12 変化の時
夜の魔王都、その裏路地で秘密の取引が行われている。闇商人が相手取るのはフードと仮面で姿を隠した女だ。
商人は小切手を受け取ると、鞄の厳重な鍵を外して中身を見せた。クッションの窪みに満杯の、手のひら程度の小さな瓶が収まっている。
「ご注文の品、マジカ増強薬でございます」
女は瓶をぞんざいに取り上げて赤黒い中身を睨んだ。液体から濃密なマジカの気配を感じる。
「確かに」
メルメナの声だった。
商人は金持ちのお客へ忠告する。
「一度に大量に使うと、マジカの飽和を起こしてしまいます。用法用量をお守りになって――」
「やかましい! 心配などしていないくせに……!」
感情的に一喝し、メルメナは小瓶をローブの下に入れて足早に立ち去った。
次の日。タリアは朝から翼棟中を走り回っていた。廊下で見かけた人や、ドアをノックして出てきた人などに片っ端から尋ねることには。
「フローリスを見てませんか? 金髪の人間です」
――フローリスは行方不明になっていた。朝食の席に出てこないので、レイドが部屋を確認した時に発覚したのだ。
夜中に出かけたと考えるのが自然だが、行き先に心当たりがない。強いて言うなら人間の王国、フォルトナだが、人間一人で魔界を旅するなんて無謀なことをあのフローリスがするだろうか。
とはいえ、どこへ行くにも普通の脚しかない人間ならまだそう遠くへは行っていないはずだ。
……そう考えてタリア家門は朝からフローリスを探し回っているのだが、タリアはまだ何も成果を得られていない。先のように尋ねてもほとんどの人が知らないと答え、稀にある目撃情報は別人のことだ。
「も~、どこに行っちゃったの……?」
本殿へ続く回廊の柱に手を突いてしばし息を整える。
回廊の影の中からだと、昼に近づいた陽光が燦々と当たる中庭は別世界のように眩しい。
時間がどんどん過ぎてゆく。タリアの心に不安が募っていく。
そこへ、本殿の方からレイドが走ってきた。
「タリア様! 見つけました!」
「本当!? どこ!?」
「それが……!」
レイドは急に唇の前に人差し指を立て、付いてくるように身振りで示して本殿の方へ先導した。
目立たない場所にある階段を上がる。これは使用人用の階段で、最上階にしか通じていない。上がった先でいくつもあるドアの一枚をくぐって狭い部屋に入ると、ベロナが窓辺で待っていた。
「こちらです」
近寄って外を眺めてみると、遠くの木立の向こうに魔王軍の訓練場が見える。ベロナが単眼鏡を貸してくれた。
「門の馬車のところをご覧になってくださいませ」
言われた場所を覗く。四脚の馬が二頭繋げられている幌馬車に兵士たちが次々と乗り込んでいるところだ。その脇で、階級の高そうな豪華な鎧の兵士と、兜を脇に抱えた金色の頭の者が話し込んでいる。
「フローリス!? ど、どうして? なんで魔王軍に……?」
「馬は人間界のものですね。馬車も軍用ではないし……」
レイドは自分の眼鏡型拡大鏡を掛けている。
残る兵士と金髪の者も乗り込むと馬車は重たげに車輪を回し始めた。
「行っちゃうよ!」
タリアは部屋を飛び出そうとした。レイドが呼び止め、肩にベロナの手がかかる。
「お待ち下さい! あの部隊は魔王様直下の精鋭部隊です。昨日お褒めに与ったタリア様が今日は魔王様のお邪魔をするなんてとんでもありません」
「……そうだ、昨日だよ。一緒に謁見した時に、フローリスに何かあったんだ! 私、部屋に帰るまでぼーっとしてて……その間にフローリスは誰かと話してた気がする」
喜びで夢うつつだった時のことを思い出そうとするが、ぼやけた場面しか浮かんでこない。
「ひとまず、お部屋に戻りましょう」
ベロナの提案で三人はそうした。
しばらくして三人と同じくフローリスを捜索していた魔人たちも戻ってきたので、全員で情報をまとめた。
