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04 寝起きの獅子

 レイドが沢山の食料を載せたカートと共に戻ってきた。配膳が終わるのを待たず、タリアは寝そべりながら大皿のグリルされた肉に手を伸ばす。

「はぁ、やっぱり自分の部屋が一番だよ」

「ちゃんとお座りになってください。じきに魔人共も来ます」

 言ったそばから窓が風で鳴り、ライム、ガル、セルタがバルコニーに揃った。レイドが窓を開けて三人を中へ入れる。

「タリア様っ、良い知らせですか、悪い知らせですかッ!?」

「何故二択なのだ? 良い知らせだけに決まっておろう」

「希望的予測。がっかり。デカくなる」

「こら、私語が多い」

 注意したレイドも、しかし三人と同じく気になることは同じだ。

「タリア様。それで首尾のほどは……?」

 魔人たちも開口一番を待ち構える。食べるのに忙しいふりをして、タリアは少しだけ時間を稼いだ。

「四魔将のお孫さんたちに会えたよ」

「おぉ! それは僥倖でございましたね」

 成果を上げたことにレイドは満足げだ。魔人たちも跳んだり、頷いたり、手を叩いたりと各々の喜び方をする。

 だが本人の表情はどこか浮かない。

「どうかされましたか?」

「うん……」

 口ごもるタリアに代わり壁際から答えが提出された。声の主は絨毯の床に胡座をかいたフローリスだ。

「あの四人はそこの子供をからかって大人気なく楽しんでたぞ。躾をしたのかどうとか聞いて」

「わっ、お前いたの?」

 ライムがカラスの翼を開きかけたが、他の三人は驚くどころではなかった。

「子供?」

「からかった?」

「躾、ですと?」

 真相を求める眼差しを四方から浴びせられたタリアは、居心地悪そうにジュースを飲み込むと、嘘をつくはめになった事情を打ち明けた。

 フローリスをお披露目したら、『躾』をしたか訊ねられたこと。彼らが期待をかけてくるので、正直に答えるのが怖くなったこと。そして適当なことを言ったら、引くに引けなくなったこと。

 全てを聞いたレイドが言いづらそうに、だがちゃんと指摘した。

「彼らは礼儀正しかったようですが、恐らく嘘を見抜いておられるかと……」

 諦めたようにタリアはため息をつく。

「やっぱりそうだよね。今頃笑ってるかなー」

「人間を持ったことを周知するという目的は達成できたのだから、よしとしましょうぞ」

「まあね。でも折角だからもっと凄いことが起こってほしかったっていうか」

 それを聞いたフローリスが呆れたように鼻を鳴らす。レイドはその時、何かを思いついて手をぽんと叩いた。

「でしたら、ついた嘘を本当にしてしまえばよいのでは? こやつを躾けるのです!」

 そう言ってフローリスを指さす。

 タリアには執事の案が、さながら推理小説の犯人が巧妙に組み立てた嘘のアリバイのように見事なトリックに思えた。

「それいいね! やってみる!」

 せっかく前進し続けているのだ、少しつまづいたことを気にかけて立ち止まってしまうのは勿体ない。

 次なる目的ができたタリアは、まずは行儀の良い姿勢できちんと食事することにした。レイドと三人の魔人たちは、主が元気を取り戻したことを喜ぶ。

 フローリスは少々嫌な予感がした。そして翌日、予感が的中することになる。


 魔界にも太陽は昇る。王城を離れて生活が一変したフローリスだが、唯一自由にできる時間があった。

 朝の目覚めである。なぜならフローリスが習慣としている起床時刻がタリアの起床よりも早いからだ。

 しかしその日は例外だった。

 大音量で響き渡り、床を小刻みに揺らす重低音に叩き起こされるや、フローリスは物置部屋の小さな明り取り窓に寝ぼけ眼が釘付けになった。

 この部屋は三階建ての翼棟の最上階にある。だから地上から窓までの高さはそれなりにあるのだが、窓の外から狼に似た顔の、牙が上下とも二列ある醜く邪悪な生き物がこちらを覗いている。そして敵対心に満ちてギラついている目と目が合うと、頭を振り上げてもう一度あの重低音の遠吠えを響かせた。

 改めて聞くと、恐ろしい音程が妙に心臓を締め付ける。フローリスは体にかけていたコートを掴むと、毛布を重ねただけの薄っぺらい寝床から居間へ逃げ込んだ。すると、思いがけずガウン姿のタリアがソファでくつろいでいた。

「いい朝だね~」

 耳栓を取って笑ったのを見て、フローリスは魔族の罠に気づいた。

「だろうな」

「寝癖ついてるよ?」

 金髪の後頭部が跳ねている。タリアは喜んでフローリスの抜け目を指さしたが、本人はそれどころではない。

「何のつもりだ? 寝起きの僕の心臓を止めたいなら別の方法がいくらでもあるだろう」

「あなたは知らないよね。あれは首長狼くびながろうっていって、高い場所にいる生き物を食べる肉食獣なの。特徴は、あの嫌ぁな吠え声だよ。魔界生物が起こす三大騒音の一つで、五回聞いたら死ぬんだって」

