第76話 〝時守の巫女〟
真剣な表情を浮かべる少女にカトレアも、そして三兄妹も騒ぐのをやめ視線を向ける。
全員の視線を受け止め、ほんの少しの空白を経て少女は口を開いた。
「この度は誠に申し訳ございませんでした。そして、ありがとうございました」
寝台に長座位で腰掛けたまま、丁寧に頭を下げる。
肩ほどまでしかない真紅の髪が毛布につくほど深く下げられた頭からは確かな謝意が感じられた。
面を上げたクレハは最初にルーイを、その後各自を順に見回してから言葉を続けた。
「この度の事態の責任は全て私にあります。償いは如何様にも行う所存で「ちょっと待てよ!」
そこでルーイが声を張り上げた。
「クレハが悪いことなんか何もないだろ! 悪いのは祠の魔術方陣をぶっ壊して、結界の符を消し飛ばしちまったオレだ!」
「はぁ!? 祠の魔術方陣をぶっ壊しただと!? どういうことだ、ルーイ!」
「いや……それは、不可抗力と言うかやむを得ない事情があったというか……」
乱暴にルーイの胸ぐらをテーブル越しに掴むハスラー。さすがに返す言葉のないルーイは口ごもるしかない。
「それも含めて私からご説明致します。ですから、ハスラー様。どうかその手を離して頂けませんでしょうか」
「……ちっ」
乱暴に手を離し、不機嫌さを隠そうともせずドンと音が鳴る勢いでハスラーが椅子へ腰掛けテーブルに肘をつく。
カトレアに目配せされ、タリアが一度頷く。
また何かしら騒がれてはかなわんから頼むぞ、と釘を差しているのだ。
カトレアの意を理解したタリアは、ハスラーの隣へそっと腰掛けた。
そして、クレハは寝台から降り立ち上がると四人の前に立ち、名乗りを挙げる。
「改めまして私の名はクレハ=オリヴィア。代々、〝ウルティマ〟の封印を管理、維持し続けることを義務付けられた、言わば封印の管理者。正式には〝時守の巫女〟と呼ばれるお役目の、見習いです」
「……?」
「〝ウルティマ〟? 〝時守の巫女〟? なんだそりゃ?」
「………………」
ハスラーとタリアは揃って頭に疑問符を浮かべた。少しだけ話を聞いていたルーイは、この程度のことでは驚かない。
それよりも、こうしてきちんとクレハ自身のことを、自らの言葉で話してくれたことが嬉しかった。
意外だったのはカトレアが何の反応も見せず、ただ静かに成り行きを見守っていたことだ。
そういえばカトレアとクレハはルーイたちが出会う以前に二人で話をしているはずだった。
既にこの話を聞いていたのかもしれない。
などとルーイが見当違いのことを思考している間にクレハは一度カトレアに目を向ける。
その視線を受けたカトレアは一瞬だけ俯くものの、すぐさま視線をクレハに戻し一度頷いた。
それを見たクレハも頷き返し、そして口を開く。
今度は逆にルーイが一番驚いた。
「そして、そちらのカトレア様は先代の〝時守の巫女〟です」
「はぁ!?」
椅子から飛び上がり、隣に座るカトレアへと目を向けた。
対して当の本人、カトレアはどこかバツが悪そうな顔をしている。
「カトレア様は長い間お役目を担っていらっしゃいましたが、お年を召されましたのでプイスの封印を監視する役目を最後に、巫女の座を退かれました。そして〝時守の巫女〟の座を、今代へ引き継がれたのです」
その発言を受けて、ルーイが隣に座るカトレアに鋭い視線を向けた。
「……ってことは、ババア。最初から全部知ってやがったな……!」
「……黙っていてすまなんだ……まさか事態がこうまで悪い方向に進むとは、思うておらなんだのじゃ……」
〝時守の巫女〟などという大仰そうな役職を長年受け持っていたというのだから、カトレアにも複雑な事情があったのだろう。
いつもと真逆の、申し訳なさそう態度を見せられてしまってはルーイも何も言えなくなる。
ハスラーとタリアが何が何やらと混乱している表情を浮かべている間に、話を強引にカトレアから逸らすことにした。
「ったく、なら最初からもっと上手く……いや、いいや。クレハが只の学者じゃないってことは分かってたからな」
「学者というのは本当ですけどね。実際に王都では、表向きは考古学の研究もしておりますので」
「わーかったわかった。……それで、実際に〝封印の祠〟を見てどうだったんだ?」
「一刻を争う事態。とまでは言いませんが、悠長にしていられる時間は余りないでしょう」
「と言うと?」
「〝封印の祠〟には本来、かの〝ウルティマ〟の肉体の一部が封印されているはずでした」
「……話の流れからすればそうなるよな。けど」
「ルーイ様もご覧になられた通り、何も残っていませんでした。〝ウルティマ〟の肉体は五つに分断され、大陸の各所に封印されていますが、それでもその力は強大で滅することなど不可能です。恐らく何者かが何らかの理由で持ち出したのではないかと」
「おいおい、一体……だれ……が」
心当たりがありすぎた。
二人の脳裏に浮かぶのは、全身黒尽くめの衣装に身を包みリリー=ロル=ビターと名乗った三眼の少女。
現代では失われたとされる呪術を使う呪人の生き残りで、それ以外はよく分からない存在だ。
「あの気味の悪い三眼の」
「恐らく、ですが。彼女の素性も目的も不明ですが、あの時あの場に居合わせたことを考えると、少なくとも何らかの事情を知るか、関与しているはずです」
そう言えば。
「むしろ彼女は、貴方を知っていたような素振りを見せていましたが、貴方の方こそ心当たりは?」
「全くないな。というか、オレはこの島の外に知り合いなんていない」
「そうですか」
だが、これでようやくクレハがプイスに来た理由と単身でも強引に〝封印の祠〟へと向かわなければならなかった理由はハッキリとした。
ほんの少しだけ胸のもやもやが晴れたルーイだが、話題から完全に放置されている他の二人はそうはいかない。
特にハスラーは、ここまでの話を聞いても何一つ納得していなかった。