「――では、あの馬車は国境の方へ向かったのですね。人間界の方へ」
「あれは人間の使う馬車に酷似していた。人間の国で見かけたものである」
「それと。噂だと。精鋭部隊の隊長。一対一で。ある人間に負けた。らしい」
その人間というのが訓練場に見た金髪の人間なのだろう。
タリアは拳を握った。
「……追いかける。何をするのか見に行く」
「お待ちくだされ……!」
「家門の主として、勝手な家門員がいたら叱らなきゃ! でしょ? それに私はフローリスの『友達』だもの。困ってたら助けるし、間違ったことをしてたら止めるの。それが『友達』だからね!」
「タリア様……」
その真剣さにレイドは圧倒されかけた。ベロナも、魔人たちも、タリアの決意を見届けた。
「オレたちが手伝います!」
「お出かけの準備をしましょう」
ライムが大きな胸を叩き、ベロナがにっこり微笑む。
皆の顔を見回し、タリアは頷いた。
魔王の王宮から人間の王国フォルトナまでは、魔人たちの全力なら片道一泊二日の道のりだが、人間界の馬がひく馬車だと何倍もの時間が掛かるらしい。その原因は魔界の高低差が激しい地形や悪路が、人間界の繊細な乗り物とは相性が悪いことにあった。
フローリスが乗っていると思われるその馬車は、何度も停車して車体を点検したり、馬を休ませたり魔法をかけたりして、のろのろと進んだ。野営が続くと兵士たちは苛立っていった。
一方、タリアたちは気をつけて馬車の遥か後方にいた。馬車が加速すれば魔人たちが飛び、減速すれば歩き、野営すれば合わせて野宿して、常に付かず離れずの距離を保っている。
尾行生活は今日で九日目。タリアたちは朝もやの中で朝食をとっていた。地図によると、そろそろフォルトナの国境だ。
「――でも、あの馬車が人間の国に忍び込むための偽装なら、国境の手前に置いておいて乗り換えたらいいんじゃない?」
タリアは携帯食料の一口大のビスケットを食べながら、口が空いた合間に言った。ガルが返答する。
「魔族国民にも悟られないようにであろう。極秘作戦に違いあるまい」
「フローリスが必要な、そこまでの作戦って何?」
「ふむ。人間の王国と貿易を始めるための交渉、などだろうか」
「それなら兵士ばっかりだとよくないんじゃないか? 戦争に来たと思われちゃうぞ」
ライムがもっともな反論をする。
「戦争……」
その一言がタリアには引っかかった。
セルタが声を出した。朝もやの向こうを熱感知ゴーグルで監視していたのだ。
「動き出した」
それを合図に四人は小さなキャンプ地を撤収して追跡を再開した。
馬車はその日ついにフォルトナ王国の国境を超えた。壁のように国を取り囲む山の向こうには、人間界らしい青々とした草原が広がっている。タリアは初めて見る風景だ。
「綺麗……これが人間の国」
ここに比べたら魔界の環境のなんと険しいことか。人間界は遥か彼方に霞んで見える山の形すら柔らかく見える。
やっと得意な土地に戻れた馬車は軽やかに草原を抜けていった。
それから丸一日、徹夜で走り詰めた。兵士たちが馬車から出たら侵入したことがバレると思ったのだろう。同じくバレたくないタリアたちも人里を避けながら徹夜で追った。
そして十日目、馬車は王都へ入っていった。湖の真ん中に建てられた城塞都市は、一本の巨大な橋によって街道と繋げられている。
「どうしますか?」
タリアはまだ遠くの丘の上に立ち尽くしていた。
今までの出来事が思い浮かぶ。
フローリスは美しい人間の王子だった。意外と強くて、賢くて、魔族にも負けなかった。そんな彼を魔界へさらってきたことは彼にとって悲劇だと思っていた。
でも今はなんとなく疑わしい。
あの瞳の奥に暗いものが隠れていたように。
どこまでが本心で、どこからが計略だったのか?
