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Cheers!

作者: sakaki

タタカウノハ、キライジャナイ。

――ムシロ、スキ。



「……何、やってんの?」

「――ああ、中西か。見ればわかるだろう?」

「そりゃ……まあ。……でもそろそろ門限だけど?」

「知ってる」

「……なら、いいけど。ほどほどにしておけよ?」

「ああ」



びっくりした、と中西は黙ってその場を後にした。

夜もすぐそこに差し迫った、グラウンドで泥だらけになって笑う渋沢の姿に驚きながら。


めずらしかった。

彼がここまで必死になって練習しているのは。


いつだって全力を尽くすけど、でもみっともないまでに自主練をすることは滅多にない。

それは渋沢に向上心がないとか野心がないとかではなく、彼が立場というものを何よりわきまえているからだ。

だからいつも泥にまみれて、時間を忘れて練習に没頭するのは例えば負けず嫌いな司令塔(水上)とか、勝負に我を忘れてのめり込んだFW(藤澤)とか、スピードと体格で負けたからと復習に余念のないDF(葛西)とかで。


どちらかといえば、彼の周りにいつもいるメンバーのほうで。


キャプテンと呼ばれるその重みを知っている彼は、けしてまわりがハラハラしてしまうような一面を見せることなど滅多になくて。




「あ、中西。おかえり~」

「ネギっちゃん」



玄関をくぐると、一足先に戻った同室者がいた。



「……あれ?もしかして何か驚いてる?」

「わかる?」

「うん」

「そっか」



ふむ、と腕を組んで、中西は尋ねた。



「ネギっちゃん。渋沢に何かあったか知ってる?」

「渋沢?――あ、もしかしてあれかな?」



根岸がクイクイっと中西の裾を引っ張った。



「ほら。――あそこ」

「……ふーん?」



連れてこられたのは続々と寮生が集まる食堂。

一般の家庭より少し早い夕食時間の松賀寮では、今がピークと呼んでもいいだろう。

その一角にはもちろん他の一軍の姿もある。


しかしそこに漂う雰囲気は、どう見ても和やかな夕食時には似つかわしくないもので。

一軍メンバーの側で食事をしようなんて度胸のある奴は滅多にいないが、それ以上に今日の原因はあの殺伐とした雰囲気だろう。

近づきたくないとばかりに半径一メートルほどは無人となっている。


おまけにどういうわけかその内容を全員が知っているのか、ちらちらと視線が向けられていて。

そのせいで更に彼らが不機嫌になっているのだと、わからないわけがない。


しかし中西も根岸もそんなことにはまるで頓着せず、いつも通り同じテーブルに着いた。



「何があった?水上はともかく、藤澤や葛西までそんな顔して。近藤や辰巳も眉間に皺よってるよ」

「……中西」

「はい、ちょっと忘れ物取りに学校へ行ってた俺ですよ。……で?何があった?」

「別に」



しかしそう言いながらも水上は相変わらずの仏頂面。

おいおい……と思ったら、葛西と藤澤が珍しく黙って一冊の雑誌を差し出した。

有名な某サッカー雑誌は、中西にも根岸にも馴染みが深い。


そしてもう何回も開かれていたのだろうページは、すぐに2人の前に姿を現した。



「……これ、渋沢?」



『若手No.1キーパーに忍び寄る影』

遠目に取ったらしい写真に付けられた小さな副題には、そう書かれていた。



「――それ、今日発売されたやつです。誠二と二人で買ってきました。そうしたら記事が載っていて」



ぽつりと葛西が呟く。



「それによると――なんでもキャプテンは近頃自分の才能に限界を感じ始めていて、更に追い打ちをかけるように再発させた膝の怪我で苦しんでいる状態。育ちきった才能を過信していたせいで 韓国遠征では怪我が完治していたのにもかかわらず、自分で辞退したんだそうです」

