第55話 いま出来る最善
「タ、タリアちゃん! 寒くない!? 俺っちの上着貸すぜ!?」
「大丈夫だよ、ハスラー。ありがとう」
「そ、そうか」
「おい、ハスラー。余計なことすんな」
「何が余計なことだ! か弱いタリアちゃんを気遣ってるだけじゃねぇか! 大体てめぇはいつもいつもタリアちゃんを独り占めして! 羨ましいんだよ!」
「誰がだよ! お前の目は節穴か?! 適当なこと言ってるとはっ倒すぞ!」
「はん! 負け越してるてめぇがよく言うぜ」
「誰が負け越してるって! 上等だ! 今日こそその鼻っ面へし折ってやる」
「二人とも今は喧嘩してる場合じゃないんでしょ!」
「だ、だってタリアちゃん! こいつが」
「へっ、怒られてやんの」
「こ、この!」
「やかましい! 眠っとる娘もおるんじゃ! 静かにせんか!」
ルーイがカトレアの家を出て少し経つ。
寝ていたハスラーを叩き起こし(物理)、タリアに優しく声を掛けたルーイは、事態を簡潔に説明し急いでカトレアの家に戻った。
現在四人はテーブルを囲み、カトレアの淹れてくれた緑茶を飲みながら、今後の方針について話し合いの場についていた。
「して、ハスラーよ。結界はどうじゃった」
「……ルーイの言う通り、俺っちが見てきた範囲では符が焼き切れていた。全部を見て廻ったわけじゃないが、恐らくほぼ全滅と見ていいだろ。それから、街壁の符は全て見て廻ったが全滅だった。一体何がどうなったら、一瞬で島全体の符が焼き切れるってんだよ」
「そうかえ……ということは、やはり遅かれ早かれ魔物たちが襲い掛かってくる可能性は否定出来ん、というわけじゃな」
「そうだな。全く余計なことをしてくれたもんだ」
「……すまん……」
「普段からそれぐらい謙虚で「ハスラー」う、うん。そうだな。今はそこじゃないな、タリアちゃん」
ルーイから事情を聞いたハスラーは、一足先に街を出て結界の状態を確認していた。
その結果は残念ながら、リリーという謎の少女の言葉通りだったという。
結界の要たる符は焼き切れ、残り滓が揺蕩うだけだった。
プイス島の三分の一を覆う結界全てを見てきたわけではないが、最悪を想定しておいた方がいいだろう。
「となれば、儂らのやることは二つじゃ」
カトレアが指を二本立てる。
ルーイ、ハスラー、タリアがそれぞれ視線を向けた。
「まず第一に結界の再構築じゃ。島全ての魔物の掃討など不可能じゃからの。新たに結界を張り直すしかあるまい」
「だけど、新たな結界と言っても具体的にはどうするんだよ。例の符は昔、符術師様が貼ってくれたものだ。予備なんてあるはずがないし、並大抵の符じゃ一時しのぎにしかならない。そもそも俺っちたちの中に符術を扱える魔術師はいないし」
「あれを使う」
そう言ってカトレアは奥にある戸棚から麻袋を取り出した。
そして、テーブルの上にころんと鈍色の石ころを一つ転がした。
ハスラーが手に取り眺める。綺麗に磨かれ成形されているが光沢はなく大きさの割に重い。
本当にただの石ころのように見えるが、当然そんなわけはない。
「これは……魔石?」
「これは結界石。プイスで採れる魔鉱石の一種で不測の事態に備えた、要するに符の代替品じゃ。この島で採れる魔鉱石は、そこいらに転がる魔鉱石とは純度も硬度も、効果も比べ物にならん。この結界石で構築された結界ならば、符で構築されていたものと遜色なかろう」
「なるほどな」
「とは言うても、やはり見劣りする面もある」
「と言うと?」
「燃費が悪いのじゃ。具体的なことは実際試してみるまで儂にも分からんが、魔素を込める周期を、今までの半分くらいにはせねばならんじゃろうな」
「なんだよ、それくらいなら大した問題じゃないな」
「うむ。この件が片付いたら、陛下に新たな符術師の派遣も要請するつもりじゃが、いつになるかも分からん。それまではお主らには負担をかけることになろう」
「構わねぇ。俺っちだってこの島の住民だ。街の皆のためなら、この身の犠牲も厭わないさ」
「なら、あと一つだね」
皆、の部分でタリアに目線を向けていたハスラーを華麗にスルーして、タリアが口を開く。
ハスラーはさめざめと泣いていたが、タリアの目には映っていない。
