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11 将来の夢はなんですか

 開放感でため息をつきながら、近くの長椅子に腰を下ろす。

「はぁ。あーあ、せっかく作ったドレスがもう着られなくなっちゃった。これを嬉しい悲鳴って言うのかな?」

 振り返るとフローリスはそっぽを向いていた。代わりに彼が着ていた長いコートが体を包む。

「みっともない」

 恥ずかしがっているのか、嫌がっているのか。どちらにしろ、魔族の『成長』を目の当たりにした人間の反応は新鮮だったので、しげしげと眺める。

 その視線をうっとうしそうに手で払い、フローリスはバルコニーの手すりに凭れかかった。

「良かったな、縮まなくて」

「……確かに。皆の目が光った時はびっくりしたけどね。消し炭にされちゃうかな~って思った」

「随分のんきだな」

「だって、庇ってくれて嬉しかったから。格好良かったよ、フローリス」

 フローリスが振り返って見ると、当然のように見つめ返される。タリアにしてみれば、素直な言葉を口に出すのに頑張る必要はないのだ。

 そんな純粋さがフローリスは少し羨ましかった。同じことができそうになくて、照れ隠しのために言葉を使った。

「おまえ、僕に甘える癖がついてないか?」

 タリアははにかんで、しばらく考えたり、思い出そうとした。

「そう言うならそうかも」

「まさにそういうところだぞ」

 タリアは笑った。ただの言葉遊びのようなものだからだ。

 ホールから聞こえていた一曲目が終わる。拍手が起きて、二曲目が始まる。寂しいが、服も靴も合わなくなってはもうパーティに戻ることはできない。

「結局ドレスへの反応はあんまりもらえなかったなぁ。注目はたっぷり浴びたけど」

「……あんな連中に取り囲まれて、嬉しそうだったおまえの気がしれないよ」

「みんな偉い人だよ?」

「だとしても……頭が薄かった」

「それがすごいんだよ! マジカが多い証拠だもの」

 フローリスは思いっきり渋い顔をした。

 タリアにダンスを申し込んだ男たちの見た目は、人間で言うと下が二十代後半、上が五十代くらいだった。

 魔族は角があるため帽子を被らない。しかも見た目年齢が力を示す。よって、角は盛大に飾り立てても、髪の薄さはむしろひけらかすのだ。

「十歳そこらの子どもに権力欲まみれの節度のない大人が群がることが、どうして許されるんだか……」

「また歳とかいうやつの話? 人間の感覚は分かんないな」

「将来結婚するとして、相手が皺だらけの爺さんでも構わないのか?」

「四魔将みたいな? すごい玉の輿だよ、それ」

 もうフローリスは首を傾げるしかない。それがタリアには尚更理解できない。

「じゃあ逆に聞くけど、皺だらけの人と今の私がもし結婚したら、どんな悪いことが起こるの?」

「……分からない。もう分からなくなってきた。確かなのは、人間と魔族は違いすぎるってことだ」

「あ、フローリスは知らないよね。魔族は結婚すると、二人のマジカ量が同じくらいになるように分け合うんだよ。それが結婚の誓いなの」

 フローリスは新たな情報に頭を抱えそうになった。

「いや……でも今の話で分かった。歳とかマジカだとか、そんなことはいいんだ。僕はただ――」

 ちら、とタリアを気遣うように一瞥して、続ける。

「結婚するなら自分の理解者がいい、と思っている。国や家族のためもいいが、味方にならない奴と結婚したら、軽んじられるだろうから」

「……そうなの?」

「と、レイドが言っていた」

 次はタリアが首を傾げる。

「どーいうこと? 冗談?」

「本当だ。いや、その『本当』ではないが……でも広い意味では同じことを言っていたはずだ。多分」

 謎は深まったが、タリアは一つだけはっきり分かった。

「フローリスは私の将来のことを考えてくれてるんだね」

「……別に、自分のついでだ」

 もうすっかり夜になった闇色の空を見上げる横顔を、タリアは月のように眺める。

「じゃあ自分自身は将来どうするの?」

 すると、フローリスには珍しく、少し言い淀む時間があった。

「僕は王にはならないが、利があるなら結婚もするだろう」

「相手は誰でもいいの?」

「夢は持たないことにしている」

「ふーん……」

 しかし実際に妻ができたらフローリスはその人をそれなりに大事にするのだろう、とタリアは思う。

 見たことのない人間の王国を想像する。豪華な部屋で、金髪の人間たちに囲まれて、いつもの無表情のフローリスと姿のない女性が向かい合う場面を。

 でも、その白々しさを惜しいと感じるのは、どういう意味だろう。

「とはいえ、今は帰国できるかどうかも怪しいが」

 フローリスは片方の肘を手すりに突いて、ぼんやりしているタリアへ向いた。

「どうした?」

「……ん、ううん。もう帰ろっか?」

「こう早いと悪いんじゃないか」

 主催への礼儀を言っているのだ。

「後でお詫びの手紙を送るよ。レイドにいい感じの文章を考えてもらって」

「執事は大変だな」

 二人は屋敷を辞して帰路についた。


 数日後、王女たちの翼棟はにわかに賑わっていた。廊下や庭などあちこちに、立ち話をしている風の少人数が集まっている。家門の長である王女とその侍女たちなのだが、よく見れば角の無い男女が混じっている。

 最近、王族や貴族の間では人間を友達として連れ歩くことが流行していた。普段は表に出さない『飼っている』人間に貴族のように豪華な衣装を着せて、一緒に出かけたり、お茶をしたりしているところを見せびらかすのだ。

