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神様の後始末  作者: まるす


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第7話 「お初にお目にかかり恐悦至極に存じます、閣下」

 程なくしてルーイとタリアの二人は街の最奥にある領主ことババア――ではなく、おばば――もといカトレアの家に辿り着いた。


 この島の領主だが、豪勢な屋敷に住んでいるわけでも広い土地を持っているわけでもない。

 そこいらの家屋と比べれば確かに一回り程は大きいが、その程度だ。

 言われなければ、ここが領主の家だと誰にも分からないだろう。


 一応ある、申し訳程度にある小門を通り、二人は玄関へと向かう。


「さって、ババアの世迷言よまいごとでも聞いてやるとするかね」

「もう、お兄ちゃんって本当におばばに対して口が悪いね」

「オレとババアの関係だからな、遠慮も何も……おーい! ババア! 来てやったぞ!」


 ドンドンドン、とノックにしては激しくドアを叩く。

 いくら乱暴な口を聞いていたとしても、勝手にドアを開けて入ったりはしない。ルーイとてその辺りの分別はつけているのだ。

 

 ドアから少し離れて待つ。


 ………………。


 しかし、中からは返事がない。


「……まぁたババア、耳が遠くなりやがったな。おーい! バ「どっせい!」ふぎゃっ!」


 途端、勢い良く開け放たれたドアと壁に挟まれルーイがぺしゃんこになる。

 まるでハエ叩きで潰されたハエのようだった。


「ひっひっひ! どうじゃ!」

「もう、おばば! お兄ちゃん潰れちゃったじゃない!」

「ふん。ババアババアと喧しい鼻タレめ。これで少しは懲り「ふんぬ!」ぐぼし!」


 今度は逆に勢い良くドアが閉まった。

 扉の前に立っていた老人の鷲鼻を強かに叩き、室内で色んな物の落ちるくぐもった音が響いた。


「へっ、どうだ、ババア! お返しだ!」

「もう、お兄ちゃんもやめなよ! おばば、大丈夫ー?」


 したり顔のルーイをよそにタリアが慌てた様子で室内へ入る。

 

 構造こそ違うが、中はルーイの家と良く似ていた。

 簡素な木のタンスにベッド、後は大量の本棚にびっしりと詰められたハードカバーの魔導書や辞典。四人がけのダイニングテーブル。

 窓際には観葉植物が植えられた鉢が置かれていたが、今は領主とともにひっくり返り、中身がぶちまけられていた。

 ひっくり返った鉢を含めて、およそタリアが物心ついた頃から変わらない光景だった。


「あっ」

「? タリア、どうした?」


 タリアに遅れてルーイも室内に入る。

 目の前の光景はルーイにも馴染み深い光景だ。なにせ自分も数年前まで暮らしていた、実家とも呼べる場所なのだ。

 

 そこに見慣れない人物が椅子に腰掛け、湯呑みをもったまま固まっていた。


 どうやら客人がいたようで、さすがのルーイもやり過ぎたか、と頭を掻き反省の色を顔に浮かべる。


「……んっ?」


 だが、良く見れば客人には見覚えがあった。

 肩口で切られた深紅の髪に翡翠の瞳、外套がいとうを羽織った少女が椅子に座っている。


 そこに居たのは紛れもなく、昨日ガルムと鬼ごっこを繰り広げていた時に泉で遭遇した少女だった。

 少女は事態から取り残され一人ポツンと、翡翠の瞳を白黒させていた。


「あれ? どうして君がここに?」

「私は」

「まったく鼻タレめ……少しは老人を労らんかえ」


 部屋の奥からむくりとカトレアが、何事もなかったかのように起き上がる。

 パンパンとローブから埃を落とし、ひっくり返った鉢植を元に戻してから、ルーイたちの元へ歩み寄ってくる。

 ハッとしたように、真紅の髪の少女が椅子から立ち上がり、カトレアの元へ近づいて声を掛ける。


「カトレア様、お怪我は?」

「ありがとうの、クレハ。じゃが、心配はいらん。日常のコミュニケーションというやつじゃ」

「コミュニケーション……?」


 カトレアはピンピンとした様子で椅子に腰掛けた。

 少女が理解出来ない、と顔に疑問符を浮かべながらも席へ戻る。


 客人がいる前で微妙な空気になるのは避けたい。

 と、そこまで考えたかは定かではないが、敢えてルーイは自分から話を振った。

 

