第8話 可愛い女子のお願い
「それでは、改めまして……お忙しい中お集まり頂きありがとうございます。皆様の貴重なお時間を取らせるわけにもいきませんので、手短に要件をお伝えさせて頂きます」
一連の茶番など、まるでなかったかのようにクレハが言う。
全員が席についていた。
ルーイとタリア、カトレアとクレハが横並びという順だ。
カトレアに呼ばれたのはルーイだけだったし、タリアとしてはお暇した方がいいかもと思っていたのだが、カトレアもクレハも特に何も言及しなかったので流れでそのまま残った、といった具合だ。
何よりタリアの中では既にクレハの存在が興味の対象だった。色々な話を聞きたくてウズウズしている。
「まずは、私がプイスに来た目的についてお話します。私の目的はこの島の禁足地、所謂〝魔女の庭〟の奥地を調査するためです」
「……何があるんだっけ?」
「〝封印の祠〟だ」
タリアの言にルーイが答える。
プイス島では北側一帯が古くから禁足地として定めている。
なんでもプイス島の守神の御神体が祀られているとかなんとか。
ハッキリと言い切れないのは、口伝で伝わっているだけで詳細を記した書物の類などが一切なく、正確なことが分かっていないからだ。
北側以外にも未開拓の地が広がるプイス島で、わざわざそんな場所に足を踏み入れようとする者など、物好き以外には誰もいなかった。
そして、〝魔女の庭〟の最奥には“封印の祠”と呼ばれる祠があり、何人も近付いてはいけないこととして言い伝えられていた。
「その通りです。私は正にその〝封印の祠〟について調査に訪れました」
「ふーん、学者さんの知的探求心ってやつか」
「そう捉えて頂いてかまいません」
「だけどなぁ……〝魔女の庭〟は王国の調査団ですら手こずる魔境だぞ。濃い霧が四六時中立ち込めてて、あと、すっげぇ臭い……地理に明るくない学者さん、それも、女の子が一人で行くような場所じゃないんだが」
「危険は承知の上です。ですので、そのことをカトレア様に相談しました。結果、貴方に白羽の矢が立ったのです」
「は?」
クレハはルーイを鋭く一瞥した。
訳が分からずルーイは間抜けな声を出すしかない。
「聞けば貴方は定期的に結界の見廻りをされており、そのついでに〝魔女の庭〟の探索を行っている、とカトレア様から伺っております」
「ババア……余計なことをべらべらと」
ルーイに睨みつけられたカトレアは、意外と言うべきか、茶化すような素振りも見せず、先ほどから真剣な表情を浮かべ沈黙したままだ。
現在、定期的に王国から派遣される調査団は〝魔女の庭〟の探索、更に言えばその最奥に位置する〝封印の祠〟の調査を目的としている。
その理由にルーイは興味など持たなかったが、王国調査団、というのは当然ながら精鋭揃いである。
単純な戦闘力、という点ではギルド本部の幹部クラスにも手練れが揃っているが、組織だった戦闘、連携、更に物資が伴うとなれば王国調査団が圧倒的だ。
何しろ一機関と一国家なのだ。比べるまでもないだろう。
だが、そんな王国調査団であっても〝魔女の庭〟の調査は思うように進まないのが現状だった。
原因は先のルーイの発言の通り濃い霧と異臭によるものだ。
勿論それが只の霧であるのなら、王国調査団ともあろう集団が屈するはずもないのだが、件の霧は視界を奪うだけではなく、魔術の発動に不可欠な魔素を霧散させ、魔術の発動を妨げるのだ。
更に厄介なのは、魔素だけでなく、声や音といった空気の振動まで吸ってしまい、団員同士の連携もままならなくなってしまう。
名高き王国調査団が未だ〝魔女の庭〟の踏破に至っていない最大の原因だった。
そして、異臭も厄介だ。
霧に比べれば幾らかマシに思えるかもしれないが、臭いというのは防ぎようがない。
短時間なら我慢すれば済む話だが、長時間晒されればたまったものではないほどに臭い。黴臭いような饐えたような悪臭は、口呼吸をすれば耐えられるというような生易しいものではない。
それら二つが合わさると、まるで真綿で首を絞められるかのように徐々に、徐々に団員たちの気力と体力を奪っていくのだ。
ちなみに、プイスにいる程度の魔物では王国調査団は怯んだりしない。精鋭なのでそれも当然だ。
島に多く存在するのはガルムやアウルベア、デビルズマンティスやギガホーネットといった小物の魔物で、あの程度はギルドの指標で表すならランク外のなんちゃって魔物だ。
「王国の調査団ではすら〝魔女の庭〟での野営が精一杯。しかし、貴方は単独で〝魔女の庭〟を何度も踏破し、〝封印の祠〟へと至ったと伺っています」
「…………」
「私も魔物相手であれば腕に覚えがないわけではありませんが、何より件の霧と異臭の脅威は聞き及んでいます。それに地理にも明るくありません。カルミア様、どうか〝封印の祠〟までの道案内兼護衛として、ご同行頂けませんでしょうか」
クレハは静かに頭を下げた。真紅の艷やかな髪がテーブルにつくのもお構いなしだ。
その真摯な態度にルーイは黙考する。
