捨てられた聖女ですが、私は幸せです
どんよりとした空気が立ち込める森の中、暗い雰囲気に似つかわしくない少女の姿があった。
純白のワンピースと輝くような銀髪も相まって、少女には精霊のような儚さがある。池の畔で水浴びでもしていたら、拝みたいほどである。
……が、しかし。
ここは、魔の森と呼ばれ領民ですら近づかない森である。いつ魔物が現れてもおかしくはない。
だが、少女は怯えた様子もなく呟いた。
「魔力が無いって、不便ね」
「――アイラ、婚約は破棄させてもらう」
アイラが婚約者のレオンに婚約破棄を告げられたのは、聖女候補の座を剥奪されたその日だった。
神殿から帰ると、レオンがアイラの帰りを屋敷の外で待っていたのだ。
莫大な魔力を有していたために聖女最有力候補とまで言われていたアイラだったが、ある日を境に魔力を失い、魔法が使えなくなってしまった。
魔法の使えぬ聖女は神殿には必要ない。用済みとなったアイラは、つい先ほど神官長から直々に呼び出され、聖女候補の座を剥奪された。
そんなアイラを待ち受けていたのが、婚約者からの婚約破棄だった。
「え……?どうして」
アイラは戸惑った。
確かに、自分たちの婚約は勇者と聖女候補だったがために結ばれた契約のようなものだった。けれど、二人の間には愛があったとアイラは思っていた。だからアイラは聖女候補でなくなった途端に婚約は破棄されるだなんて、疑ったこともなかった。
「心当たりがないとでも?」
咎め立てるような視線に、自分には非がないと思いつつも口籠る。
「それ、は……あるけど。それなら、レオンは私の聖女候補としての地位だけを見てたってこと?」
「言いたいのはそのことじゃない。他に言うべきことがあるだろ」
「?」
本当に心当たりがないので、アイラは首を傾けた。すると、レオンはかすかに苛立ったようにため息をついた。
「お前、自分より魔力が少ないからという理由でサラに嫌がらせばかりしていたんだろう?それで、あの日の怪我も自分が治したことにしたんだろう?」
「え……?えっと、どういうこと?あと、あの日って……?」
「誤魔化してるつもりか?……二週間前、魔物の討伐に行った日のことだ」
そう言われて、アイラはレオンがいつのことを言っているのかわかった。
二週間前の、レオンが魔物の討伐に行った日。
――それは、アイラが魔力を失うことになった日のことだ。
あの日、レオンは瀕死の状態で神殿に運び込まれた。アイラはレオンを助けるために自身の魔力全てを賭した。
そして、アイラは魔力を失ったのだ。
だというのに。
「サラが、治した?どういうこと?あの怪我は、私が治したのよ……!?」
「この期に及んでまだ嘘を重ねるのか。お前は、魔力を使えなくなったことの言い訳が欲しくて嘘を言っているだけだろ」
「なっ……」
……悔しい。
これまで、レオンと誰よりも長い時間を過ごしてきたはずだった。価値観が違うことも無視して、婚約者なのだからと好きになろうと努力した。お互いのことは、よく理解しているはずだ。……少なくとも、アイラはそうだと思っていた。
だからこそ、信じてもらえないことが、とても悔しい。
「……それだけで、私の言ったことを嘘だというの」
その声は、悔しさのあまり震えていた。
「それだけじゃない。――全部、サラから聞いたんだ」
そのとき偶然か、はたまた時機を見計らってか、声を掛けられた。
「――あれ?レオンとアイラじゃない」
同性でも守りたくなってしまうような鈴を転がすような愛らしい声の主は、アイラの妹のサラだった。
「サラ……!ちょうど良かった。今、アイラとの婚約を破棄したんだ」
サラは当たり前のようにレオンの隣に立った。
そんなサラを、レオンは慈しみに満ちた瞳で見つめる。
「それじゃあ、サラたち婚約できるの?」
「ああ。もちろんだ」
