第23話 迫る影
洞窟に戻って焚き火を起こした頃には、辺りはすっかり暗くなっていた。
焚き火の前にちょこんと座り、クレハはプイスで購入した携行食を齧る。
(……美味しくない)
栄養だけは摂れる木の実や、身体に良いだけの薬草をすり潰し、練り固めた棒状の携行食。
最低限の栄養と長期の保存を目的とした物で味は二の次、三の次だ。
これでも一昔前の物と比べればかなり改善されたらしいが、独特の酸味に加え一口齧れば口の中の水分全てを持っていかれるほどのパサつき具合は、プイス産であっても王都の物と然程も変わらなかった。
半分ほど齧ったところで、残りをパクりと口に入れ雑に咀嚼する。
そのまま水で流し込むようにして飲み込み、早々に食事を終えた。
パチパチと爆ぜる焚き火を見ながらクレハは物思う。
(こんなはずじゃなかったのに……)
もっと上手くやれると思っていた。
一人で颯爽と〝封印の祠〟まで駆け抜け、そのまま調査を済ませて街で一泊し、明くる日の朝一番の便で王都まで帰還する。
というのが、クレハが当初思い描いていた計画だった。
そして、それを成せるだけの実力があると自負していた。
濃い霧に異臭、魔物の群れが現れても何とか出来ると思っていた。
そして計画通り、昨日の朝一の便でプイスに到着。
そのままの足で魔物たちを悠々と討伐しながら、〝魔女の庭〟へ入るまでは何の問題もなかったのだ。
問題はその後。
事前に文献や書籍などで霧と異臭について知ってはいたのだが、いかんせん想定以上に厄介だった。
特に異臭は酷かった。本当に萎えた。
(ヤッパリ資料を見るだけじゃなくて、地元民の声を聞くのも大事ってことね)
半刻と保たず服や髪、身体の至る所に臭いが粘り付いているように感じてもうダメだった。
早々に撤退を決め、たまたま見付けた綺麗な泉を前に居ても立ってもいられなくなり服も下着も脱ぎ捨てジャブジャブ洗い、自身も水浴びをせずにはいられなかった。
そこであの少年と出会ったのだ。
魔物ならいざ知らず、まさかあんな僻地にあんなタイミングで魔物ではない魔術師の――それも自分と歳がそう変わらない男の子がたまたま現れるなどと、夢にも思わなかった。
思わず即興改変した中位魔術をぶっ放し、魔獣ともども燃やしてしまったが――まぁ、アレは事故だ。うん、正当防衛だ。
(大丈夫かな)
道案内兼護衛として同行してくれた少年のことが頭を過る。
今頃はきっと街か自宅に戻っている頃だろう。
彼を薄情と言う気は全くない。
彼は頑なに依頼の体を取っていたが、ほとんど善意で自分に付いてきてくれたことくらいは分かる。
誰よりもこの島について詳しい彼は、此処がどれだけ危険か分かっているはずだ。
万が一、助けに来てくれることがあったとしても、動き出すのは日が昇ってからになるだろう。
膝を両手で抱える。所謂三角座りの姿勢になり、合わせた膝の上に頭を乗せた。
本人は気付いていないようだったが、これはクレハが相当落ち込んだ時に取る姿勢だった。
(考えても仕方ないし少し休もう……明日の朝一番で何とか泉まで戻らないと)
泉まで戻れば後は転移魔術でプイスまでひとっ飛びだ。
その後のことはその時に考えよう。
恐らくこんな愚行をしでかした自分は愛想を尽かされ、もう二度とあの少年は同行してくれないだろう。
それも仕方ない、自分はそれ程の失態をおかしてしまったのだから。
「………………」
弱音が顔を出しながらもゆっくりと左手を振るい、魔術を唱える。
「〝我望むは堅牢なる檻、其の格子は悪しきを通さず、其の鍵は我が手中に〟……〝監獄結界〟」
詠唱を終えたクレハの周りを魔素の格子がすっぽりと覆う。
一見すれば監獄に囚われているように見えるが、これは〝監獄結界〟という上位の結界魔術だ。
術者に害意を持つ者の侵入を拒み、魔素で練られた格子は並大抵の攻撃ではびくともしない。
先ほどのデビルゴートの攻撃すらも、完全に防ぎ切るような魔術だ。
結界を構築し、穴や不備がないことをしっかりと確認したクレハは三角座りのまま目を閉じる。
(ルーイ様、どうかご無事で)
やがて少女の規則正しい寝息が聞こえてくる。
不安を抱きながらも少女は夢の世界に堕ちていった。
――迫る影に気付くこともないまま。




