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03 一流の魔族なら当たり前

 壁一面に銀製のレリーフを施されているパーティホールは魔界風に上品だ。蔓性植物が円柱を支えにして薄紫色の花を一斉に咲かせている。

 清楚な花に負けず劣らず、若き魔族たちも淡い色でまとめたコーディネートに身を包んでいた。かれらが連れている『飼い人間』も小綺麗な服を着ている。

「これが未婚魔族の見合い会場か」

「しっ」

 タリアはフローリスへ人差し指を立てた。少々神経質に、彼の淡色のシャツの袖をつまんで壁際へ引っ張る。

「必要な時以外は喋っちゃ駄目って言ったでしょ。だらしないって思われちゃうんだから」

「貴様が、な」

「他人事じゃないよ。私はあなたが失礼過ぎたらその場で処罰しないといけないんだから。それが魔族のやり方なの。分かった?」

 フローリスはふてぶてしい態度ながら、もう何も言わなかった。

 ここ数日、タリアはこんな調子でフローリスに魔族社会のルールや習慣を教え込んできた。

 例えば、魔族の強さは角の大きさが指標になることや、強さとは、腕っぷしや魔力だけでなく権力のことでもあること、など。

 ひとえに今日のパーティにフローリスを同行させるためだ。

 魔王妃の館で定期的に開催されるこのパーティは、上流階級の令息や令嬢だけが参加できる交流会で、その主な目的はフローリスが言った通りだ。

 しかしつまらないものではない。伝統あるパーティだけあって、参加者は歴史ある名門の者ばかりだ。洗練された衣装、堂々たる美貌、そして立派な角……王族に匹敵する粒ぞろいの強者たちである。

 かれらに最近の功績を知ってもらうことは、すなわち魔界中に自分を宣伝することと同義だ。タリアはフローリスにこうも教えた、魔族にとって知名度の高さ低さは死活問題なのだ、と。

 タリアはパニエで膨らませている薄紫色のワンピースの、ほとんどない皺を手で払うと、改めてフローリスを率いて会場の真ん中へ向かった。

 王族の登場に、周囲の紳士も淑女も振り返る。驚いたり好奇の目を向けたりという反応は予想内だ。厳密には、レイドの予想だが。そしてこれも事前に予想されていたとおり、皆はタリアの様子を窺いながらひそひそと話し始めた。

『タリア様は滅多に外に御出になりませんから、きっと珍しがられることでしょう。ですがしばらくご辛抱を。御自らお声をおかけになっては品位に傷がつきます。誰かが挨拶に来るのをお待ち下さい』