「ちょっと待って。私は婚約破棄を認めたわけじゃないわ」
「お前、そんなに俺との婚約に縋るのか。見苦しいぞ」
そう言うレオンに、勝ち誇ったような笑みを浮かべたサラは、アイラの耳元に口を寄せていった。
「――レオンが愛してるのはサラなんだから、諦めなよ」
「!」
「サラ?どうかしたのか?」
怪訝そうな顔のレオンに、サラはぱっと笑みを浮かべた。
「なんでもない!それよりレオン、この後も任務があるんじゃなかった?」
「ああ、そうだ。……悪いが、行ってくる」
「うん!いってらっしゃい!」
二人の会話に、アイラの付け入る隙などなかった。
サラは、アイラと同じで聖女候補だ。その役職故に勇者であるレオンと関わりがあるのは知っていた。けれど、まさか二人が恋仲に発展するとは思ってもいなかった。
「ねえ、サラが言ったの?自分がレオンの怪我を治したって」
レオンが居なくなった途端、サラは口元を歪めるようにして笑った。先ほどまでとは違う、邪悪な笑みだった。
「えぇ?そうだよ。今さら?レオンが目覚めたときに、サラが治したって言ったの。そうそう、アイラに手柄取られちゃう〜って言ったらレオン簡単に信じてさ。アイラが、サラより先にレオンに会ってたらよかったのにね」
「あはは。でも、無理だったね。アイラってば眠り続けてたんだから」
「……何のために」
「そんなの、アイラからレオンを奪うために決まってるじゃない。レオンはサラと結婚するの。……ここだけの話、レオンと婚約すること、神官長に認めてもらったんだよね。聖女として」
「……どうして、そんなことをしたの」
サラは、その言葉に答えなかった。
代わりに、後ろを振り向き誰かに声を掛けた。
「二人とも、出番よ〜」
その言葉に反応し現れたのは、屈強な男と一台の馬車だった。
「!やめてっ!放してっ!」
アイラは男に手を掴まれ、藻掻いて反抗する。
が、金属のように硬い男はびくともしない。
それでもなんとか、一瞬だったがサラの腕を掴んだ。
「っ!」
それも、すぐ振り払われてしまったわけたが。
「ねえ、どうしてって言った?決まってるじゃない。サラね、アイラのことが邪魔で邪魔で仕方がなかったの。だから、バイバイ。もうきっと、会うことはないね」
バタンと大きな音を立て、馬車の扉が閉まった。
馬車は止まることなくなく走り続け、どこへ向かっているのだろうと思えば、いきなり森で降ろされた。
御者の男はアイラのことを快くは思っていないようで、ここがどこなのかを尋ねる隙さえ与えず、馬車は去っていった。……サラの声に反応していた時点でサラの手の者だとはわかっていたが。
はじめのうちはここがどこかわからなかったが、魔素が異常なほどに濃い様子からして、魔の森と呼ばれる森なのだろうとアイラは考えていた。
少しの間、過去の出来事を振り返っていたアイラだったが、目の前の光景にいやでも現実を突きつけられた。
「えっと……絶体絶命って感じ?」
目の前には、毛深い四足獣が足音を忍ばせてアイラに近づいていた。
じりじりと距離を詰める魔獣から距離を取るべく、座り込んだまま後ずさる。
が、すぐに木の幹に背が当たった。
「ちょ、ちょっと待ってよ。冗談でしょ」
聖女候補でなくなったときも、婚約破棄されたときもここまで追い詰められはしなかった。……精神的にも、物理的にも。
「助けてくれる人なんているわけないわよね。なんだ、私の人生こんなところで終わるのね」
魔獣は、鋭い爪を光らせ腕を振り上げた。
アイラは目をつむり、体に爪が突き立てられるのを耐えようとした。
が、いつまで経っても痛みに襲われることはなかった。
アイラはそっと目を開けた。
視界に飛び込んできたのは、矢が胴体に刺さって状態で目の前に倒れる魔獣の姿だった。
「――大丈夫か?」
荒ぶる心臓に深呼吸をして落ち着かせていると涼やかな声で心配する言葉が紡がれた。
