第11話 茶番
「あーららー、これはこれはタリアちゃんじゃねぇでゲスか。こんなところで会うなんて奇遇でゲスね」
家屋の影から出てきたのは、先ほどルーイとタリアを盗み見ていた大男、細男、小男の三人組だった。
三人組はそれぞれ斧、片手剣、短刀を構え荒事待ったなし、といった様子だ。
そして、声を掛けたれた当のタリアはと言うと、
「あ、アンスにポーン、それにジタンまで。どうしたの?」
まるで友達と会ったかのように、気安く手を振り話しかけていた。
――というか、三人とも友達だった。
三人は揃って頬を緩め、だらしない笑顔になる。
が、そこで当初の目的を思い出したのか、ブンブンと首を振って小男がタリアに声を掛ける。
「ミーたちは大事な用があるんでゲス」
「へー、そうなんだ。あたしは買い物を終えて今から二人を見送るとこなの」
「そ、そうでゲスか」
「ところで、そんなもの出してたら危ないよ? どんな用事か知らないけど、街の中では必要ないよね?」
「あ? あ、あぁ、でゲス」
慌てて短刀を収めようとする小男のジタン。
その様子を見ていた細男ポーンが怠そうに声をかける。
アンスは先ほどからずっと斧を構えて、にへらっと笑ったまま微動だにしない。
「ほら、ジタン。タリアちゃんに、ペースを握られて、どうするの」
「わ、分かってるでゲス!」
げふんげふん、とあからさまな咳払いを挟んで、ジタンがタリアに改めて声をかける。
「タリアちゃん、今からちょーっとミーたちに付き合ってもらえないでゲスか」
「え? うーん、今日はちょっと無理かな。この後家のこともしなきゃいけないし。お兄ちゃんたちが帰ってきた時にご飯も用意しておきたいし」
「そ、そうでゲスか」
ハッキリと断られ、またしても狼狽えるジタン。
すると痺れを切らしたらしいポーンが、怠そうに話し出した。
「あのね、タリアちゃん。手荒な真似は、したくないんだ。大人しく、付いてきてくれないかな」
「えっ? 何か急用なの?」
「いや、そういうわけでも、ないんだけど」
「うーん」
煮え切らないやり取り。
それを見ていたルーイがモヤモヤとした気持ちのまま、ズッとタリアの前に歩み出た。
「おい、アンポンタン」
「だーれがアンポンタンでゲスか!」
「お前ら以外に誰がいるんだよ。そんなことよりタリアは用事がある、って言ってんだよ。話があるならさっさと済ませるか、今度にしてやれよ」
「そうはいかねぇでゲス!」
今度こそやる気になったのか、アンポンタンの三人組は各々の得物を構える。
「……」
「さぁ、タリアちゃん、大人しくミーたちに付いてくるでゲス!」
「えっ、どうしたの、ジタン……それに二人も……」
何が起きたか分からない、といった様子のタリア。
だが、おろおろと狼狽える妹とは対照的に兄は落ち着いていた。
というのも、アンポンタンの目は明らかに本気ではないからだ。
言はしどろもどろ、動はやぶれかぶれ。
半ば強引にでも事態を前に進めたい、といった気持ちがありありと表れていた。
そして、何より――。
(あの阿呆は何してんだよ……)
ルーイはこの場に居ない幼馴染の顔を頭に思い浮かべる。
一つ歳上のいけ好かない野郎。事ある毎タリアにちょっかいをかけ、そのとばっちりが何故か毎回ルーイに向けられる。
昔はそうでもなかったが、ここ何年かのそれには正直うんざりしていた。
ルーイが一人そんなことを考えていると、空気を察したのか場の温まり具合(?)を感じたのか、辺り一面に声が響いた。
なんとも阿呆っぽい男の声だった。
「オマエラコンナトコデナニシテヤガンダー!」
大根役者でもこうはならんだろう、というくらいに棒読みだった。噛まなかったのは奇跡だろう。
