第64話 孤立無援
「はぁはぁ……」
ガルムの群れを退け、ルーイは島の北側。
最後の設置場所に辿り着き、
――絶望した。
「なん、っで、最後の場所にいんのが、お前らなんだよ……」
膝をつくルーイの目の前には魔獣の群れがあった。
魔獣ラーテル。
四足歩行の図体は、ガルムを二回り小さくした程度だ。
その見た目は獺や鼬に似ている。
凶暴な見た目のガルムやアウルベア、見るからに嫌悪感を抱く魔蟲どもに比べれば、愛くるしいとすら言える見た目だろう。
だが、そのどれより獰猛で残虐的。
雑食性で木の根や果物、豚や鹿といった野獣から大陸人に樹人、獣人の肉も食べる。
そして魔獣や魔蟲といった同類の魔物、果ては同族の共喰いまでする究極の悪食。
それもかなりの大食漢だ。
鋭い牙や爪も脅威だが、最大の特徴はその皮膚にあり、分厚く硬いゴムと似た性質を持っている。
非常に優れた伸縮性を併せ持ち、並大抵のナイフや剣では刃が通らない。かといって棍棒やハンマーといった打撃は衝撃が吸収されてしまう。
説明だけを聞けばデビルゴート以上に厄介な魔物にも聞こえるだろうが、明確な対応策がある。
ゴムのような皮膚は炎熱系魔術で容易に溶けるのだ。他にも氷結系魔術で凍らせれば脆くなり、斬撃も打撃も簡単に通るようになる。
逆に雷鳴系魔術とはすこぶる相性が悪い。
ゴムのような皮膚は絶縁体と代わりない性質を持ち、雷鳴系魔術にほとんど無敵の耐性を持つからだ。
そして属性魔術は雷鳴系しか使えず、無属性の攻性魔術を得意としないルーイにとっては、相性最悪の天敵。
普段なら遭遇すれば真っ先に逃げるか、やり過ごす相手だった。
――それが目の前に数十頭はいる。
「最後の設置場所は目の前なのに……」
ラーテルの群れの中心。
そこにあるのは焼け焦げた注連縄が巻かれた巨大な岩だ。
そここそ最後の設置場所。
手持ちの結界石は残り一つ。
符が貼られていた半分の間隔で設置し続けてきたので予備などないし、転移魔術が使えないルーイには補充に戻るという選択肢も取れない。
結界の効果範囲、今後も継続する魔素の込め直し作業の効率を考えても、あの岩に設置する以外の選択肢はなかった。
「……待つか」
ルーイは待ちの判断を取った。
余り時間を掛けたくはなかったが、いま自分がここで倒れて結界が張れなくなるほうが不味い。
木陰に身を潜め、ラーテルの群れが移動するのをじっと待つ。
同時に少しでも体力と魔素の回復に努める。
暫くすると一頭のラーテルが動き出した。
他の個体よりも体躯が大きく、頭には鶏冠のような、モヒカンのような体毛がある。あからさまな見た目の通り、群れのボスだろう。
そいつが動き出したことで群れ全体が移動を始めた。
(よし……!)
もう少しの辛抱だ。
後は群れが完全に離れた隙にあの岩に最後の……結界石……を……。
「! ちょっと待て! そっちは!?」
ルーイは慌て背嚢から羅針盤を取り出す。
いくら歩き慣れた森の中だろうと羅針盤は逐一確認しないと簡単に迷う。
何事にも言えることだが、総じて慢心した者から死んでいくものだ。
震える手でラーテルの群れが移動していく方角と羅針盤を照らし合わせる。
針は真っ直ぐ下を指していた。
「ふざけんな……」
羅針盤を壊さんばかりの力で握りしめる。
ラーテルの群れが移動した方角は南。
その先にあるのは――。
「ふざけんなぁ!」
木陰から飛び出し、槍を持ったまま全力で駆けた。
放たれた矢のように真っ直ぐ岩に向かう。疾い。満身創痍とは思えない程の速度で、瞬く間に件の岩に辿り着く。
ゴツゴツとした岩の凹凸を掴み、無我夢中で這い登る。程なくして岩の天辺に辿り着くと結界石を設置。
怒鳴りながら早口で魔術を唱える。
「〝魔を阻む結界よ、邪を拒む障壁よ〟!」
最後尾にいたラーテルがその声に気付き振り向いた。
愛くるしい見た目から発せられるキュウキュウとした可愛い鳴き声が、今は地獄へ続く門が開く音にしか聞こえない。
「〝その隔てを堅牢に、そして堅固になせ〟!」
鳴き声が伝播していく。
「〝我望むは安寧と安泰、我が力の及ぶ限り、その役割を果たせ〟!」
伝播した鳴き声が遂にボスラーテルまで届いた。
振り向いたボスラーテルは獲物を見据え、口角を吊り上げる。
「〝七里の囲い〟!」
最後の魔素を振り絞り結界が完成する。
これで外の魔物たちは、こちら側には入ってこれない。
後はこちら側にいるラーテルの群れを掃討すればいいだけだ。
「クソッタレが! かかってこい、このイタチ野郎が!」
あえて大声で怒鳴り、槍を大きく振り回してラーテルを挑発する。
一頭たりとも街の方へ向かわせるわけにはいかなかった。
たった今ルーイの魔素は枯れた。
マナ欠乏症に陥った身体を動かしているのは、なけなしの体力と無尽蔵の気力だけだ。
――やってやる!
岩から飛び降りる。
みるみる内にラーテルの群れが濁流と化してこちらに向かってきた。
孤立無援の闘いがいま幕を上げた。




