第19話 お前は何者だ
クレハはルーイの背中を追いながら黙考する。
彼は何者か、と。
自分とそう歳が変わらないであろう青年――と呼ぶには幼く見える少年――と呼ぶのは失礼か。
とにかく、彼は王国直々の調査団ですら踏破に至らない、この〝魔女の庭〟を越え、〝封印の祠〟へと至った、というのだ。
それも単身で、何度も。
これまでのルーイの立ち回りは言葉にすれば効率的、というのが最適だろう。
避けられる戦闘は全て避け、無駄な体力、魔素の消耗を必要最低限に抑えている。
強い、というわけではない。
ルーイの実力は王都守備隊の雑兵にすら及ばず、試合形式で一対一の戦闘を行えば、九割以上は負けるだろう。
だが、やり過ごせる敵は全てやり過ごし、奇襲、不意打ちなど搦手を交え、地の利を生かせるこの島の中、という限定条件においては生き残るのは間違いなくルーイだった。
それを可能とする、野生の嗅覚とでも言うべきズバ抜けたセンスがルーイにはあった。
王国調査団ですら手こずるような魔鏡を、ルーイが単身で踏破できるのはその為だ。
馴れ、というのは勿論あるだろう。
幾度となく戦ってきた彼は、プイスの魔物たちの特性など熟知しているはずだ。
また自分とは違い地理にも明るい。現に今も地図すらも見ず、羅針盤一つで迷いなく進んでいる。
それが正しい道なのかどうかすらもクレハには分からなかったが、彼の迷いない足取りに疑いを向ける気にはならない。
だが、それだけと言えばそれだけなのだ。
いくら魔物たちの特性を熟知していようが、地理に明るかろうが関係ない。
大量に出現する魔物たちの無慈悲な物量、今も目の前に広がる大自然の問答無用な脅威は魔術師一人が何とか出来るものではない。
(貴方は一体、何者なの……?)
しかし、そう問うわけにはいかなかった。
問えば彼も同様に尋ねてくるだろうことは明らかだったからだ。
お前は何者だ、と。
同時に思う。
今それを考える必要もない、と。
(終わったらもう少し話してみても……)
そして、自然と俯いていた視線を上げる。
今は目の前に映る深い霧を抜けることが――。
ハッと目を見開く。
視界に彼がいない。
慌て、辺りを見回す。
視界に映るのは、白色とも灰色とも言えない混沌とした深い霧だけだ。
「ルーイ様! ルーイさまぁ!」
声は返ってこない。
それどころか静寂の中で大声を出しているのに反響すらしていない。
また霧だ。
この霧が空気の振動を阻害し、鳥や虫の鳴き声も魔物たちの雄叫びも、木々のざわめきすらも吸取り消してしまっている。
(しまった……!)
だが、今更悔いてもはぐれてしまった事実は変わらない。
即座に思考を切り替える。
ルーイは、まずは北西に向かって断崖絶壁を迂回し、そこから北東に向かう、と言っていた。
腰のポーチからプイス全体の地図、そして懐中時計と一緒になっている羅針盤を取り出す。
時刻は十六時を回り、今自分は南西を向いていた。
記憶を遡る。泉を出たのが確か十五時前だったはずだ。
太陽の位置を確認しようとする。――ダメだ、霧が深くて、空どころか目の前に生える木の頂すら見えない。
〝魔女の庭〟に入って以降はゆっくりとした歩みで進んでいることを踏まえ、大まかな現在地を割り出す。
(恐らくもう一時間ほど北西に進んでから北東へ向かえば……)
だが、彼は――ルーイはどうするだろうか。
自分を探すように動くのか。
街、もしくは、あの泉まで引き返すか。
はたまた〝封印の祠〟へと向かうのか。
慣れない自分が下手に動けば事態は悪化しないだろうか。
かと言って、この何にもない森のど真ん中に留まるのが、最善と言えるのだろうか。
逡巡する。
彼はどうするだろうか。
「………………」
――やがてクレハは決心し歩き出した。