 レイドの言葉を思い出し、タリアは給仕の盆から悠々と炭酸飲料のグラスを取る。だが、一口目でむせた。

 フローリスの呆れた視線が向けられる。

「格好がつかないな」

「うぅ……変なところに入っちゃった!」

「おい、四人組が見てるぞ。こっちに来る」

 報告を受けたタリアは横目で彼らを確認した。

 四人組は体格が良く背もすらりと高い美青年たちだ。しかも会場で最も大きく整った角を生やしている。

「四魔将家門の人たちだ」

「四魔将?」

「魔王様の部下だよ」

 タリアは小声の会話を切り上げて姿勢を整え、四人の青年たちからお辞儀を受けた。

「ご機嫌麗しゅうございます、タリア様」

「んっ、ごきげんよう」

 炭酸の残りで鼻がツンと痛んだのを笑顔で誤魔化そうとした。

「先日の王宮でのパーティ以来ですね。ですがここでお会いするのは初めてです」

「お母様の館で開かれる催しはどれも素敵だと聞いて、一度は来てみようと思ったんです」

「ええ、今回も素晴らしいパーティですよ。飲み物は変えたほうが良さそうですが」

 先程の失態を見られたらしい。タリアは軽く唇を噛んだ。

 一方、四人は微笑ましそうに話を続ける。

「緊張なさることはありません。ここには優雅な者しかいませんから。タリア様もすっかりここに馴染んでおられるではありませんか?」

 令息たちの目がタリアの斜め後ろを視線で指す。

 早速フローリスを自慢するタイミングがやってきたようだ。咳払いをして、人間を皆に見せた。

「はい。私も人間を飼い始めました。人間王族の王子です」

「王族を?」

 四人は多少は目を瞠った。タリアは欲が出て、自慢気に続ける。

「そうです。お城から連れてきました」

「ほう。それはそれは……」

 より感心を引き出せるかと思いきや、続けられた言葉に虚をつかれた。

「さぞかし丁寧に『躾』をなさったことでしょうね」

「えっ? し、躾?」

「人間と言えど王族なら抵抗力も並ではなかったでしょう。屈服させるために何をしたのか、想像できないのがまた恐ろしいですが、好奇心は止められません。ぜひお聞かせを」

「あ、えーっと」

「その従順ぶりを見るに、かなり創意工夫を凝らして躾なさったのでしょうね」

 今や令息たちの態度には、からかいが混じっていた。悪意はない。彼らは単に、実力による上下関係を重んじる魔族としての本能に刺激されて、血統的には自分より格上だが角は小さいタリアに、自分たちの角の秀逸さを気づかせたくなったのだ。

 しかし、骨猫のじゃれつく爪が軟体ネズミにとっては脅威であるように、今回のお披露目を成功させたくて余裕のないタリアは、彼らの気軽な追及から圧迫感を受けた。負けないように、かつ、この場を切り抜けるためには何か言わないといけない。頭の中に色々な言葉が渦巻いた。

「それは……お教えできません!」

 咄嗟にそう口をついて出た。

 何の策略もなかったが、四人は勝手に言葉の裏を読んでくれた。

「それは本人の前だから、ということでしょうか?」

「え、ええ。そうなんです」

 感嘆が上がったので、タリアは嘘に自信を持ち始めた。

「本人ですら何をされたのかまだ分かっていない、と。なんと恐ろしい」

「そうでしょう? 言ったら台無しになってしまいます」

「だというのに服従を完了させているとは。さすがはタリア様です」

「これくらい魔王の娘として当然のことですから」

 高笑いしようとしたが、喉から咳に似た奇妙な高音が出たので、それ以上はやめておいた。


 王宮の自分の部屋に戻ってきたタリアはソファに寝転がった。

「疲れたぁ」

「お迎えのご挨拶をまだ申し上げていないのですが」

「ただいまぁ」

「お帰りなさいませ」

 ぐぅ、とタリアのお腹が鳴る。レイドは眉を思いっきり上げた。

「砂漠からお帰りになったのですか?」

「え?」

「パーティで食べ物は出なかったのですか?」

「ううん。出たけど……」

 口ごもったタリアの代わりに、フローリスが壁に寄りかかって答えた。

「まあまあだった」

 タリアが理解して体を起こすまでに二、三秒かかった。

「いつ食べたの!?」

「貴様が誰彼と雑談してたお陰で僕は誰にも気づかれずにテーブルへ近づけた。ありがたいことだ」

 いけしゃあしゃあとした事後報告に愕然とする。

 タリアは四人の令息たちとの話が終わった後も、次々と挨拶にやってくる人々の相手に追われて、その場から動けなかったのだ。

「私の分は!?」

「タリア様……」

 レイドは説教を始めかけたようだったが、首を横に振り「何か用意してまいります」と言って部屋を出ていった。

 タリアは再び上体をソファに投げ出すと、つまらなさそうに靴の丸い爪先を揺らし始める。

「それにしても、未婚者のパーティの割に貴様と同年代の者はいなかったな。ほとんどが十歳以上年上のようだったが」

「同年代? どういう意味?」

「だから、貴様はせいぜい十五歳くらいの子供だろう。だが他の者は三十歳前後に見えた」

 子供、という言葉に気づいてタリアは不機嫌に顔を上げ、ついでに返事をする。

「人間の話をされても分からない。歳って何?」

 これにはフローリスが目を瞬いた。

「……ということは、魔族の老い方は時間の流れと関係ないのか?」

 タリアは常識を訊ねられていた。

「どれくらい成長するかはマジカの量で決まるんだよ?」

「マジカ……?」

「角が成長すると体も成長するの。角の成長にはマジカが必要で、自分から発生することもあるけど少ししか湧かないから、他人から伝わってくるのを待ったり、強い人から貰ったりするの。奪うのは法律で禁止されてるからね」

 フローリスはしばらく呆然としていたが、突然目を瞠った。

「なら、魔族は……不老不死なのか?」

「それは法律で禁止されてるよ。魔族は誰でも他人と係わってマジカをやり取りしなきゃいけないの」

 常識破りな魔族の生態を明かされてフローリスはめまいを覚えたが、決して弱みは見せまいと、壁に背を張り付けて耐えた。

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