第42話 「それを決して良しとはしない」
「………………」
一方的にねじ伏せられるデビルゴートを見ていたクレハは、唖然とするしかなかった。
先ほどまで、あの少年は池に伏していたはずだ。
無事であったことは素直に喜ばしいが、起きていきなり木の棒――謎の槍を引き抜き、なす術もなかったはずの魔獣を相手に、無双を繰り広げている。
確かにルーイは、年齢に見合わぬ実力を持つ者ではあるとは思うが、それにしたって目の前の光景は常軌を逸すると言わざるを得ない。
デビルゴートとは、熟練のギルド要員ですら単独での討伐は困難と言われ、それを可能とするのは国王近衛隊やギルドの最高幹部、五芒星といった王国でも指折りの実力者だけだ。
それに加えて、あのデビルゴートは普通ではない。
デビルゴートの圧倒的な膂力や獰猛な習性は確かに脅威だが、なにせ動きが鈍重だ。
旅慣れた商人でなくとも撤退は容易で、王国全体を通しても実は被害は比較的少ない。
だが、目の前のデビルゴートは、明らかにその常識から逸脱した存在である。
あの身のこなし、素早さは異常以外のなにものでもなく、加えてデビルゴート本来の頑健さと膂力は健在だ。
あんな魔獣が、例え一体であったとしてもいれば、プイスの地には何人も住み着けなかったはずだ。
クレハが初撃で挽肉にされなかったのは単純に当たりどころが良かっただけの話であり、本来であれば一撃もらった時点で終わっていた。
そして、それを何者でもないはずの少年が、たった一人で圧倒している。
これを異常と言わずして何と言うか。
「………………」
そして、今自分はその異常によって、生命を繋ぎ止められている事実。
そのことにクレハは忸怩たる思いすら抱けず、ただただ呆然と事態を見ることしか出来なかった。
――いや。
「……ふっ! っく……!」
自分はそんなか弱い少女でいていいはずがなかった。
例え地に這いつくばることしか出来なくとも、例え床に伏し泥を舐めることしか許されなくとも。
自分は、クレハ=オリヴィアは、それを決して良しとはしない。
「くっ……うっ……」
クレハは折れた左腕を無理矢理動かし、挫いた両足に向けた。そして、得意ではない治癒魔術を施す、施そうとする。
しかし、満身創痍の状態で、得意ではない治癒魔術を行使するのは、尋常ならざる集中力が必要だった。
「……ふぅ」
心を研ぎ澄ませる。
精神を落ち着かせる。
「………………」
やがて、クレハの左手に純白の魔術方陣が現れる。