「は?」

「もてはやされて、その結果潰されていったたくさんの選手の一人になるかどうか……今が境目だとか」



だん!、と大きな音を響かせて机を叩いたのは藤澤だった。

一瞬、静まりかえった食堂の視線という視線が集まるが、それも長くは続かなかった。

水上の殺気に満ちた一睨みで、すぐに何事もなかったかのようにあちこちで食事が再開されたからだ。

それを当然のように受け止めて、水上が「藤澤」と睨みつける。



「……すいません。でも何回聞いても我慢出来なくてっ……」

「阿呆。お前がそんなんでどうする。その記事を肯定してるようなもんだぞ」

「……」



ギュッと握りしめられた藤澤の手に葛西が手を重ねるのを視界の端で見ながら、中西はなるほどと記事に目を落とした。

一緒に覗き込む根岸も、それで大方把握したらしい。


もちろん直接的な言葉で書かれているわけではない。推測に推測を重ねたようなそんな文章だ。

けれどそれでも彼らが――普段は滅多に怒らない近藤や辰巳まで本気で怒るには十分だった。

そもそもあの藤澤が騒ぐのではなく、押し殺すように吐き出している辺り、かなりのものだ。

葛西や水上も口数が少ない。



「……ひどい言われよう」

「まあ……ネギっちゃんもわかってると思うけど、有名なら多かれ少なかれついてくる問題だね」

「……でも俺、これやだ」

「まあ俺もいい気はしないね」



根岸の言葉に返しながら、中西はそれで?と顔を上げた。



「渋沢はコレを知ってるんだ?」

「……下手に知るよか、いいだろ」

「なるほどね……」



水上がその役を買って出たのだろう。

その顔は皮肉というより渋面に満ちている。



「手は打ったさ。とりあえず監督にも、それと選抜の監督のほうにも知らせたら、向こうもかなり激怒してたからな。記事の掲載を取り下げる、まではいかなくても、それなりの報復は受けて貰う」