そして今日の目的は?
「上から入ろう」
タリアは城壁を見上げた。
懐かしい市街地のざわめきが馬車を包む。朝の市場の呼び込みが人々を活気づけている。
帰ってきたのだ。その安堵と緊張感でフローリスは少し目を閉じた。景色は暗くて狭い馬車の中とさほど変わらなかったが。
魔族の兵士たちも、彼らなりの感性で目的地に到着したことを喜んでいる。狭い馬車と不便な野宿生活によって溜め込まれたストレスはあまりにも大きい。
馬が速度を落とし始めると、にわかに外がざわめいた。
「御者がいないな。どうしたんだ?」
「すごく疲れてるみたい」
無数の水滴が水面を叩く爽やかな音が聞こえる。フローリスの記憶力がすぐに噴水広場の景色を引き出してくる。縁に何人もの人が座れるくらい大きな、フォルトナ自慢の美しい広場だ。
優しい市民たちは、走り詰めてへとへとの馬を気遣ったり、不審な馬車を取り囲んだりしているようだ。
フローリスは心を少し凍らせた。
「行くぞ」
その一言で魔王軍の精鋭部隊は幌馬車から弾け出た。
紙細工のように破かれた馬車とどす黒い重装鎧の集団を目の当たりにした市民たちは、一拍遅れで悲鳴を上げた。さらに、兜から突き出ている一対の角に誰もが気づく。
「魔族だぁっ!」
街は混乱へ叩き落された。
魔王兵の何人かが逃げ惑う人々をかき分けて市場の屋台に向かい、生肉や酒を取って食らう。やっとフローリスも馬車の残骸から降り立つ。
「遊ぶ時間はない。城はあちらだ」
新しい隊長の指示を、副隊長が皆に手振りで伝える。
噴水広場は背の高い住宅に囲まれているが、王城は屋根の上に見えている。そこへ至る道は、助けを求めて遠ざかっていく声が皮肉にも教えている。
頭に角飾りが付いている兜を被り、フローリスは隊を先導した。
王城には早くも知らせが届いていた。玉座の間でヨーゼフ王は目を剥いて聞き返す。
「魔族の攻撃だと!?」
「はい、十人ほどの部隊が城へ近づいているとのことです。衛兵が動いてはいますが……」
国防大臣は言葉を続けるのを嫌がった。歯止めが利いていない事実を口にする勇気がないのだ。
王は玉座で濃い色の頭を抱えながらも命じる。
「市民を避難させよ。しかし都の外には出すな。魔族の増兵に備えて門を封鎖するのだ。それから城の防備を固めよ」
「ははっ」
大臣はたるんだ体で重たそうに走っていった。
それを見送ると、王はおもむろに立ち上がる。
「王妃と王子に話をしてくる」
そう言い残して玉座の間を出ると、探すまでもなく二人はすぐ外に来ていた。
「父上! この騒ぎは一体何ですか?」
車椅子に乗っている王妃の後ろで、王子エメレンスが腕を広げる。大きな羽飾りがついた帽子と派手な格好のせいで、そういう鳥が威嚇しているかのようだ。
「魔族が街を攻撃しながら、ここへ向かっているのだ」
「魔族ですって!? 確かなのですか? ちゃんと角がありましたか?」
「おまえは王妃と共に逃げるのだ、エメレンス。王妃の故郷へ向かえ」
エメレンスは自分と同じ紺色の目から発せられる圧力で言葉が詰まった。王妃はかろうじで声を出す。
「陛下は、どうなさるの?」
「私は自分の都を守る。まだ民がいるからな」
不安と心配で顔を歪ませる二人へ、王はふと表情を和らげた。
「色々あったが、私たちは家族だよ。残りの家族だ……貴方たちまで失いたくない」
「……ヨーゼフ様」
王妃は少女のような涙を一粒こぼし、車椅子から体を伸ばして王に抱きついた。
「無事でいてくださいまし。そして私たちを呼び戻してください」
「ああ、必ずだ」
エメレンスはその光景をどこか遠そうに見つめていたが、そっと両腕を回して二人に重ねた。
