第77話 「馬鹿野郎が!」
「お前ら、さっきから一体何の話をしてんだ?」
いよいよ我慢ならなかったのか、怒気を孕んだ声でハスラーが問う。
その剣幕にタリアがハスラーの袖を引っ張る。
普段であれば、タリアの行動を脊髄反射的に肯定するハスラーであったが、さすがに今だけは引かなかった。
眼光鋭く己を見据えるハスラーに対し、クレハはあくまで冷静に伝えていく。
「先ほど話した〝ウルティマ〟とは神話の時代、突如として現れた厄災そのものです。その姿は巨大な白い蛇、と伝えられています」
「!」
途端、ルーイが胸のざわつきを覚える。
(なんだ? 巨大な白い蛇……? オレはどこかでそんな光景を……見たことがある……?)
当然そんなルーイの胸中など知る由もないクレハは、話を続ける。
「ルーイ様には既にお話しましたが、かつて大陸ダーナはドーナツ状の形をしておらず、今で言う内海は存在していませんでした」
「はぁ!?」「うそっ!?」
それどころではないルーイを他所に、初めて聞かされる衝撃の事実に二人は当然の反応を示した。
「大陸ダーナに大穴を開けた存在こそ〝ウルティマ〟。そして、破壊と殺戮の限りを大陸ダーナ全土に撒き散らした厄災の化身は、神々によって封印されました」
「おい」
ハスラーがまた話の腰を折った。
先ほどとは比べ物にならない物凄い剣幕。物怖じしない性格のタリアですら、何か言える雰囲気ではなかった。
「お前、さっきからふざけてんのか? 今回の騒動は元はと言えば、お前がルーイを引き連れて〝封印の祠〟に行かなきゃこんなことにはならなかったんだ。その責任を取ると言ったのもお前自身だ。それならまず最初にすべき事は、何故こういう事が起きたのか、真実を話すことじゃねぇのか? それを黙って聞いてりゃ、好き勝手に妄想ばっかぬかしやがって」
「……荒唐無稽と取られても仕方のない話をしているのは自覚しています」
「だったら!」
「全て真実なのです」
鋭い視線を向けるクレハ。
当然、そんな荒唐無稽の言い訳じみた御伽噺では何一つ納得がいかないハスラーは、クレハに食って掛かる。
「ふざけんな!」
「ちょっと、ハスラー! 落ち着いて!」
テーブルを激しく叩く音が家中に響く。
隣に座るタリアが慌てて声を掛けるが、スイッチが入ってしまったハスラーの勢いは止まらない。
「ルーイやタリアちゃん、婆さんの顔を立てて今日まで大人しくしてやってたが、この期に及んで適当なことぬかしてんじゃねぇ!」
椅子から乱暴に立ち上がりズンズン迫る。
さすがのタリアでも止められないほどに激昂したハスラーの前に、
「てめぇ、何のつもりだ……?」
ルーイが立った。
「お前の言うことはもっともだ。……だが、まずはクレハの話を最後まで聞いてやれよ」
「聞こうとしてただろうが! 大人しく聞こうとしてんのにふざけた妄想をぬかし出したのはその女だ! なにが〝ウルティマ〟だ! なにが昔は内海がなかっただ! 頭沸いてんのか!?」
「やめろ」
「なんでお前はこいつの肩を持つんだよ! 馬鹿か!? こいつのせいで街の皆がどれだけ不安だったと思ってやがる!? 怒った観光客相手に、ギルドの皆がどれだけ大変な思いをしたか分かるか!? お前だってこいつのせいで死にかけたんだぞ! お人好しなのはお前の勝手だが、大概にしとかねぇとその内ホントに死ぬぞ!」
「ハスラー」
「あぁ!?」
目の前のハスラーという名の爆弾、その短い導火線には今にも火が点きそうだ。
それを必死に食い止める。
「お前が気に入らないのは街の皆と観光客を危険な目に合わせたことだろ。なら、その責任はオレにある。クレハは関係ない」
「待ってください、ルー「っの、馬鹿野郎が!」
鈍い音が響く。
ルーイより一回り大きな身体から放たれた容赦のない拳。
頬にまともに喰らったルーイはよろめき、しかし、膝を屈することなく、怒り狂ったハスラーを見る。
その目は猛獣のそれだった。
「こいつが来なけりゃ、街の皆も、観光客の連中も、タリアちゃんや《《お前》》も危ない目に合わなかったんだ。それを俺が悪いから関係ないだと!? 自己犠牲か自惚れかは知らねぇが、ふざけんのも大概にしろ!」
「………………」
この場にいる全員がそれを分かっているからこそ何も言えなかった。タリアも、カトレアですらハスラーを止められない。
ハスラーはルーイを押し退けクレハの正面に立つ。怒り狂った猛獣が目の前に立ったクレハは、しかし真摯な態度を崩さずハスラーと目を合わせる。
今にも殴り殺さんばかりの勢いだったが、さすがに最後の一線は超えなかった。
「もう限界だ……! 俺っちはこんなことをして街の皆を危険な目に合わせたお前を絶対に許さない!さっさと島から出ていけ! 二度とプイスの地を踏むな!!!」
それだけ言うとハスラーは大股で歩き、乱暴にドアを開けて出て行ってしまった。
「ハスラー! 待って!」
タリアは急いで後を追いかけて行った。
事態を黙って見ていたカトレアが口を開く。
「やれやれ、あの馬鹿ちんは相変わらず人の話を聞かん奴じゃ」
冷めた緑茶を一口啜りクレハに一瞥を向ける。
「クレハよ、すまなんだな」
「……いえ、ハスラー様のお怒りは当然のことです」
「悪い奴ではないのじゃ。頭が悪いだけでの」
「………………」
「ルーイも座れ、クレハの話を聞かねばならんじゃろ」
「……あぁ」