クレハの実力は申し分ないだろう。
昨日見た魔術の腕前はルーイを遥かに超えるものだったし、先ほどの大鎌の扱い一つ見ても素人や物好きの類でないことは明らかだった。
だが、いかにクレハの能力が高くとも、戦闘力云々だけでどうにもならないからこその〝魔女の庭〟なのだ。
そもそもルーイが危険な〝魔女の庭〟の探索を繰り返しているのは、偏にプイスのためだった。
孤児であった自分を育ててくれた口煩いカトレアや可愛いタリア、喧しい幼馴染に街の住民たち。
そんな気心の知れた連中の不安を少しでも拭えれば、と最初は結界近くに現れる魔物の討伐を始めた。
勿論大人たちに全力で止められるのは分かっていたので一人でこっそり、と。
魔物の餌になりかけたのは一度や二度ではなく、複雑な地形と濃い植生、深い霧に惑わされ何日もの間、帰れないこともあった。
無理に無茶を重ね、カトレアに何度も怒られたし、タリアを泣かせてしまった日のことは今でも後悔している。
それでも街のため、プイスのためだと心に強く決意を固め、少しづつ活動範囲を広げていった。
最初はガルムの一頭にも苦戦していたが、討伐を続けている内に自然と実力が身についていった。
どうやら自分には人並み以上にそっち方面の才能があったようだ。
「タリアちゃんは俺っちのもんだ!」とか言ってきた馬鹿で阿呆な幼馴染とその取巻きたちは、全力で殴り倒してきた。
本屋の主人に頼んで王都から魔導書や辞典を取り寄せてもらい、魔術の勉強もした。分からないことをカトレアに相談したら馬鹿だ阿呆だ言われながら、優しく丁寧に教えてもらい魔術の師とした。
そうして年月を重ね、気付けばルーイの活動範囲は〝魔女の庭〟に達し、いつの間にか〝封印の祠〟にすら出入りするようになっていた。
そんな、島のことを誰よりも知るルーイが出した結論。
「ダメだ」
「えっ?」
「……」
驚きの声をあげたのはタリアだ。普段はあまり見ない兄のキッパリとした断りが意外だったようだ。
一方で分かりやすく断られたクレハは頭を下げたままで表情は窺えない。
「あそこは学者先生が興味本位で行くような場所じゃない。オレのことをババアからどう説明されたか知らないが、買いかぶりだ。どうしても行きたいって言うなら王国調査団に同行すればいい。それでもオススメはしないが」
「……そうですか」
顔を上げたクレハの表情は先ほどと変わりなかった。無表情、というわけではないが怒りや呆れ、落胆といった表情とも取れるし、そのどれとも違うようにも見える。
達観、とでも言うべきかもしれないが、そこまで畏まってもいない。
いずれにせよ、目の前の自分とそう歳の変わらないであろう少女にも軽くない理由があるのだろう、とルーイは推察した。
だが、それはそれだ。
いま初めて会ったばかりの少女の無理難題にルーイが付き合う理由はないし、そんな危険なことを犯そうとしているのを止めないわけにもいかない。
「気軽に行けるような場所じゃないんだ。色々と訳ありなんだろうとは思うけど、悪いことは言わないからやめとけ」
「いえ、お気になさらず。――元々一人で行くつもりでしたので」
「は?」
聞き間違いかと思い素っ頓狂な声が出た。
念の為にもう一度確認する。
「悪ぃ、何だって?」
「私は最初から一人で行く気でした。カトレア様に相談したのも、言うならば同行してくれたら助かるな、という程度です。当初の予定から何も変わりません。お時間を取って頂きありがとうございました。それでは、失礼します」
もう用は済んだ、と言わんばかりにクレハが席を立ち、足早に玄関へと向かう。
「お、おい! 待てよ! 話聞いてたのかよ!」
「そ、そうだよ! オリヴィアさん、待って!」
クレハは二人の制止を無視。その足取りに迷いは全く感じられない。
たまらず席を立ったルーイが腕を掴む。そこまでされてようやくクレハは足を止め、半ば睨みつけるような視線を向けた。
「待てって! 何をそんなに思い詰めてんだよ!」
「私は思い詰めてなどいません」
「だったら、調査団の次の機会を待てばいいだろ!」
「では、お聞きしますが次の機会はいつになるのですか?」
「それは……分からねぇけど……」
実際、以前訪れた調査団はルーイの記憶では確か二週間ほど前だったはずだ。
定期的に訪れている調査団だったが、間隔はまちまちで均せば二、三ヶ月に一度といったところだ。
とてもじゃないが、この短期間にもう一度訪れるとは思えなかった。
「一日二日程度ならかまいません。しかし、それ以上となるとやはり私一人で向かいます。これでもそれなりに多忙な身ですので」
「だから、危ねぇって言ってるだろ! オレでも祠まで辿り着くのに何時間もかかるんだ! それを初めて行く奴が、そんなすんなり辿り着けるわけねぇだろ!」
腕を掴む力が強くなる。
クレハは振りほどこうとするが、ルーイとて遊びや酔狂の類で言っているわけではない。
本気で危険だから止めているのだ。
(それをこの女!)
