第14話 ギックリ腰
ルーイの家を出た二人は、まず〝魔女の庭〟を目指す。
〝封印の祠〟は〝魔女の庭〟の先、プイス島の北端に位置する。
島の北から東にかけては、強い波によって陸地が広く抉られており真っ直ぐは向かえない。
故にルーイの家から一度、北西に向かい〝魔女の庭〟へと入った後は、時計回りにぐるりと回り込んで向かう以外に道はなかった。
家を出てからの二人の足は先にも増して早かった。
ルーイのペースにクレハがしっかりと付いて来るのだ。
(言うだけあるってことか……)
二人は森の中を半ば走るように進んでいく。
時に木の根を避け、蔦を掻き分け、枝葉を切り拓きながら駆ける。
やがて、先導するルーイが足を止めて声を掛けた。
「待った」
左手を出しクレハを制止する。
「結界はここまでだ。ここから先は魔物も出るし地形もより複雑になる。気を引き締めていけよ」
「分かりました」
ルーイたちの目の前、力強く生えた樹にはルーン文字の描かれた符が貼られていた。
クレハが周囲を見回すと等間隔で、同じような樹に貼られていることに気付く。
台風や自然災害でも倒れにくそうな樹を選んで貼られているのだろう。
それこそが結界を生む要だ。
「符術、ですか」
「オレも詳しくは知らないんだけどな。なんでもむかーし、この島の開拓当初にえらーい符術師さんが貼ってくれたものらしい」
符術とは、符にルーン文字で理を描いて世界の事象に関与する、魔術の先駆けともいえる古い技術だ。
魔術が詠唱一つで発現可能なのに対し、符術はあらかじめ符を用意してルーン文字を描かねばならず、咄嗟の判断を求められる戦闘においては些か使い勝手が悪い。
対してルーン文字が書かれた符は、術者の手から離れた後も魔素が続く限り、その効果を及ぼす。
瞬発力、臨機応変さこそ劣るが、持続力においては魔術を圧倒的に凌駕するのだ。
「現在は使い手も随分と減ってしまい、衰退の一途を辿っているそうですが……やはり途絶えさせるには惜しい、素晴らしい技術ですね」
「だよな、オレもそう思う。で、オレの仕事の一つがこの符に魔素を込め直す作業なんだ」
ルーイは自分のことを少しだけ話してみた。
なんてことはない、ただの気まぐれだった。
「なるほど。それで貴方は危険を顧みずお一人で」
「他にやれる奴がいないからな。ハスラーの腕っぷしは確かだが、魔素の扱いだけはビックリするくらい下手くそなんだ。大技ならかませるんだけど、こういう緻密な魔素の操作はからきしでな。ずっとババアがやってた仕事なんだが、流石にもう引退させてやらねぇと。こんなとこでギックリ腰でもされちゃかなわねぇからな」
「それは確かに困りますね」
クレハがくすくすと笑う。
「……」
堅い雰囲気を纏っているが、どうやら思っていたよりも表情豊かな子らしい。
だが、ここから先は軽口を叩いているような余裕はない。
ルーイは自戒の意味も込めて真剣な表情で言った。
「さっきも言ったがここから先は気を引き締めて行くぞ」
「はい」
クレハにも真意は伝わったようで真剣な面持ちで頷く。
意思疎通にも問題はなさそうだ、という意味を込めて頷き返し、二人は符が貼られた樹の向こう側へと足を踏み出した。