「それで? 何のようだ、ババア。こちとら暇じゃねぇんだが」

「まったく、ひとっつも口が減らん奴じゃの。暇じゃねぇ、とかカッコつけておるが、どうせさっきまで寝ておったのじゃろ」

「んぐっ……!」


 完全に図星を突かれルーイは苦虫を噛み潰したような顔を浮かべた。

 

「おばばもお兄ちゃんもそれくらいにして。えっと、クレハさん? が困ってるじゃない」

「いえ、お気になさらず」


 腕を組んでさも不満げなルーイ。

 一言返してやったとしたり顔のカトレア。

 そして、二人をなだめつつクレハというらしい少女に気を回すタリア。


 クレハを除く三人からすれば日常の中のありふれた一コマだった。いつもルーイとカトレアがじゃれて、それをタリアが嗜める。

 その後、なんやかんや言いながらもルーイとカトレアは一緒に食事をし、日によってはタリアもそこに加わる。

 食事が終わって雑談を挟んだ後は、早く寝ろだの風邪引くなよだの、お互いに素直じゃないやり取りを微笑ましく終えてから二人は帰路に就くのだ。


 数日に一度はあるやり取り。

 なんだかんだでルーイはカトレアに顔を見せに来るし、カトレアも文句を言いながらもちゃんと食事の用意をしている。


 この親にしてこの子あり、といったところか。


「えーっと、おばば。こちらの方は?」


 座っている少女に気を回したタリアがカトレアに訪ねた。


「そうじゃの。クレハ、まずは二人に自己紹介を」

「はい」


 椅子から優雅に立ち上がり、会釈を交えながら真紅の髪の少女が翡翠の瞳を二人へ向けた。


「カルミア様、デーリア様、お初にお目にかかります。私はクレハ=オリヴィア。王都マルスで学者の端くれをしております。本日は理由(わけ)あって、このプイスに参りました」

「王都の学者さん!? すごい!」


 タリアが感動した様子を見せた。


 島から外に出たことがないタリアにとって、話や写真でしか知らない王都マルスや大陸ダーナは情景の対象だった。

 もちろんタリアはプイスが大好きでここにずっと居たい、暮らしていたいと思っているがそれはそれ。

 年頃の少女が都会に憧れるのは至極当然のことだった。

 (たちま)ちうっとりとした様子で、クレハに羨望(せんぼう)の眼差しを向けて口を開く。


「どうして学者さんになろうと思ったの? 何の研究してるの? すごいねー! あ、あたしはタリア=デーリア! って、もうおばばから聞いてるんだよね。家が観光ギルドの支部でそこの手伝いをしてるの! あれ? けど、昨日の便では見掛けなかったけどなぁ……まぁ、全員のお客さんの顔と名前まで覚えられないよね! けど、こんな美人さんを見逃すなんてあたしもまだまだだなぁ、反省反省っと。それでそれでどうしてプイスまで来てくれたの? 理由(わけ)あってってのは観光? それとも郷土料理? あ、けど学者さんっていうからには何かの調査なのかな? あたし王都どころか大陸にすら行ったことないから凄く憧れてるんだぁ……王都ってヤッパリ広いの? マールス陛下を拝見したことはある? すっごい優しくて良い国王様だって聞いてるんだけど、実際はどうなの? あと、今王都で流行ってるっていうクレープっていうの食べたことある? 甘くてとろけちゃうような美味しさだって聞いてて、食べてみたいんだぁ……それでね」