だが、男の姿は往来のどこにも見当たらない。
「こ、この声は!?」「あー、これは」「……」
アンポンタンがわざとらしく動揺し、辺りを見回す。
それに釣られてか、タリアも「ど、どこ?」といった様子でキョロキョロと視線を巡らせる。
どこぞの学芸会の三文芝居のようだった。
対して、ハッキリと音の出どころを捉えていたルーイ、そしてクレハは斜向の家屋の屋根上を見やった。
男はルーイとそう変わらない歳に見えた。
浅黒い肌に茶の短髪。黒の瞳を持ち、ルーイを一回り大きくしたような肉体は、筋骨隆々でたくましい。
その肉体の上に麻のシャツ、綿のズボンといった街の住民たちと変わらない装いを纏っている。
そして、その背にはガタイに見合うサイズの大剣が背負われていた。
「はぁ……」
ルーイはため息を一つ吐き、心底めんどくさそうに声を掛けた。
「まーた、お前か。ハスラー。今日はこれから出なきゃいけないんだ。またにしてくれ」
「お前はお呼びじゃねぇ、ルーイ! いつもいつもいつもいつも、タリアちゃんとイチャイチャイチャイチャ」
「あ、ハスラー! やっほー!」
「はぅ!」
ズキューン、と音が聞こえ(たような気がする)屋根上に腕を組んで立っていたハスラーと呼ばれた青年が、大仰に胸を抑えて――。
屋根から落ちた。
「「「お、おかしらー!」」」
「ちょ、ちょっと、ハスラー! 大丈夫!?」
アンポンタンとタリアが急いで駆け寄る。
当然ルーイは無視、クレハも先ほどから何が何やらと事態が飲み込めず棒立ちのままだ。
「うぅ……」
「ハスラー! しっかりして、どこが痛むの?」
「あ、あぁ……胸が……胸が痛ぇ……」
「ど、ど、どうしよう!? お兄ちゃん! ハスラーが!」
「ほっとけ」
鼻くそをほじりながら投げやりに答える。
「う、うぅ……タ、タリアちゃん……」
「な、なに!?」
「お、俺っちの……最後の願い……を、聞いてくれ……ねぇか……」
「なに!? なんでも言って、あたしに出来ることなら何でもするよ!」
ハスラーは頭から血を流し(浅い切り傷)腕と脚が腫れ上がり(軽い打ち身)、 呼吸は浅かった(過度な緊張)。
満身創痍(?)の彼の最後になる――かもしれない言葉を聞き届けようと、タリアは膝立ちの状態でハスラーの背に手を回して抱き起こし、唇に耳を寄せた。
ハスラーが弱々しく、しかし、ハッキリと己の意志を伝えようと懸命にカサカサの唇を動かす。
「お……俺っちと」
「うん」
「俺っちと……」
「うんうん」
アンポンタンが皆、我らがお頭の最後の勇姿を目に焼き付けようとする。
アンスは巨体を震わせ、ポーンの握った拳は震え、ジタンは嗚咽を漏らしている。
クレハは相変わらず傍観したままで、ルーイは屈伸し、手をグーパーグーパーと繰り返し握っていた。
とんとん、とつま先で地面を蹴りつつ身体をほぐすように軽く跳躍。
そして五人の目が集まる中、遂に――。
「俺っちと付き合っ「茶番もいい加減にしやがれええぇぇぇ!「ぐぼああああぁ!」
「「「お、おかしらー!」」」
一瞬で間合いを詰めたルーイが、身体能力強化魔術全開の全身全霊で、サッカーボールキックを放つ。
鳩尾につま先が深く突き刺さったハスラーは、盛大に吐瀉物を撒き散らし錐揉みしながら、街壁を遥か越えて森の方へすっ飛んでいった。
「……ほら、だから、言ったんだ。こんな芝居、打ったところで意味ない、って」
「う、うるせぇでゲス! 悪者に拐われそうな女の子の前に颯爽と現れる正義の英雄。それに恋する女の子。この展開は過去現在、そして未来においても王道のテンプレなんでゲス!」
