第66話 「あたしのお兄ちゃん」
そのままクレハを強引に仮眠室へと連れ込んで、寝台に座らせる。
その隣に腰掛け、クレハの両手を包み込むように握った。
タリアの顔には汗が光っていて呼吸も乱れている。恐らく自分が眠っている間も、少女は混乱する住民や観光客を相手に奔走していたのだろう。
そこから推し量れる、やはり一刻を争う事態に陥っているという事実。
クレハは焦る気持ちを隠しもせず詰め寄った。
「タリア様! お願いですから、私の話を聞いて「聞かない!!」タリア様……」
鬼も逃げ出すのではなかろうかという剣幕のタリアにクレハですら鼻白む。
「クレハさんが自分を大切にしない間は、絶対に話を聞かないよ」
「タリア様、話を聞いてください。私は「クレハさんが聞きたいことは分かる。そして、あたしはクレハさんが求めてる答えも知ってる」
「では「ダメ!!」
タリアは両手に力を込める。
非力な少女の力強い手には熱がこもっている。
まるでわがままを言う娘に言い聞かせる母親のようなやり取りだ。
「……タリア様」
「そんな顔をしたクレハさんに、お兄ちゃんが今どこで何をしているかなんて教えられない」
「私は「落ち着いて」
言葉に言葉を重ねる。
言いたいことが何一つ言わせてもらえず、クレハは押し黙るしかなかった。
「今のクレハさん、凄い顔してるよ。焦ってるのも分かるし、お兄ちゃんの為にそこまで必死になってくれるのは凄く嬉しい」
「………………」
「だけど、だからこそ教えられない。今の『自分はどうなってもいいからお兄ちゃんを助けようとしている』クレハさんには何も教えてあげられない」
「………………」
「そんなクレハさんに何かを教えれば、お兄ちゃんは絶対あたしを許してくれない。帰って来るのが一人だけなんて、あたしだって嫌だもん……」
「………………」
「……だけど『二人で必ず帰ってくる』って約束してくれるなら……お兄ちゃんと二人で一緒に、またここに帰って来るって約束してくれるなら」
タリアの目尻に光るものがあった。
そして、クレハは気付いた。
目の前の母親のようにも見える少女は、ずっと血の繋がらない兄を、ルーイを本当に心配しているのだと。
戦う術を持たない少女は、己が今皆のために出来ることを精一杯やるしかない。
街のため、住民や観光客のために奔走するしかなかった。
しかし、その心には常に血の繋がらない兄の、ルーイへの心配を胸に持ち続けている。
「お願い、クレハさん。お兄ちゃんを助けて……!」
決壊したダムの水のように、勢いよくタリアの目から涙がこぼれ落ちた。
そのままクレハの胸に顔を埋め、嗚咽を漏らす。
「……はい」
温かさに包まれていた両手を解き、タリアの頭を包み込むように抱いた。
抱いているのはクレハの方だが、何故だかクレハも、誰かの腕に抱かれているかのような温かさを感じる。
お互いの温かい気持ちに触れて合っていた少女二人は、やがてどちらからともなく離れ、顔を見合わせる。
タリアの目にはもう涙はなく。
クレハの顔にも間違った覚悟はなかった。
「約束します。必ず二人でここに帰ってくることを」
「うん!」
「……予定していた船便には乗れそうもないので一泊……いえ、もう何日か滞在したいと思います」
「ホントに!?」
「えぇ。――この街のことをもっと知りたくなりました。だからルーイ様と二人で帰ってきたら――また街を案内してくれますか?」
「勿論だよ! お兄ちゃんと三人で遊ぼう!」
「そうですね。それも良いかもしれません」
「うん! ……あっ、だけどこれだけは言っておくね」
そこでタリアは腰掛けていた寝台から立ち上がり、クレハの正面に立った。
クレハは何事かときょとんとした表情を浮かべる。
正面に立ったタリアは左手を腰にあて、右手でクレハを指差し堂々と宣言した。
「あたしのお兄ちゃんだから! それだけは譲れないし、勘違いしちゃダメだよ!」