「あ、いや、え、っと、あの、わた、しは」

「タリア、その辺にしといてやれ」


 前のめりで栗色の瞳を爛々と輝かせながら(まく)し立てるタリア。

 クレハは矢継ぎ早にあれやこれやと尋ねられ困惑しており、さすがに見かねたルーイが止めに入った。


 唯一と言ってもいいタリアの悪い癖だった。自分が興味のあるものに対して遠慮が全くない。

 それ自体は悪くもないのだが、良くも悪くも遠慮のないやり取りで客人を困らせることは往々(おうおう)にしてあった。


「オリヴィアさんが困ってるだろ、少しは落ち着け」

「あっ! ……すみません、オリヴィアさん」

「いえ」


 すん、っと姿勢を正すクレハ。育ちが良いのだろう、背筋をピンっと伸ばし居住まいを正す姿は自然体そのものだったし、意思の強そうな翡翠の瞳は真っ直ぐ二人へ向けられている。


「ところで」


 仕切り直し、とばかりに今度はルーイが声を掛けた。


「オレたち、昨日〝魔女の庭〟で会っ「人違いです」て……へっ?」


 食い気味に(さえぎ)られ、ルーイは面食らった。

 クレハは居住まいを変えずに続ける。視線は二人を映していたものから、ルーイ一人へと向けられた。


「はじめまして、カルミア様」

「……いや、昨日泉で「()()()()()()()()()()()()」あっ、はい」


 良く分からない圧に負ける。

 だが、こういう時に藪を突いて出てくるのは蛇どころか虎でも竜でもあることくらい、年頃の妹をもつルーイとて心得ている。


(昨日……)

 

 ルーイの脳裏を過るのは昨日の泉での出来事だ。

 いや、正確には泉に落ちてからの出来事。もう少し細かく言うのであれば、水面から顔を上げてからの景色だ。

 

 処女雪ですら嫉妬するであろう白く瑞々しい肌。滑らかな素足、くびれた腰、慎ましやかな双丘を隠す右手は勿論、殺意の波動を放つ左手すら綺麗だと思えた。

 深紅の髪から滴り落ちる水滴と紅潮した頬。そして、(色んな意味で)意思の強そうな翡翠の瞳。

 いくら溺れかけ、パニックに陥ろうが、男子たる本能は昨日の光景を鮮明に脳に焼き付けていた。

 何よりルーイの手に数度触れた柔らかな感触。あれは恐らく――。


 不意にルーイの視線がクレハのむ「なにか?」


 刹那、と表現することすら置き去りにする神速で、クレハが右手に漆黒の大鎌を召喚。


 漆黒の大鎌はクレハの身の丈を悠に越えるほどに巨大で、とても目の前の少女が振り回せるような代物には見えなかった。

 鎌の刃と石突は漆黒の鉱石で出来ており、柄は何かの木で出来ているようだ。口金には灰を固めて糸にし、編み込まれたような飾り糸が二本ひらひらと揺れている。

 年代物なのか全体的にくすんでいるようにも見えるが、刃先は丁寧に砥がれているようだし、汚れているような印象は全く受けない。

 

 その切っ先がルーイの()()()()()()()()に当てられる。

 自身の身長以上の長物を腕力と手首の返しのみで寸分違わず当ててくる様子から、この少女が只者ではないことは明らかだった。

 

 大鎌の刃先が窓から入る陽の光を浴び、妖艶な輝きを放つ。


「これはアダマスの大鎌。神話の時代、農耕の神とも時の女神とも言い伝えられるクロノスが大地母神ガイアに命じられ、父であり天空神でもあったウラヌスを()()()()、という伝説を持ちますが……」


 つつっ、と刃先がルーイの股間を一撫でする。

 ルーイは冷や汗とも脂汗とも知らない汗が全身から噴き出るのを感じた。当然内股だ。一歩でも動けば――。


「さて、()()()()()()()()()()()()

「お初にお目にかかり恐悦至極に存じます、閣下」


 三度目のはじめましてを受け、ルーイは最敬礼した。

 無論、上半身のみで下半身は一ミリたりとも動かしていない。否、動かせない。

 クレハは置き土産とばかりに、切っ先でルーイの股間をもう一度やさしく妖艶に撫でてから、大鎌を異空間に収納した。


 一連のやり取りを見ていたカトレアは相変わらずニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべ、一方タリアは先ほどまでの饒舌(じょうぜつ)さはどこへやら。

 両手を口に当て何やら顔を赤らめていた。

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