第65話 「仮眠室借ります!」
クレハは空が白み始めた中、プイスの街を歩いていた。
先ほどまで聞こえていた喧騒は息を潜め、辺りは静まり返っている。
寝静まっているわけではないだろうことは、辺りを漂う不穏な空気から察せられた。
皆何かに不安を抱えながら家に閉じ籠もっているのだ。
往来を駆け回るのは、観光ギルドの職員と思しきくたびれたスーツを着た者たちだけ。
その内の一人、ちょうど目の前を通り掛かった女性を捕まえ問う。
「そこの方。尋ねたいことがあるのですが」
「はい?……ひっ!? あ、貴方街中で何を」
「申し訳ございません。手近に杖代わりになるものがなかったもので。それよりルーイ様かカトレア様、もしくはタリア様を見掛けませんでしたか?」
「? ルーイは知らないけど、カトレア様なら街壁の結界再構築に出られてる。あと、タリアちゃんは港の方で観光客の方々の避難誘導にあたってるはずだけど、そもそ「そうですか。ありがとうございます」
ギルド職員がまだ何か言いたそうにしていたのを無視し、クレハは港の方に足を向けた。
女性職員は怪訝な顔をしていたが、状況を考え、すぐに自分の仕事に戻っていった。
大鎌を杖代わりに歩く少女の姿に、往来を走り回るギルド職員たちは皆訝しんだ視線を向けてくるが、足を止める者は誰もいない。
皆それどころではないのだ。
一人、鈍重な歩みを続けていると港に辿り着いた。
埠頭に船舶は一隻もなかったが、少し離れた沖に三隻停泊しているのが見える。
そして目当ての人物は、埠頭から外れた管理施設の前で見付けた。
職員と何やら話し込んでいるようだが、気にせず呼び掛けた。
「タリア様!」
「……クレハさん!?」
タリアはクレハに気付くと職員たちの輪から外れ、慌ててやって来た。
「何してるの!? まだ寝てないと駄目でしょ!」
「大丈夫です」
「そんなわけないでしょ! 魔素枯渇症だって、おばばが」
「それより今どういう状況なのかお聞かせくだ「それよりもどれよりもない!」
「あっ! ちょっと」
タリアは強引に腕を掴み、半ば引き摺るようにクレハと管理施設の中へと踏み込んだ。
勢いよく開いた扉に、中で作業していた職員たちが何事かと目を向けてくる。
「仮眠室借ります!」「えっ、あ」
「ちょっ、タリア様!」
職員たちの声を曖昧に聞き流し、奥の仮眠室へと足早に向かう。
普段のタリアなら絶対に取らない無礼な態度だったが、それだけ彼女が切羽詰まった状況なのだと悟った職員たちは皆何も言わず道を開けた。