「それ、僕たち全員が、顔見知りの時点で、前提が、おかしいよね」
「……おでも……そう、思う……」
「い、今はそれどころじゃねぇでゲス! 急いでおかしらのところに!」
慌てふためき急いで後を追って街壁を越えよう――として、無理だと悟り一目散に門へと向かうアンポンタントリオ。
往来を歩いていた観光客たちは見世物か何かと勘違いしたのか、一部からは「おー!」という歓声と拍手まで上がる始末だった。
ちなみに、島の住民たちにとっては見慣れた光景なので誰も何も言わず、平然と過ごしていた。
「ったく、アンポンタンといい、ハスラーといい……毎回毎回あいつら暇人かよ」
「もう、お兄ちゃん! やり過ぎだよ! ハスラーが怪我したらどうするの!?」
「あいつがあれくらいでどうこうなるわけないし、怪我したらしたでいい薬だ」
「もう……」
タリアが心配そうな顔で街壁の方に顔を向ける。
ルーイはタリアの前を横切り、未だに事態を呑み込めていないクレハの元へ歩み寄った。
「クレハー。おーい、クレハー」
「――あ」
目の前の光景が理解できず、固まっていた少女の前で右手を左右に振る。
クレハはハッとした様子で翡翠色の目をパチクリさせていた。
「どうしたんだよ、置物みたいに固まって」
「すみません。一連の出来事があまりにもその」
「騒がしいよな。暇なのかなんなのか知らねぇけど、あいつらの馬鹿騒ぎも程々にしてほしいもんだ」
やれやれ、と手を振る。
「お知り合い、なのですか?」
「顔見知りだ。蹴っ飛ばしたのがハスラー。取り巻きのアンポンタンたちのリーダーで街のお騒がせグループってとこなんだが、何かとタリアにちょっかいをかけるんだ」
「もう、そんな悪く言わないの。ハスラーは幼馴染でしょ。それに三人とも皆良い人たちなんだよ。重い荷物は率先して運んでくれるし、魔物の掃討だって手伝ってくれるじゃない。それにハスラーはこのあいだ、綺麗な薔薇の花をプレゼントしてくれたし」
「サイデスカ」
「乱暴者に見られがちだけど、意外とそういうきめ細かい心遣いが出来るんだよ。ハスラーは。誰かさんと違って、ね」
「サイデスカ」
面白くなさそうにルーイが道端の石ころを蹴飛ばす。
その様子があまりにも子供じみていたことが可笑しかったのか、クレハが穏やかな表情で言う。
「やはり妹さんに近付く悪い虫は払いたくなりますか」
「そんなんじゃねぇよ」
虫の居所が悪くなったのか、行くぞと吐き捨てるように言って足早にルーイが歩き出す。
「あっ、お兄ちゃん。……もう」
「タリア様はルーイ様に大事に思われていますね」
「……そうなのかな」
「今日お二人に初めてお会いしましたが、私はそう思いました」
「そうかな――うん、そうだね」
風が二人の髪を乱暴に撫でた。
乱れる髪を左手で抑えながら、クレハは辺りを見回す。
街の人々は皆、仕事に精を出し活気に溢れているように見える。
観光客と思しき者たちは住民と店先で話したり、出店を冷やかしたりと良い笑顔だ。
クレハが初めて大陸から離れて訪れた小さな島の日常は、平和そのものだった。
「……良い街ですね」
「でしょー! あたしの……ううん。あたしたちの自慢の街なんだ!」
パッと花が咲いたような笑顔でタリアが言う。
こくりと頷いた後、クレハも微笑んだ。
「二人とも早く来いよー! 置いていくぞー!」
往来の先、ルーイが大声で呼んでいた。
それにタリアが手を振り大声で返事する。
「はーい! ……行こっか。あんまり待たせると拗ねて行かない、とか言い出しても困るし」
「そうですね。行きましょう」
二人は仲良く並んでルーイの元へと歩き出した。