アイラは声が聞こえてきた方を見て、自身を助けてくれた人の姿を確かめた。
彼の顔には、見覚えがあった。
意志の強そうなつり上がり気味の目、すっと通った鼻筋と薄い唇。その人を、アイラは知っていた。
が、最後に会ったのがだいぶ前だったために思い出すのに時間がかかった。
「カイル……?」
◆◇◆
「助けてくれて、本っ当にありがとう」
アイラは、机に額がつくほど頭を下げた。
「頭を上げてくれ。当然のことをしたまでだから」
そっと頭を上げれば、ほっとしたような表情の彼と目が合った。
何か言おうかと思ったとき、彼が先に口を開いた。
「……ところで、アイラ、なんだよな」
「?ええ、そうよ。久しぶりね、カイル」
彼、カイルはかつては勇者候補と呼ばれていて、当時から聖女候補だったアイラとは付き合いがあった。それももう、五年も前の話だが。
「アイラは、随分と変わったな」
「そうかしら?」
自分では自覚がないが、そんなに変わったのだろうか。
「……そうだ、どうして君はあの森にいたんだ?」
「えっと……妹に無理やり馬車に乗せられたかと思ったら、ここに居たの」
あまり長く話してもわかりにくいかと思い、端折って話したが、それはそれでわかりにくかったらしい。
「待て、妹に無理やり馬車に乗せられる状況がわからないのだが」
「ああ、それは私のことが邪魔だったみたいなのよね」
そう言っても尚わかりにくかったようだったので、アイラは事の顛末を一から話した。
「それは、何と言うべきか…………大変だったな」
「ふふ、それほどでもないわよ」
動じた様子のないアイラに、カイルはやや躊躇いがちに口を開いた。
「……君は、憎らしくないのか?」
「憎いって、サラのこと?」
「……ああ」
アイラを酷い目に遭わせた張本人とはいえ、借りにもアイラの家族だったためか、カイルは言いづらそうだった。
「それなら、大丈夫よ。だって」
アイラは美しい笑みを浮かべた。
「――復讐してきたもの」
「え……?」
驚いて声をなくすカイルにアイラは笑みをこぼした。
「私、誰にも言ったことがなかったけれど、魔力を奪う能力があるの。……治癒魔法は、魔力を対象者に流すことをイメージするけど、一度間違えた時があって。それで、魔力を奪えることに気付いたのよね。使い道なんて考えたこともなかったけど、意外と使えるみたい」
「で、馬車に乗せられる直前にサラから魔力を奪ったの。……ちょっとじゃないわ。全てを」
馬車に乗る寸前、僅かだがサラの腕に触れた。その瞬間にアイラはサラから魔力を奪ったのだ。
「そんなことが出来るのか」
「ええ。だから私は大丈夫よ。…………ただ、レオンがね」
何かを言わねばと口を開きかけたカイルを見て、アイラは気を遣わせてはいけないと無理やりに笑みを作った。
「あ、別に婚約破棄されたことが悲しかったわけではないのよ。そこまで愛していたわけではなかったし。レオンに対しては友情しか抱けなかったけれど、それを必死に愛情だって誤魔化してきてたから。……サラの嘘には早く気づいてほしいけれど」
カイルは、アイラの言葉に痩せ我慢が含まれている気がしたが、アイラに対して励ますような言葉は掛けるべきではないと、何故か強く思った。だから代わりにカイルは言った。
「君さえ良ければ、ここで暫く暮らさないか?」
◆◇◆
〜Side サラ〜
アイラを森に捨ててから三週間後。
「はぁ〜」
サラは神殿にある聖女候補のための部屋で、大きく息を吐いた。
最近は魔物被害も少ないため、サラの出番はなかった。サラは退屈そうにあくびをして、伸びをする。
「暇だわ〜。何かすること無いんだっけ?……あ、そうだ」
ふと、自分宛てに書類が届いていたことを思い出して、サラは抽斗から取りだした。
聖女と言えば魔法を使った治癒を仕事にしているようなイメージだが、こうした書類仕事もこなさなければいけない。