その後、エメレンスと王妃は近衛兵に連れられて秘密の地下脱出水路へ案内された。手漕ぎ船で進むと王都の水路を通って湖へ出られるという。
先に脚の悪い王妃が乗せられて車椅子も積み込まれた。
「エメレンス、お乗りなさい」
しかしエメレンスは水路から後ずさった。
「父上と一緒に城に残ろうと思います。お母様は行ってください」
「何を言い出すの……?」
「僕も二人の息子ですから。将来王になる男ですから」
王妃は目を瞠った。エメレンスは母の唇が頑として動かないと見ると、後ろ向きに助走を始める。
「では……また」
「エメレンス!」
悲痛な叫びが地下に響く。階段を登っていくエメレンスの背中は止まらなかった。
魔王軍精鋭部隊はまるで坂道を転がる巨岩のように王都を進んでいった。魔族の中でも特に鍛えられた兵士たちが大剣や大鎚を振るえば、道を塞ぐバリケードも、王国軍の大盾部隊も、積み重なった皿が雪崩れるように崩壊して吹き飛んでしまう。
この力があれば魔王は数日で世界中を支配できそうなものだが、魔族が本当の蛮族だった時代は今は昔。現代の世界は持ちつ持たれつで力の均衡を保っている。
しかしその社会も今日で終わるかもしれない。
――きっかけはタリアなのだ。
フローリスがさらわれたことはフォルトナに衝撃を与えた。一方、フローリスの身柄を末娘が手に入れたことは魔王にとって嬉しい誤算だった。駒があれば、国境を接するフォルトナに揺さぶりをかけられる。
『人間王族の獲得に成功し、魔界に有利をもたらした』……魔王スコルドがタリアを褒めたのはそういうことだったのだ。
そしてフローリスは我が家に戻ってきた。
城門には鉄格子が降りており、手前に王国軍の分厚い陣形が待ち構えている。
「どうする? 王子サマ」
副隊長が形だけ指示を仰ぐ。魔王兵たちは得物を既に構えている。
「正面突破だ。門を破れ」
魔王兵たちは突進した。
王国軍の防衛陣がなぎ倒され、鉄格子が歪んだ音を立てて揺らぐ。
「全員でかかるんだぁ!」
副隊長の掛け声により魔王兵たちは一度集合し、合図で一斉に鉄格子へ体当たりした。門のアーチを崩しながら鉄格子が外れて地面を叩きつける。
「よっしゃあ!」
魔王兵たちは拳をぶつけ合って喜んだ。それを無視してフローリスは王城へ足を踏み入れた。
我が家が壊れるのを見るのが辛くない訳ではない。だがその辛さの正体は、魔族に蹂躙されることへの腹立たしさであって、悲しみではない。
ここに思い出は少ないから。
城へ入るための扉の前にもバリケードと防衛陣形が張られている。だが次の趣向は今までとは一味違った。今しがた破った門の外、前進中は見えなかった角度から、大砲が数門現れたのだ。
「撃てぇーッ!」
フローリスは振り返っただけで逃げようとはしなかった。なぜだか、一発も掠りもしない気がしたのだ。単に命知らずになっているだけだが、しかし実際、砲弾は魔王兵たちにばかり直撃した。
鎧が凹んでも精鋭部隊は倒れなかった。それどころか激怒している。そのまま武器を振るわれたら、今までの快進撃がお遊びだったことになるだろう。
「おい、分かっているよな? この国は魔王に明け渡すんだ。あまり傷つけるな」
「背中を攻撃する卑怯者を見逃せってか!」
「口で言って分からないのか?」
剣を抜くと副隊長は少し怯んだ。部隊員たちも冷静さを取り戻したようだ。
「王を探してくる。お前らの武器は城の中では不利だろう」
フローリスは一人で扉をくぐった。
外の騒ぎが嘘のように城の中は静かだった。逃げられる者は逃げてしまった後なのだろう。剣を手に下げたままフローリスは玉座の間へ向かった。
「覚悟ぉッ!」
