第81話 「生き方」
「良かったのかえ? まだまだ青臭いが、ルーイは期待出来る逸材じゃと思うが」
「……勿論です。彼には本当に助けて頂きました。これ以上、迷惑をかけるわけにはいきません」
「………………」
「彼はこの島を――街の皆さんのことを本当に大切に思っています。そんな彼にこれ以上、私たちの……いえ、私の運命を背負わせるわけにはいかないでしょう」
「……すまんの、クレハ。お主らの代に、まさかこのような事態が訪れようとは」
「気になさらないでください。年頃の乙女のような生き方に憧れを抱かないわけではありませんが、私は自分の運命を既に受け入れています」
クレハは窓の外に目を向けた。
青空が海のように広がり、その中を泳ぐように白い雲が悠々と流れていく。風が吹く度に緑の枝葉が元気に揺れる。
「彼とは違う場所ですが同じ空の下、このような尊い景色を全力で護るために私は戦います。そのためにもまずは、〝時守の巫女〟として独り立ちをしなければ」
「……そうかえ」
クレハが淹れ直してくれた温かい緑茶に口を付ける。
――苦い、そして渋い。
タリアが淹れてくれた茶も勿論苦いのだが、その後に広がる仄かな甘さがなく、ただただ苦いだけの緑茶。
おまけに熱湯を無造作に注いで淹れたせいで、薫りも飛んでしまっている。
とてもではないが、いつもと同じ茶葉を使っているとは思えないほどに不味かった。
クレハも同じように感じたのだろう。
眉間に皺を寄せ、しかめっ面を浮かべている。
それと同時に、クレハが普段着けている仮面が少しだけ剥がれかけたように見えた。
(若いもんの背を押してやるのも、年寄りの務めかの)
カトレアが老婆心から言う。
「ところで、クレハよ」
「はい」
「年頃の乙女のような生き方とは、一体どのような生き方のことじゃ?」
「ぶふっ!?」
「淑女にあるまじき所作じゃの。ほれ」
「ぐっ……あ、ありがとうございます」
湯呑みから茶を吹いてしまったクレハにハンカチを渡す。丁寧な所作で口を拭うが、これっぽっちも取り繕えていない。
「わ、私は、何もルーイ様とそのような関係を夢想しているわけではありません! 確かに彼に頼れる一面があることは認めますが、彼のような男は私の理想とする殿方像からは遠くかけ離れています! 何かあればすぐ私の身体にペタペタと無遠慮に触れる、破廉恥極まりない男なのですよ!? そもそも彼は」
「儂はルーイの名など一言も口にしていまいが」
「!!?!?」
カトレアは何知らぬ顔で不味い茶に口をつけた。
クレハは俯き、まだ何やらぶつぶつと言っているようだったが一切無視して言葉を漏らす。
「育てた儂が言っても親馬鹿にしか聞こえんじゃろうが、ルーイは良い子じゃ。素直ではないが優しく、他人様の為に己の全身全霊を掛けられる。儂の自慢の息子じゃ」
俯いていたクレハが顔を上げる。
まだ顔は赤いままだったが、カトレアの話を聞こうと翡翠の双玉を瞬かせる。
「そして、この島で終わらせるには惜しい逸材でもある。聞いておるのか知らんが、ルーイに魔術を教えたのはこの儂じゃ。――と言うても触りを教えただけで、後は独学で中位魔術の詠唱破棄までは会得しおった。本人は学がない、才能がない、頭が悪いと言うておるが活字を読める人間が五割、その内容を理解出来る者がそこから三割、それを更に実践し昇華させる者となれば、最初の一割にも満たんじゃろう」
そう言えば先日、〝封印の祠〟まで同行してもらった時は、ルーイの魔術を見る機会はほとんどなかった。
遭遇した敵はナイフで急所を断つ、難敵や群れに遭遇した時はやり過ごす、道を変えるなどで戦闘を最小限に抑えていたからだ。
故にクレハは、彼の才というものを見たことがなかった。
「独学でアレほどになれるのは才能じゃろう。じゃが、やはり魔術という学問はそう一筋縄ではいかん。如何に才能があろうと環境や仲間が揃っていなければ、頭打ちじゃ」
「………………」
「あぁ見えてルーイは好奇心旺盛。口では面倒じゃ何じゃと文句ばかり言うが、勉強も嫌いではないのじゃ。そして、世界を見てみたいと思うておる」
その話は聞いていた。
確か地底湖で少しだけ話してくれた。
『――世界にはこんな風景がまだまだある。いつかはオレもそういったものを見て回りたいんだ――』
「じゃが、先にも言った通り素直ではない。今回のことでルーイは尚更、自分に責任を感じこの島に固執するじゃろう」
「……しかし、実際に結界の維持は彼がいないと」
「どうとでもなる。今回のことで儂もまだ隠居するには早いと痛感したわい。ハスラーもいる。自警団もある。何なら儂が直々に……だれじゃ……アンパン●ンとやらを、リハビリがてら一から鍛えてやっても良い」
――地獄を見せてな。
ひっひっひ、と酷薄に笑うカトレア。
しかし、もうクレハはそんなカトレアの顔が全く見えていないようだった。
(こんなもんかの。後は……)
カトレアは席を立ち、不味い茶を淹れ直そうと改めて湯を沸かし始めた。
「あの鼻タレは根性見せるかの」




