第53話 あたたかい
プイスの南門、街唯一の出入り口の前に漆黒の呪術方陣が展開される。
そこへ天から闇の支柱が降りてくる。支柱は呪術方陣に到達したかと思えば儚く消え去り、そこに二人の男女の姿があった。
ルーイとクレハだ。
「……どうやらちゃんと飛ばしてくれたようだな」
ほっと安堵の息を吐く。
これでどこぞの知らない土地にでも飛ばされていれば、本当に目も当てられなかった。
と、クレハが力なく倒れそうになるのをルーイが隣で支える。
「クレハ!」
「大丈夫です……」
どう見ても大丈夫ではない。
深刻な魔素枯渇状態。一刻も早く休ませるのは当然で、適切な治療を施す必要があった。
そして、島でそのような高位の治癒魔術と医療知識を併せ持つのは一人しかいない。
「すぐにババアに診てもらおう。おーい! オレだ、ルーイだ! 開けてくれ!」
潜り戸を激しく叩く。
月が天高く昇ってから随分と経っている。こんな夜更けに非常識だ、などといったことを考える余裕はこれっぽっちもなかった。
ほどなくして当直の見張り番がやって来て、戸越に不機嫌さを隠しもしない声を掛けてきた。
「うっせぇな。こんな夜更けになんだよ……」
「オレだ! ルーイだ!」
「! ル、ルーイ!? こんな時間にどうしたんだよ!?」
慌てふためく見張り番の男。
そのやり取りすら今のルーイには苛立たしく感じられた。
普段は絶対に住民へは向けない怒鳴り声を上げる。
「急病なんだ! 早くババアのとこに連れてってやりたい!」
「わ、分かった!」
潜り戸から見張り番が慌てた様子で姿を現す。
事情を説明してほしそうな見張り番の男に雑に礼を述べ、ルーイたちは押し退けるように街に入る。
夜も更け、明かりはまばら。
往来を歩く者は少なく、酒場から賑やかな声が遠く聞こえる以外は静かなものだった。
いつもの街の様子と変わりない。
ルーイはそのことに何より安堵した。
――それなら、いま自分がすべきことは。
「クレハ、もう少しの辛抱だ。ババアに診てもらえば何とでもなる」
「お手数をお掛けします……」
クレハに肩を貸しゆっくり進む。
足取りも覚束ないクレハに、ルーイは肩を貸し引きずるように歩いていたが、やがて強引な手段に出る。
「悪い、クレハ。急ぐぞ」
「え? あっ……!」
ルーイは強引にクレハを横抱きに抱いた。
所謂お姫様抱っこというやつだ。
「文句は後で聞く。今は一刻も早くババアのとこに向かう」
「……あの、せめておんぶで」
「行くぞ!」
「あっ」
なけなしの魔素を振り絞り、ルーイは己に身体能力強化の魔術を全力で施す。
街の中での魔術行使はご法度だが、そうも言っていられない。
怒られるなら、後で自分がいくらでも怒られてやる。
人が少ない往来をルーイは全力で駆け抜ける。
――あたたかい。
クレハは無意識にルーイの首に手を回し、力を込める。
ルーイの温もりを感じながら瞼が落ちていく心地良さと、この瞬間をもっと長く感じていたい想い。
相反する気持ちが自分の中にあることを自覚しながらも、クレハに抗える力は微塵も残されていなかった。
やがて瞼は落ち、束の間の夢を見る。
夢の内容は誰にも分からないが、クレハの寝顔はとても穏やかだった。