 寝起きのフローリスは情報を整理するのに少し時間をかけた。それから疲れ果てた声を発した。

「……で?」

「すっごいストレスでしょ? まあこれは人間の王子への歓迎の挨拶だよ。連れて来るために奮発したんだからありがたく思ってね?」

 フローリスは昨日の魔族たちの会話に思い当たった。

「……『躾』か。というか、拷問じゃないか」

「そうだけど、人間相手にはそんな言い方しないよ。『躾』だよ」

「どうでもいい。だが、僕は大人しくしているのにこれ以上何を望むんだ?」

「え?」

「だから、拷問だの躾だのというのは……させたいことや、させたくないことがあるからするものだろう」

 タリアは僅かに考えた末に、にっこり笑った。

「今のところ特にないから、『全部』終わってから決めるね」

 フローリスは絶句した。この瞬間、タリアのことがやっと魔族らしく見えた。

 タリアは尋常ではない目つきで睨まれても気づいた様子もなく、ソファから立ち上がって体を伸ばしながら欠伸をする。

「はぁ。それにしてもあなたって早起きすぎるよ。準備のために先に起きたけど、すっごく眠くて辛すぎ。躾も楽じゃないね」

 そこへレイドがドアを素早く開け閉めして入室してきた。一瞬、廊下の騒ぎが漏れ聞こえる。

「奴を兵舎に戻してもよろしいですかな? 翼棟中から苦情が上がってございます。誰かが気絶したという噂も……」

「分かった、もういいよ」

 レイドは来た時と同じように忙しそうに出ていった。一方タリアは鼻歌を歌いながら寝室へ戻っていく。その軽やかな足が、ドアをくぐる直前にふと体を振り向かせる。

「朝ご飯は期待しててね」

 真っ向から挑戦状を叩きつけられたのも同じ。フローリスの頭に血が上り、恐怖や不安、屈辱感が燃えて灰になる。

「やってやるさ……」

 碧眼の奥で闘志でギラついた。


 いつもの朝食の時間となる。この部屋に来てからというもの、フローリスの食べ物はタリアのついでに与えられていた。だが今回は少し様子が違った。レイドが押してきた配膳用カートに、不吉な黒鉄色のクローシュが一つ載っている。

「今日はソファにおいでよ」

 普段は別の小さいテーブルに追いやるフローリスに、今日は主と同じテーブルで食事してもよいと言うのだから、裏があるに違いない。

 だが今のフローリスには敵前逃亡の文字はない。毒を喰らわば皿まで、という気持ちで、一人掛けソファにどかっと腰を下ろした。

 目の前にクローシュが配膳され、中身が明かされる。

 それは一見、真っ赤に着色された見事なホールケーキだった。中央に照り輝く赤い実が置いてあるせいで、表面にまぶされた粉もまた果物が原料なのだろうと推測しそうになる。だが、立ち上ってくる香りは鼻を突く辛味だ。

 ということは、クリームは香辛料で着色されており、おそらく赤い実も辛い食材なのだろう。

「気に入った? 魔王家の伝統料理、灼熱ケーキだよ。王家以外で食べられる人は滅多にいないんだから!」

「名誉に思うことですな、人間。ちなみに完食しなかったら不敬罪で処刑です」

 魔界の料理は辛味が強いものが多い。魔界は辛い野菜や香辛料の名産地だからだ。このことから、魔族の舌は人間の何万倍も辛味に強い。魔族にとってこの食文化と強い舌は誇りだった。

 だからタリアは誤解していた、人間は基本的には激辛料理を食べられない、と。突然変異で少しは食べられる者がいたとしても、この誉れ高きケーキが相手では、香りを嗅いだだけで諦めるに違いない。食べてもせいぜい数口で、脅されたってそれ以上食べ進めることはできないだろうと。

 だから、フローリスがフォークを取った時は、少しは感心してあげてもいいかな、と高みの見物気分だった。

 しかし、彼がホールケーキにフォークを突き立てて大きな一口分を抉り取り、今まで貝のように閉ざしていた口を開いて真っ赤なクリームとスポンジケーキの塊を運び入れた時から、段々と雲行きが怪しくなった。

 全然音を上げないのだ。目蓋を閉ざしたり口元を押さえたりしながら汗はかくが、二口目、三口目と順調に食べ進めていく。

 その食べっぷりは、深い辛味とふわふわのスポンジ、滑らかなクリームの食感を精細に思い起こさせて、つばを飲み込んでしまうほどだ。我に返ってレイドを振り返る。

「本当にレシピ通りだよね……?」

 レイドは深刻な顔でフォークと取り皿を差し出す。タリアはケーキのまだ手を付けられていない縁を少し削り取って味見をしてみた。

「いつも通りの味だ……」

 二人が呆然と見守る中、フローリスは額から汗を滝のように流しながら、とうとう中央の魔界ハバネロの実も飲み込み、残る半分も次々と口に放り込んでいく。それもがむしゃらにではない、等しく赤いが素材の違うクリームとスポンジが織りなす断面は、行儀の良いフォークさばきのお陰で美しく保たれている。

 とはいえ、フローリスの手は震えている。その震えが手元を狂わせないように、フォークを捻じ曲げんばかりの力で握り締めて耐え続けているのだ。

「――飽食で育った僕の舌を、侮るなよ……!」

 遂に最後の一欠片がしたためられると、皿は誰がどう見ても空になった。

「なんと、人間がここまでやるとは……」

 レイドはすっかり舌を巻いていた。口に出したくはなかったが、タリアも同感だった。ここまでされて負けを認めないのは逆に格好が悪いだろう。

「や、やるじゃん……。でもこれで終わりじゃないからね。まだまだやることはあるんだから! えーと次は……」

 ブラウスの胸ポケットからメモを取り出すと、にんまりと意味深長な笑みを浮かべた。

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