突然、左右の柱の陰から二人の近衛兵が斬り掛かってきた。フローリスは一旦後ずさってかわし、相手の素早い二撃目を刃で受け流した。
「くっ……」
少し腕が痺れる。魔族への怒りと憎しみが攻撃を重くしているのだ。
相手が誰とも知らず、近衛兵たちは休む暇のない剣戟を繰り出す。フローリスの足さばき、剣さばきはそれをいなし続けた。
「この!」
結末へ急いだ片方の近衛兵が大振りになった。その隙を見逃さず、空いた胴体を柄頭で突いた。
彼は戦線を離脱し、残るは一人。味方がいなくなっても冷静な立ち回りで一対一の勝負を仕掛けてくる。
だがここで時間を食うつもりはない。
「たった一人で何ができる? 投降しろ」
近衛兵はこちらを睨んだまま首を横に振る。なのでフローリスはわざとらしくため息をついた。
「強情なやつだ。こっちはまだ二人だというのに」
「……?」
「やれ」
近衛兵の後ろへ顎で合図を送った。
勿論誰もいない。だが相手は万が一を心配したのだろう、集中力を切らしてしまった。
その僅かな虚ろにフローリスは剣を突き出した。
近衛兵は間一髪、刀身で身を守るが、大きくバランスを崩して柱に背中がつく。
次の刺突は近衛兵の肩の側を狙った。柱が中腹からひび割れて、上半分が天井から外れて倒れてくる。
近衛兵は床を転がってそれを回避した。
すぐに辺りを見回すが先程の相手の姿はもうない。
「……今のは……」
見逃されたこと、太刀筋、身のこなし。ある人物がぼんやりと頭に浮かびそうだった。
一方、フローリスは玉座の間に到着していた。
侵入の仕方が堂々としていたせいで、大臣たちは理解が及ぶのに少しかかったようだ。
「……ひぃぃっ!?」
中には椅子ごとひっくり返ってもがく者もいる。無様だが、逃げていないことには感心した。
単刀直入にヨーゼフ王へ切っ先を向ける。
「国を渡せ。そうすれば見逃してやる」
王はこちらを見据えたまま、少し硬直していた。ややあって大臣たちに言う。
「皆は行ってよい。私一人で話しをつける」
「へ、陛下、しかし!」
「家族の元へ帰るがいい」
大臣たちは顔を見合わせると、結局我先に玉座の間を出ていった。
王が立ち上がる。フローリスは剣を鞘に納め、兜を脱いだ。息子の顔を見たなり、王は腑に落ちたような、寂しいような、複雑な表情を浮かべた。
「生きていたか、フローリス……」
「はい。このように」
「だがこれは反逆罪だ。どうするつもりだ?」
ヨーゼフは柔和な父の顔で訊ねる。あまり見たことのない様子なので、フローリスの心がちくりと痛む。
「すみません、父上。ですがもうこの国の法はあまり関係ないのです。自分の国を裏切るような人間を、きっと魔王も信用しないでしょうから」
「……よりによっておまえが、魔王の手助けをするとはな」
「いいえ、頼まれたのではありません。僕が提案しました。この国を変えたくて」
ヨーゼフは自分を納得させるために頷く。
「おまえはいつも意見を持っていた。聞こうか」
「以前言ったことと同じです。それを今日、改めて感じました。王はずっと前からいないのです。政治は貴族たちに弄ばれ、民は守られておらず、行方不明者が後を絶ちません。この城を蝕む堕落が、国全体に広がっています。変わるべきなのです」
聞き終えて、言葉を噛みしめて、ヨーゼフは仄かに微笑んだ。
「あの日は怒鳴り合いになったな。おまえが消えてしまったあの日……」
頭の王冠を外して玉座に置き、歩み寄りながらフローリスへ手を伸ばす。
久しぶりに、その手が次男の頭を撫でた。
「おまえがもう少し早く生まれてくれていたらな」
フローリスは初めて父の温もりを感じた。