「私としても本意ではありません。貴方が言う通り本当は調査団に同行した方がいいのは分かっています。しかし、あまり時間に猶予もないのです」
「だからって、一人で行くのを見過ごせるか!」
「だからこそ、私はカトレア様に相談し、そして貴方に声を掛けたのですが」
「……っ!」
クレハの言い分はその通りなのだろう。
〝封印の祠〟について調べているのなら、その道中についても、この島についても調べているのは道理だ。
そして、単身では危険だということも分かっているからこそ、カトレアの元を訪れ助力を求めたのだろう。
だが、ルーイは断った。
それならば、とそういうことだ。
――不意にクレハが表情を緩めた。
「貴方が意地悪や面倒で断ったり、私を引き止めているのではないことは分かっています。しかし、私としても譲れないものがあるのです。貴方の優しさだけ頂戴しますね」
クレハが微笑を浮かべる。
それはまるで母親が子どもに向けるような優しい微笑みだった。
ルーイは幼い頃、カトレアが自分に向けてくれた表情にとてもよく似ている、と思った。
(それは反則だろうが……!)
いま会ったばかりの少女の願いを聞き入れる理由などルーイには全くない。
全くないのだが、こんな優しい笑顔を浮かべられる少女を、一人であんな危険な場所に向かわせることなど――。
「――タダってわけにはいかない。依頼としてなら……報酬は弾んでもらうからな!」
「! 本当ですか!?」
「あぁ、ったく……おい、ババア! これでいいんだろ!?」
「ひっひっひ。ルーイも男になったの。可愛い女子のお願いには弱いといったとこかの」
「うるせぇ! はっ倒すぞ!」
ルーイが顔を真っ赤にして叫んだ。
カトレアはルーイの育ての親だ、ルーイのことは誰よりもよく知っている。
故に最初から分かっていたのだ。
こういう時、ルーイは断れない性格なのだ、と。
「くっそ……!」
「カルミア様、面倒をお掛けします。同行頂きありがとうございます」
「……もういい。それより様付けなんて仰々しくて背中が痒くなるからやめてくれ。オレのことはルーイでいいから」
頭を掻きながらルーイが言う。
そう言われたクレハは、眉を下げ困り顔で頷く。
「分かりました。……と言いたいところですが、私のコレは性分と言いますか……慣れない言葉遣いだとは思いますが、ルーイ様とお呼びさせて頂きます。私のことはクレハとお呼び頂ければ」
「分かった。報酬は安くないからな」
「勿論です」
「契約成立だ。……タリア、茶淹れてくれ」
「りょーかい! オリヴィアさんもどうぞ! さ、座って座って!」
タリアが二人の元へ駆け寄り手を取って席へ促す。
良くも悪くもコミュ力が高いタリアならではの距離の詰め方だ。
「はい、いただきます。……タリア様も私のことはクレハとお呼びください」
「うん、分かった! じゃあ、クレハさんって呼ぶね! あっ、あたしのことはタリアって呼んでね!」
「ありがとうございます、タリア様」
「そんな固っ苦しくなくていいよ! タリアって!」
「いえ、あの、ですから……」
「タリア、そっちの棚に茶菓子が入っておるからそれも出しておくれ」
「ありがとう、おばば!」
そうして二人を席へ座らせた後、台所に向かいポットを火にかけ茶の準備を進めていく。
(……ったく)
ルーイは不満そうにテーブルに片手をつき顎を乗せる。
窓を見やれば心地良い日差しが入り、木の枝に止まった二羽の小鳥たちが目に入った。
ピチピチと仲睦まじく肩を寄せ合う小鳥たちは、やがてどちらからともなく羽ばたいていった。




