた。
ハスラーや合同部隊の活躍により、幸いにも街への損害は街壁の一部が破損したくらい。
負傷者の治療も滞りなく、観光客たちこそ減っていたものの平時と変わらぬ様相だ。
「あっ、お兄ちゃん!」
「タリア……あいつの様子はどうだった?」
中央広場に差し掛かっていたルーイとタリアが合流する。
噴水が勢いよく水を吐き出す。
きらきらとした雫が宙を舞う前で、タリアは少し疲れた様子で言った。
「何とか機嫌は直してくれたよ。ただ、クレハさんのことを許す気はないみたいだったけど……後はお兄ちゃんのことも相当怒ってた。なんで何も言わなかったんだ、って」
「そうか……まぁ、あいつが怒るのも無理のない話だな。さすがに今回はオレも強く言えねぇよ」
「クレハさんのこと、何も知らないもんね。それにあたしだって信じられないよ……なんだっけ? アルテマ? なんか強そうな名前……」
「〝ウルティマ〟だろ」
「あぁ、そだった。それでお兄ちゃんは……これからどうするの?」
――どうするの?
その意味を正確に理解しながらも、ルーイは敢えて本意を無視して軽口を叩いた。
「どうするもこうするもないだろ。明日からまた結界の見廻りを再開しないと。結界石と符はほぼ同じ効果、範囲ってババアは言ってるけどいきなりはいそうですか、って信じるほど能天気じゃないつもりだ」
「……そうじゃなくて」
「何が?」
「クレハさんと一緒に行かないの? お兄ちゃん、ずっと大陸に行ってみたいって言ってたじゃない」
「いつの話だよ。それに、どうしてオレがあいつと一緒に行かなきゃならないんだ」
「だって」
「ハッキリ言うけど、オレはこの島と街が平和ならそれでいいんだ。王都がどうなろうと知ったこっちゃない、とまでは言わないけど、そんなのオレが考えたり何か出来るようなことじゃないだろ。大陸にはいつかは行ってみたいけど、別に今じゃなくたっていいしな」
「………………」
「今は結界の確認と今後のことを考えるのが、先決だ。もうクレハと会うこともないだろうしな」
「………………」
「もしクレハがまた祠に行きたい、って訪ねて来たんなら連れて行ってやるけどな。……ってもう霧も晴れたからあいつ一人で転移すればいいのか。とにかく、それくらいしかオレに出来ることなんてないだろ」
「……なんか腑に落ちないなぁ……」
「仕方ないだろ。島ではそこそこ腕が立つのかもしれないけど、オレなんて大陸に行けば履いて捨てるほどいる魔術師の端くれだ。わざわざオレが出向いて出来ることなんて何もねぇよ」
「………………」
「この話はこれでしまいだ。オレは街の様子をもう少し見て帰るから、タリアは早く帰れ」
「……はーい」
タリアは不満気な表情のまま北に向かって走っていった。その背が見えなくなるまで見送ってから歩き出す。
「………………」
歩きながらルーイは考える。
――あいつは今後も一人であんなことを続けるのだろうか。
――師匠がいる、とは言っていたが此処に来たのは結局クレハ一人だった。
「………………」
ただの依頼だった。
偶然、少女と知り合って、依頼として〝封印の祠〟まで道案内兼護衛をすることになっただけだ。
たまたまはぐれたり、運悪く祠にデビルゴートが現れて、何故かいつもと全然違うくらい強かった。
そういえば腑に落ちないのは、あのデビルゴートだ。
あいつは何故急にあんなに強くなったのだろうか。
(まぁ、もう倒したんだしいいや)
それから、偶然そこに刺さっていた槍を引き抜いたせいで結界が消し飛ぶ事態となったが、今はもう元通りだ。
腑に落ちないのはもう一つ。
あの魔術方陣は結局なんだったのか。
明日からしばらくは結界の見廻り頻度を上げたほうがいいだろう。
タリアにも言ったが、結界石と符の結界が同じようなものだと確信できるまでは、警戒を弱めるわけにはいかない。
「………………」
変わってしまったこともあるが、概ねクレハが来る前、元通りになったはずだ。
なのに。
(……なにがこんなに引っ掛かるんだろうな)
ルーイは悶々とした気持ちのまま西へ足を向けた。
馴染みの本屋に用事を思い出したからだ。




