第78話 「胸を張れ」
カトレアに促されルーイは席に戻り、椅子が空いたクレハもルーイの対面に座った。
これ以上無いほど微妙な空気ではあったが、伝えなければいけないことを伝えるために、クレハは話を再開する。
「……先に触れた〝ウルティマ〟ですが、その力、存在はあまりにも強大。神々の力をもってしても殲滅することは出来ず、封印を施すのが精一杯でした」
「確かその封印が弱まっている、とかって話だったよな」
「おっしゃる通りです。そして、今代の命により私は急ぎプイスまで封印の状態を確認に来た、というわけです」
「前も言ってたけど、その兆し? ってなんのことだ」
「〝時の回廊〟にある〝終末の大時計〟が動き出しました」
「〝時の回廊〟……?」
また知らない単語が出てきた、とルーイが頭を抱える。
その様子を見たクレハは、少しだけ表情を緩めると声を掛ける。
「ルーイ様が気にすることではありません。もの凄く簡単に言えば、『それまで動いていなかった時計が動き出した。そして、それこそ〝ウルティマ〟が復活する兆しとして代々、伝わっていた』ということです」
「そ、そうか……それでその時計が動き出したから慌ててプイスにある祠の様子を見に来た、と」
「王都から一番近い封印の場所が、プイスでしたので」
そういえば。
「〝封印の祠〟への道中、ルーイ様は霧と異臭のことについてお聞きになりましたね」
「あ? ……あぁ、そういえば、そんなことを聞いたような気もするが」
「あの霧と異臭は〝ウルティマ〟の肉体から発せられたものと私は考えています」
「!?」
驚きを隠せない。
まさか長年〝封印の祠〟に祀っていた御神体こそが、霧や異臭の正体だったとは。
もっとも御神体とは名ばかり、蓋を開ければ厄災の一部を封印していたわけだが。
「正確には〝ウルティマ〟の肉体から漏れ出た邪気や呪素といったものでしょうか。それらが具現化したものこそあの霧や異臭。一部の土地で植物が腐っていたのもその影響かと推察出来ます。何者か……恐らくは例のリリーと名乗った少女に肉体を持ち去られた後も、残滓として残っていたものが、祠の魔術方陣が壊れたことによる衝撃で吹き飛んでしまった。故に私たちが〝封印の祠〟を出た後は霧が晴れ、異臭も消えていた、と」
クレハは口元に手を持っていき、思考する。
だが、それもほんの少しの間だった。ふるふると首を振ると話題を元に戻す。
「いま彼女のことを考えても仕方ありませんね。彼女のことも王都に帰ってから調べてみます。あの時あの場所に現れ、事情を誰よりも理解していました。少なからず〝ウルティマ〟復活に関する何らかの事情を知っているはずです」
「そうだな、結界が消し飛んだことを教えてくれたのもあの女だ」
――結界が消し飛んだ。
自身の口で言葉にし、ルーイは改めて今回の事態を引き起こしたことの重大さを痛感する。
〝ウルティマ〟がどうたらという難しいことはさて置き、今回の島を巻き込んだ騒動が起きたのは結界が消し飛んでしまったからに他ならない。
そして、それは恐らく。いや、確実に祠にあった魔術方陣を壊してしまったからだろう。
ルーイが例の槍を引き抜いたことによって。
分かってはいた。
自分が例の槍を引き抜いたことであの時、確かに〝何か〟が変わったのだと。
目に見えるものではない。耳に聞こえるものでもない。
だが、あの瞬間ルーイの、そしてクレハの本能とも言うべき何かが訴えかけてきたのだ。
〝始まりの鐘は鳴らされた〟
「……オレは」「……ルーイ様、魔術方陣の件は」
「お主はようやった」
沈痛な面持ちを浮かべるルーイに、声を掛けようとしたクレハに代わり声を掛けたのはカトレアだ。
「物事で重要なのは何より結果じゃ。過程の努力を否定するつもりはないが、努力したとて結果が伴わなければ誰も認めてはくれん。そして、今回の騒動は結果として島の住民にも観光客にも被害はなかった。合同部隊の面々には重傷者も何人かはいるが、みな生命に別状はない」
カトレアの言葉は続く。
皺くちゃの顔にある大きな瞳は、真っ直ぐルーイだけを見詰めていた。
「……確かに今回のことでお主は一つ失敗したのかもしれん。じゃが、それがなんじゃ? 街への被害は皆無で、結界の再構築もつつがなく完了したのじゃ。何の問題もなかろう」
「生きていれば誰もが皆、成功も失敗もする。皆それらを繰り返して成長していくのじゃ。お主の後始末は及第点じゃった。儂が言うのじゃ、胸を張れ」
「……っ!」
言ってほしかった言葉を、一番言ってほしかった人が言ってくれた。
自らの犯した失敗は消せない。
だが、少なくともカトレアだけは真にルーイを思ってくれている。
ただそれだけで、ルーイの心にずっと引っ掛かっていたものがすっと取れた気がした。
思わず涙腺が緩みかけてしまったルーイは、改めてそう決意した。
「……ありがとうな、ババア」
「相変わらず感謝の気持ちを表すのには不適切な言葉が交じっておるが、まぁ良い」
そう言って席を立ったカトレアは、冷めた緑茶の入った湯呑みを引く。
そのタイミングでクレハが話を戻す。
「もちろん、今まで話した内容は全て仮説に過ぎません。いま起きている事象だけを辻褄合わせのように当て嵌めた都合の良い解釈かもしれませんが、現状だけで判断するのならば、私はそう間違った解釈ではないと思っています」
「……そうか。それであの魔術方陣のことは」
「アレは私にも分かりかねることでして……カトレア様は何かご存知ですか?」
「儂にも分からん」
湯呑みを洗いながらカトレアが答えた。
「クレハが知らぬのも無理はない。〝封印の祠〟は大陸ダーナに五ヶ所存在しているが、プイスだけが特別なのじゃ。その理由を儂も長いこと調べておるが、今だ手掛かりすら掴めん。故に儂は最後のお役目の地に、このプイスを選んだわけじゃ」
「……そうでしたか」
「小娘二人にいきなり全てを背負わせるほど、儂も薄情ではないからの」
「なっ!?」
ひっひっひ、と魔女のように笑うカトレアはとても楽しそうだ。
対して揶揄われたクレハは頬を赤くし、子どものような表情を浮かべている。
カトレアが時折プイスから離れて王都にいた頃は今代の〝時守の巫女〟、そして、クレハの面倒をしっかり見ていたのだろう。
二人のやり取りを見ているだけで、それが分かった。
微笑ましい光景を前に頬が緩んでいたルーイに気付いたクレハがハッとした表情を浮かべ、いつもの冷静を装った仮面を付け直す。
「それで、クレハはこれからどうするんだ?」
「まずビオラ様……あ、ビオラ様とは今代の〝時守の巫女〟の名です。そして、マールス陛下へ報告するために王都へ戻ります。その後のことは陛下も交えて会合してみないことには何とも言えませんが、しばらくは王都に留まるつもりです」
「悠長にしている時間はなかったんじゃないのか?」
「だからこそ、です」
クレハは天井を見上げながら話す。




