第54話 ただの一度の失敗
「まったく……ようやく帰って来たかと思うたら、なんちゅうざまじゃ」
「うるせぇ」
「しかし、お主も知らん間に男になったようじゃな。まさかお姫様抱っことはの。儂もあと五〇年若ければ「マジでうるせぇ! 仕方ないだろ!」
「おぅおぅ、照れとる照れとる。別におんぶでも良かったじゃろうに」
「うるせぇうるせぇうるせぇ!」
「じゃが……二人とも無事なようで何よりじゃ」
「………………」
ルーイがクレハを抱えて全力で駆け抜け、カトレアの家に着いたのは先刻。
扉を激しく叩く音に文字通り叩き起こされたカトレアは、二人の様子を見た途端、事態を把握。
寝台にクレハを寝かせると治癒魔術を施し、秘蔵の霊薬という謎の液体(刺激臭が凄い。あと、ぽこぽこと泡立っている)をクレハの口に含ませた。
瞬間、クレハは目を見開き苦虫を口いっぱい噛み潰したような顔になって涙まで零していたが、今は落ち着いたようでぐっすり眠っている。
「一晩安静にしていれば大丈夫じゃ」
「そりゃ良かった。……ありがとうな、ババア」
「感謝の気持ちを現すには、不適切な言葉も交じっとるの」
カトレアはそう言って、ルーイに暖かい緑茶を出す。
椅子に座り様子を見ていたルーイは、金色がかった緑色の茶を一口含む。
相変わらず苦いが、その後広がるほのかな甘さに心が落ち着くのを感じる。
一息ついた後でカトレアは、ルーイの対面に腰を下ろし、自身も緑茶を一口すすってから口を開いた。
「さて。〝封印の祠〟で何があったのか聞かせてもらおうかの」
「………………」
「お主が見たもの、聞いたもの、感じたもの。それをそのまま伝えてくれれば構わん」
「………………」
「何があったのじゃ」
――ルーイは口を開く。
最初は順調だった。
クレハの身体能力、特に高い戦闘力には目を見張るものがありルーイの家を経由してすぐ〝魔女の庭〟へと向かった。
道中出会した魔物たちとの戦闘でも、何ら不安要素はなかった。
だが、その後〝魔女の庭〟で霧が原因で、はぐれてしまったこと。
すぐに合流出来たが、夜も更けていたので一晩同じ焚き火を囲んで休んだこと。
湖で休息を挟んだこと。岩壁をよじ登った後で、何故か自分が火達磨にされてしまったこと。
〝魔女の庭〟の主たるデビルゴートと遭遇してしまい、クレハと二人、上手くやり過ごせたこと。
〝封印の祠〟で鍾乳洞の壮大さ、雄大さに何度見ても感銘を受けたこと。
「それから……」
「それから?」
――分かっている。
今まで語った内容は、全てこれから先に話さなければならないことの先延ばしだった。
これから話すことが――。
「……っ!」
「……お主に自覚はないかもしれんが、儂らプイスの民はお主とハスラーには日頃から助けられておる。結界の見廻りも魔物の掃討も献身的によくやってくれておるのじゃ、何か一つ失敗したとて責めるようなことはせん。じゃが、儂にはプイスの領主としての務めもある。プイスを平和に治め、定められた税を王国に納める義務じゃ。その中には当然起きた出来事を嘘偽りなく報告することも含まれる。じゃから、そのままお主の言葉を伝えてくれ」
「――っ!」
――ルーイは今度こそ全てを語る。
普段は魔物のいないはずの〝封印の祠〟で、デビルゴートに襲われたこと。
その強さが尋常ではなく、クレハが負傷してしまったこと。
そして、クレハを助けるために已む無く、〝封印の祠〟の前に、深々と突き刺さっていた謎の槍を引き抜き、そして恐らくとても重要であろう魔術方陣を壊してしまったこと。
祠の中には御神体どころか何もなかったこと。
その後、外に出てみれば霧が晴れ、異臭がなくなっていたこと。
急いでプイスに戻ろうとするも、リリーと名乗る謎の三眼の少女に出会い、どういうわけか結界が消し飛んでしまったと聞いたこと。
更には、恐慌状態に陥った魔物たちが、いずれは街にまで牙を剥くであろうこと。
そして、ここまで転移で飛ばしてもらったこと。
ルーイは事の顛末をありのまま、包み隠さず全て自分の口から出る言葉でカトレアに伝えた。
「……あの槍を引き抜いたのはオレだ。クレハは関係ない。オレが無力だったから、引き抜かざるを得なかった。クレハを助ける為、なんて言い訳はしない! その結果、よく分からない魔術方陣が砕け散った。結界が消し飛んだのは多分それが原因だ! だから、悪いのはオレでクレハは悪くない!」
「何も言うとらんじゃろ」
「そもそもあの魔術方陣はなんだったんだ!? あの槍はなんだ!? ババアなら何か知ってるんじゃねぇのか? 祠の中には御神体とやらは何もなかった! なぁ、教えてくれよ! オレは……とんでもないことをやらかしたんじゃないのか?」
「落ち着け。騒いだところで何も元には戻らんのじゃ」
「……悪い……」
「とにかく、じゃ」
カトレアはぬるくなった緑茶をすすってから、まず目先の問題を提示した。
「まず考えなければならんのは、魔物たちが街に襲い掛かってくる、ということじゃ。それ以外は後でよい」
「あ、あぁ……そうだな」
「ハスラーとタリアを呼んできておくれ。ハスラーには結界の確認に行ってもらう。タリアには住民や観光客たちの避難誘導を任せたい」
「分かった」
「その後のことは皆が揃ってから話そう。万が一、本当に結界が消え去っているようならば、ギルドや自警団の連中にも協力を要請せねばならん」
「あぁ……」
「ルーイ、気負うでない。先にも言ったが、儂らはお主には感謝こそすれ、ただの一度の失敗を責めたりはせん」
「……」
ルーイはカトレアから逃げるように、ハスラーとタリアの家に向かって出て行った。
「……さて」
カトレアは普段から使っている杖で床を軽く叩く。
いくつもの木がまるで蛇のように絡み合い、捻くれ、編み込まれたような杖だった。
持ち手の先端、蛇が咥えるように緑色の大きな宝玉が埋め込まれている。
「………………」
眼光鋭くカトレアは窓の外を見やる。
雲一つない晴天の夜空。
北極星がいつもより輝いて見える。風も凪いでおり、ルーイからの知らせがなければ、カトレアとて静かに朝まで眠り続けていただろう。
それが今や――。
「ままならんものじゃの……」
カトレアは深く嘆息すると、これから来るハスラーとタリアのために湯を沸かし始めた。