「今頃アイラは魔獣の餌食になってるかなぁ」
アイラを送ったのは魔の森と呼ばれる魔獣頻出地域。魔力を持っていない状態では生き延びることは不可能だ。
魔獣に襲われてしまえばいい。
そう思ったとき、
「痛っ」
書類で指を切ってしまった。
深く切ってしまったようで、わずかに血も出てきた。
(ま、自分で治せるからいいんだけど、ね………)
「えっ?なんで!?なんで魔法が使えないの!?」
よく魔法を使うからこそ、わかる。
今の自分には魔力がないと。
「なんでよっ!せっかく邪魔なアイラを消して、サラが聖女になれるっていうのに!なんで!」
「なんで魔力が使えないの!?…………そうだ、アイラが何かやったんだわ……!サラがアイラの手柄を取ったから妬んでこんなことをしたのね!もうっ!何なのよ!せっかく婚約者も奪えたところだった、の、に……」
「サラ……?今の言葉、嘘、だよな?」
気づけばサラのいる部屋の扉は開けられていて、レオンが覗いていた。
サラは慌てて立ち上がり、笑顔を取り繕ってレオンに駆け寄る。
「な、なんでレオンがここに居るの?ち、治療?ごめん、今調子悪いから出ていって……」
「誤魔化すな」
剣よりも鋭い声に、サラは肩を震わせる。
「――サラ、お前とは婚約できない。神官長にも全てを伝える」
「ま、待って。どうして?サラのこと愛してるって言ってたじゃん」
「俺が愛してたのは…………サラじゃなかった」
その言葉に足から力が抜け、サラはその場に座り込んだ。
「楽しそうだな」
「ええ〜?そうかしら」
アイラが森に捨てられてから一ヶ月と少しが経つ頃、アイラは新聞を見て笑っていた。
アイラはにやける口元を隠しもせず、嬉しそうだ。
「サラ、聖女候補の座を剥奪された上に婚約の話も立ち消えになったそうよ。……また新しく聖女候補が立てられるみたい」
鼻歌を歌うかのように告げるアイラに、カイルは少し不思議そう尋ねた。
「君はそれで満足しているのか?聖女になりたかったのでは……」
「いいのよ、私は」
アイラはきっぱりと言った。
言い切ってはいたが、それは未練を無理やりに断ち切ろうとしているようでもあった。
「私は聖女なんて柄じゃないもの。怪我人が運び込まれてくるばかりの神殿なんかじゃない所で、穏やかな生活を送りたいの」
未来を想像するアイラの顔はいつになく穏やかで、幸せそうだった。
しかし、何かを思い出したのか心做しかアイラの表情が曇った。
「……ああ、そうだ。カイルにいつまでも迷惑かけるわけには行かないし、そろそろここから出ていかないとよね」
かれこれ三週間も滞在してしまっている。
これ以上迷惑はかけられないと言うアイラに、カイルは躊躇いがちに口を開いた。
「その……、……一生、ここで暮らしてもいいんだぞ」
「……!」
その意味がわからないほどアイラは鈍くはない。
けれど、アイラはくすっと笑って尋ねた。
「ねえ、それってどういう意味?」
悪戯っぽい笑みを浮かべるアイラに、耳を赤く染めたカイルは視線を横に逸らす。
「勘弁してくれ……」
恥ずかしそうなカイルに、アイラは追い打ちをかける。
「ねえ、言ってみて」
が、カイルは黙り込んだままだ。
少し揶揄いすぎたかしら、などと思ったが、それからすぐにカイルはアイラの目を真っ直ぐ見つめ返した。意を決したように、カイルは真剣な面持ちで言葉を紡いだ。
「――これからの人生を君と共にしたい。だからアイラ。ずっと、俺の隣に居てくれないか?」
その言葉に、アイラは今まで見せたどんな笑顔よりも美しく笑った。
「はい……っ!」
最後までお読みいただきありがとうございました。
もともと連載として書きかけていた話ですので、いずれ連載版を投稿するつもりです。
そのときにまたお会いできたら嬉しいです!