カトレアもいつものことなので無視して話を進める。
「もう一つは結界を再構築する間、魔物たちを掃討する作業じゃ」
例のリリーと名乗った謎の少女は魔物たちが恐慌状態に陥り、いずれは街にも襲い掛かるだろう、と言っていた。
もし本当にそうなれば、始まるのは一方的な虐殺だ。
プイスの中にも自警団や討伐ギルドは存在するが、圧倒的に戦力が足りない。プイスの大半の住民たちは、戦う術を持たない一般市民なのだ。
「魔物たちがいつ街まで来るかは分からぬが、残された時間は多くなないじゃろう。まずは各々の役割を決める」
カトレアはそう言って順に役割を与えていく。
「ハスラーはまず自警団、討伐ギルドにこのことを知らせるのじゃ。その後、戦力になりそうな者たちを片っ端からかき集め、街壁を囲むように待機。襲ってくる魔物たちを掃討するのじゃ」
「分かった、婆さん」
「タリアは観光ギルドに連絡。出せるなら早急に船を出し、観光客を一時船に乗せ沖まで避難させるのじゃ。街の住民たちには、落ち着いて待機するように伝えておくれ」
「分かったよ、おばば」
そして最後に、先ほどから黙りこくって俯いたままのルーイに目を向けた。
「ルーイには結界石を各所に設置する役目を担ってもらう。今となっては、いつどこで魔物に囲まれるかも分からん一番危険な役目じゃ。――やってくれるな?」
「ちょっと待てよ、婆さん! そんな危険な役をルーイ一人に任せるのは、流石の俺っちでも反対だ」
「そ、そうだよ、おばば。さすがにお兄ちゃん一人に任せるのはちょっと……」
「じゃが戦力をこれ以上街壁から離すわけにはいかん。結界の再構築は急がねばならんが、その隙を魔物たちが襲い掛かってこん保証はどこにもないのじゃ。何より優先すべきは街を守ることじゃからの」
「だけど……」
二人が納得のいかない表情を浮かべる中、黙ったままだったルーイがようやく顔を上げ、口を開いた。
「それでいい。この事態を招いたのはオレが原因なんだ。一番危険な役目を受けることに異論はない」
「馬鹿か、てめぇは! 過信すんのも大概にしろ! いつものように魔物たちをやり過ごし、こそこそ逃げ回るようなやり方は通用しないんだぞ! 今の奴等の行動範囲は島全土だ! いつどこでどんな魔物が襲い掛かってきても、不思議じゃない状況なんだぞ!」
席を立ちルーイの胸ぐらを掴み激昂するハスラー。
その剣幕の凄みを、しかしルーイは平然と受け流して答える。
「一番やばかった主……デビルゴートはオレとクレハで仕留めてる。残りは小物が大半だ。ラーテルにさえ出会さなければ、何とでもなる」
「分かってねぇ! 小物だろうがなんだろうが、物量で押し切られるのがオチだって言ってんだ! この島に魔物が一体何体いると思ってる!? それを撃退しながら一人で結界石を設置して廻るだと!?」
「けど、そうするしかねぇだろ!」
今度はルーイもハスラーの胸ぐらを掴む。
普段の喧嘩の延長といった生易しいものではない。真剣な眼差しで互いを睨み合う。
「いま出来る最善がそれだ! ババアも言ってたろ! 残された時間がどれだけかも分からないんだぞ! こうして話してる間にも、結界石の一つでも設置してる方が建設的だ!」
「そんなことは分かっている! だが、危険過ぎる! 婆さん、俺っちも結界石の設置に廻る!」
「ならん」
「何故だ!? 街壁の守りなら」
「自警団や討伐ギルドの人員がどれだけ確保出来るかも分からんのじゃ。お主は街を危険に晒すつもりか」
「くっ……!」
「先ほども言うたが、最優先は街を守ることじゃ。街の主力二人を、結界石の設置には廻せん」
「………………」
「ハスラーよ、分かってくれ」
カトレアの言葉に、ハスラーは掴んでいた胸ぐらを力なく放した。
理性ではそれが最善だと最初から理解していたのだろうが、どうしたって感情が納得出来なかった。
「……死んだら許さねぇぞ」
「へっ……お前がタリアにちょっかいを出してる内はくたばるかよ」
「お兄ちゃん……」
「タリア、分かってくれ。時間がない。早速取り掛かろう」
納得出来ない二人を他所にルーイは結界石を受取り、用意していた背嚢にしまっていく。
その後、まるで街から逃げるように足早にカトレアの家を出て行った。




