第80話 「自称島の用心棒という名の」
「っていうか、今更なんだけどさ」
「なんじゃ」
先代の見習いいびりが一段落したようなので、ルーイが改めて二人に声を掛けた。
カトレアは満足そうな様子で、いつの間にか肌が艶々している――気がした。
年若い美少女を虐め、超常的なナニカの力で若さを吸い取ったのかもしれない。
その証拠にクレハは何となく老け込んだ気がした。――頭からアホ毛まで生え出した始末だ。
「クレハっていくつなの?」
「ん、んんっ……! そういえば言っていませんでしたね。先日、一七になりました」
咳払いをして誤魔化そうにも時既に遅し。
深紅のアホ毛がぴょこぴょこしていた。
「え、タメなの?」
「そうなのですか?」
「片や齢一七にして既に博士課程を修めた才媛、片や自称島の用心棒……という名の無職……大陸は広いのぉ」
「ババアは黙ってろ!」
どこからかハンカチを取り出し、よよよ、と嘘泣きするカトレアに、ルーイが顔を真っ赤にして突っ込んだ。
矛先が自分から外れる瞬間を待っていたのだろう、クレハは此れ見よがしに台所へと避難。
さも自然な所作を装ってポットで湯を沸かす。
――先程まで真面目な話題で、ハスラーが激昂して出ていってしまったというのに、今のカトレア邸を包む和やかな空気といったら。
ルーイは、そして恐らくクレハも気付いているだろう。
カトレアが自分たちに気を回してくれていることに。
敵わねぇな、と頭を掻きつつ台所にいるクレハに声を掛ける。
「それで学園とやらで魔術を学び直しながら〝時守の巫女〟としての修行。並行して〝ウルティマ〟の調査も進める、ってのが当面なわけか」
「そうですね。〝ウルティマ〟に関しては昔から長い時間をかけて様々な分野、角度から研究と分析が進められてきましたが、分かっていないことの方が多いのです。例の魔術方陣と槍の件も含めて、洗い直す必要があるでしょう。あくまで私は見習いの立場として、ビオラ様の補佐の役割にはなりますが」
「――大変だな」
「そうですね。ですが、私が自分の意思で決めたことです」
「……そうか、ならオレは何も言わない」
「?」
――そんな役目ほっといて島でオレたちと一緒に。
ルーイの脳裏に思い浮かんだ甘い思考。
出会ったのはほんの数日前。たった一度、〝封印の祠〟と街を往復しただけで、死地を潜り抜けた戦友は言い過ぎだろう。
それでもルーイは、目の前の深紅の髪の少女との間に確かな絆を感じていた。
――頭を振る。
「……なんでもない」
その瞬間、翡翠の双玉が微かに揺れたが、ルーイは気付かなかった。
「そうですか……タリア様にお願いして、今晩最終の便を抑えてもらいました。それまではこちらで、カトレア様とお話させてもらいたいと考えています。島に残された書物にも目を通しておきたいですし」
「……そうだな」
「そうだ! 後で例の槍に刻まれた刻印の模写を取らせてください。王城に保管されている資料と照らし合わせれば、きっと解読出来るはずです」
「いいよ、槍ごと持って行け。オレには過ぎたる物だし、きっと重要な手掛かりになるはずだ」
「……そうですか」
ポットが甲高い音を立てた。
クレハは戸棚から茶葉を取り出し、タリアの見様見真似で緑茶を淹れる。
それをそっとルーイの前に置き、次いでカトレア、最後に自分の分も淹れた。
「……ルーイ様、この度は本当にありがとうございました。この御恩には、何れ必ず何らかの形で報います」
『――もうあんたには取り繕わない!――』
(……取り繕わないんじゃないのかよ)
頭を上げたクレハに、ルーイは冷ややかな目線を向けた。
怒りではない。悲しみでもない。学のないルーイでは言葉に出来ない感情を、ただ視線に込めただけだ。
「あぁ……ほら」
ルーイは武具召喚で例の槍を召喚し、半ば強引に握らせた。
そのまま席を立つ。
「いいのかえ?」
「何が?」
「……お主がそれでいいのなら儂は何も言うまい。本来お主には関係のないことじゃからな」
「そうか……そうだな、オレには関係ねぇな」
そのままルーイはカトレアの家を後にした。
クレハが淹れてくれた緑茶には口を付けなかった。