イライラと答える水上に、中西は思わず被せた。



「それなりじゃなくて、しっかりでしょ」



一斉に皆の視線が集まった。

そんなに俺がこういうこというのは変かねえ、と呟きつつ、中西はだって、と続ける。



「渋沢、今どこにいるか知ってる?――練習場だよ。しかも泥だらけの、擦り傷まみれ」

「――誠二っ」



がたんっ!と椅子を蹴倒すようにして駆け出そうとした藤澤の襟首を、必死で葛西が掴んで止めた。



「だって、匠っ!」

「だってじゃないの!今行っても俺たちに何が出来る?何も言えないし、出来ない。一人にしてあげるのも必要!」

「でも……キャプテンが一人で……!」

「葛西の言うとおりだ、藤澤」

「気持ちは……俺もわかる。でも今は駄目だ」



宥めたのは近藤と辰巳。



「――藤澤。落ち着け」



水上が低い、低い声で、静かに告げた。



「……とりあえず座れ。それと近藤。辰巳と一緒にグラウンドに行って、門限だからって無理矢理連れてこい」

「おい……いいのか?」

「出てってから二時間は経ってるからな。とりあえずは。絶対一緒に戻ってこいよ。飯はとっておいてやるから」

「……了解。じゃあ行くか。近藤」



連れだって二人が食堂を後にする。



「……水上先輩っ、俺は!」

「……わかってるから、落ち着け。お前は顔に出しすぎるんだよ、馬鹿。今の渋沢に逆に気をつかわせるだろ。近藤ならその辺は平気だし、辰巳だって慣れてる。任せておけ」




自分だって何か!と叫ぶ藤澤の真っ直ぐな目に、水上は溜息を一つついた。




「葛西」

「はい」




藤澤を止めておけ、と言いそうになった水上は葛西のその剣呑な返事に顔を上げた。




「……お前もか」

「誠二ほどではありませんけど、黙ってみてるのはちょっと無理かと。……俺だって怒ってるんです」




葛西の言葉に揺るぎはない。

まあ仕方ないね、と中西が水上の肩を叩いた。




「諦めな、水上。下手したら葛西のほうが怖い」

「……かもな」




やれやれと水上は溜息をついて。




「藤澤。葛西。……お前達はこれ以上噂が広がらないようにしておけ。学校のほうにもだ」



できるな?と尋ねれば、すぐに返事は返った。



「はいっ!」

「……どんな手段使ってもいいですか?」



言っている内容は少し、不穏だが。



「……常識内にしておけ、葛西。藤澤もだ。暴走しすぎるんじゃねえぞ」

「水上先輩は心配しすぎ……って何でもないです。ちゃんとやります」

「よし」



じゃあと肩をまわしながら中西も頷く。



「俺とネギっちゃんはそっちのフォローのほうやるかな」

「先生とか寮母さんたちなら俺も出来るよ」



根岸もすかさず同意する。



「水上はどうせ出版社のほう、直接叩きに行くんでしょ?」

「……」



はっきりとは、水上は頷かない。

しかし。



「――水上先輩、伯父から裏が取れました。企画したのも執筆したのも同一人物です」

「間下」



ちょうどタイミングよく、入って来たのは間下だった。

他には目もくれず、調べてきたらしい内容を水上に手渡す。



「ゴシップ専門のやつらしくて、叩けば色々埃も出そうです。これなら仕掛けるのも容易(たやす)いかと」

「ずるいーっ!!」



その報告に鷹揚に頷く水上に、藤澤が叫んだ。



「間下と水上先輩だけで美味しいトコ、攫う気ですか!?俺も仲間に入れて下さい!」

「だからお前が動くと目立つっていってんだろーがよ!」

「でも噂抑えるだけじゃイライラ収まりません!匠もそうだよなっ」

「……どっちかといえば誠二に賛成です。出来ることだけでいいですから」



それなら俺も!と手を挙げたのは根岸だった。



「ネギっちゃん……」

「だって俺も頭きたし。……渋沢、ようやくケガも治って、でも調整必要だからあんなに頑張って我慢してただけなのに、こんなのひどすぎ。俺、出来ること少ないけどでも一生懸命やるから。……駄目?」

「んー……しょうがないな。――じゃ、そういうわけで俺とネギちゃんも参加決定」



拒否権なしだから、と言い放った中西に水上が頭を抱える。


そしてそこに、渋沢を連れた近藤と辰巳が戻ってきた。

流石に渦中の人、それも最も目立つ渋沢ということもあって、向けられる視線は多い。

しかし先ほどの水上の一瞥が功を奏したのか、それほどあからさまではなかった。



「――みんな、まだ食べてなかったのか?」



そして。

肝心の渋沢は、まるでいつもと変わりなく。


――その泥や細かい傷がなければ、その笑顔は、声は、いつもと全く同じものとさえ言えて。



「――ったく。ありがとな、近藤。辰巳」

「ああ」

「気にすんな」



キャプテン!と飛びつこうとした藤澤は葛西に止められていた。

それをちゃんと知っていて、水上が立ち上がる。

そのまま渋沢の腕を取り、どん!と座らせた。



「水上?」

「お前を待ってたんだよ、このアホ。何だよ、この傷、この泥。せっかくの顔が台無しだぞ」



渋沢の持っていたタオルを取り上げて、ごしごしと水上が顔をぬぐってやる。




「――藤澤、葛西、間下、飯もってこい」

「はい!」

「はい」

「はい」



ぴゅーっと葛西と間下を引き連れて、エネルギーをもてあましていた藤澤が飛んでいく。



「飯食ったら、練習付き合ってやるよ。んで疲れたら寝ろ。いいな?」

「――水上……でも俺は」

「お前が嫌だっていったってつきまとってやる。お前の十八番だろ?お節介なのは。人にしておいてお前だけ逃げるなんて認めねえからな」



「ご飯です!」と全員分のトレーを手分けして運んできた三人から渋沢の分を受け取ると、水上はその目の前に突きつけた。

そしてそのままべしっ!と一発拳骨を喰らわせてやる。



「――っ」

「よし。飯!」



俯いて痛みに呻く渋沢を尻目に、水上のかけ声と共に一軍メンバー全員でいただきますと挨拶をして。



「キャプテンキャプテンキャプテン!俺も練習付き合わせて下さい!」

「誠二っご飯飛ばさないっ!あ、それはそうとキャプテン、俺もお付き合いさせて下さいね。連携のところ、俺も見直したいんです」

「俺もやるー。今日宿題ないし。偶にはいっぱい身体動かさないと怠けちゃうし」

「……ってわけだから俺も。ネギっちゃん、一人にするのもあれだし」

「水上、どうせならセットプレーからの持ち込みも見直そうか?高田や大森達も呼んでさ。あいつらの補習そろそろ終わりだろ?」

「なら藤澤と組む俺も必要だな。ツートップ、いるだろうし。(寮長)が許可取ればギリギリまで延ばせるから、間下も付き合わないか?」

「問題ないです」



騒々しくも賑やかな食事。



「――」

「……バーカ。さっさと食えよ」




やがて呆然と言葉を失って俯いた渋沢の肩が揺れた。

それだけで、十分だった。



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