 本当に友情が存在するわけではない。衣装を用意できる財力を誇示したり、家門員の多さで周囲と差をつけるために利用しているだけだ。

 とにかく、そのため翼棟は一見すると人が増えたように感じられた。

「――また成長したんじゃないか?」

「え、そう?」

 タリアは座っている自分を見下ろしてみる。

「そうかなぁ?」

「さあな」

 フローリスはちぐはぐな返答をしながら、盤上の塔の形をした白い駒を進めた。どうやらからかわれたようだ。

「ちょっとー、こういうの禁止」

「ただの雑談だろう」

「私の番の時はしないでねっ」

 二人は遊戯室でマス目が描かれた板を挟んで向かい合っている。『人間の友達』が流行っているお陰で二人は出歩きやすくなったが、人混みを避けた結果、比較的空いている場所に流れ着いたのだった。

 魔王軍を模した駒たちを睨み、タリアはじっくりと先の展開を予想する。

「まさか流行の火付け役になるとはな。あのパーティで随分挽回したな」

「…………」

 タリアは手を駒の上で彷徨わせる。

 やっと決めた駒に指をかけようとした時、またフローリスが口を開いた。

「何か聞こえないか?」

「もうっ! 妨害行為禁止!」

 と、痺れを切らしたタリアだったが、遠くからカラコロと耳障りの良い音が聞こえたので、一旦手を止めた。

「……魔王様の招聘だ。魔王様にマジカを分けてもらえる人のお迎えだよ」

「手柄を立てた褒美、ということか?」

「そうだよ。でも国のためになるような、すごく偉いことをしないと貰えないの。誰のお迎えだろう?」

 タリアは野次馬をしに廊下へ出た。フローリスもそれに続く。

 音は段々と近づいてきた。他にも廊下へ様子見に人が出ていて、誰彼の名前を噂している。

 やがてローブ姿の数人が廊下の角を曲がって現れた。音の正体は、紐で垂らした大きな鈴だ。見物人の群れがかれらの後ろにくっついている。まるでパレードだ。

「すごい盛り上がりだな。魔王直々にマジカが貰えると、何が起こるんだ?」

「それはもちろん、家門の地位が上がるんだよ。いい部屋に移れるかもしれないし、本殿に取り立てられて魔王様の側で働けるかもしれないし。とにかく何か良いことがたくさん起こるんだよ」

「……こっちに来るぞ」

「睨んじゃ駄目だよ、フローリス」

 タリアはなだめるように笑った。その笑いが固まって、急速に引っ込んだ。

 招聘の列が目の前で止まったからである。

「魔王スコルド様より、あなたへ本殿へのご招待が届いております。タリア様」

 全員が大きなフードの中の暗闇をこちらへ向けている。

 目を瞠って硬直してしまったタリアを、フローリスが肩をつついて解凍した。

「あっ……あ、恐れ入ります」

「『お友達』もお連れください、とのことです」

「は、ハイ。お連れ……します」

 ローブの列はぺこりとお辞儀をすると、鈴が鳴らないように抱えて去っていった。

 一部始終を見守っていた群衆がざわつきながら解散していく。

「……タリア、これは――」

 フローリスがにやりと笑う。

「面白い展開だな」


 タリアは数日後、部屋まで来た迎えの駕籠に乗って出発した。体型が変わることが予想されたので、服は着ず、長く引きずるほど大きなローブを頭からすっぽり被った。

 付き添いとして呼ばれたフローリスも、失礼がないようにとレイドが用意した新しい服を着て、迎えの列に加わった。

 魔王が住まう本殿とは、王子や王女が住む翼棟を左右に携えている建物のことを言う。謁見室はその建物の深部だ。

 タリアが最後にそこへ行ったのは生まれた直後だった。誰かがいないと移動はおろか食べることもできなかった未熟期初期のことだ。当然、覚えていることはない。だから今日が初めて魔王に、父に会う日と言ってもいいようなものだった。

 駕籠が大きな扉の前で止まった。タリアは駕籠から降り、フローリスと一緒に開けられた扉をくぐった。

 フードで狭まっている視界に足元の真っ赤な絨毯が見える。進んでいくと、荒々しい形の黒い台座があり、その上には大きな玉座の脚と、座っている人の足元が……見えたのはそこまでだ。

 だが、前方に感じる強い圧が、魔王の存在を確信させた。

 タリアはローブの中で膝を突いて最上級の礼をした。フローリスは人間として立ったまま頭を下げる。

 台座の脇に控える大臣が書状を広げた。

「魔王スコルドの娘、タリア。人間王族の獲得に成功し、魔界に有利をもたらした功績を認め、魔王スコルドより、これを賞する」

 玉座から人が立ち上がる気配がした。杖をつく硬質な音が鳴る。

 やがて、タリアは自分へ膨大なマジカが流入してくるのを感じた。その感触は、心地よい湯の流れのようでもあり、無数の棘に撫でられるかのような辛さもある。全身の神経が震え、気が遠くなり……。

 ……視界が暗転から戻ると、ローブの中で床に手をついていた。身じろぎしてみて、そのローブが小さく感じることに気付く。しかし事実はそうではなく、当然、タリアが大きくなったのだ。

 角がフードを持ち上げるせいで視界が広がっている。手足が以前より長い。腰が丸くなり、くびれがはっきりしている。胸は揺れるし、柔らかい。

「わー……」

 ローブの下で変化を堪能していたところ、大臣の咳払いに邪魔された。まだ魔王が着席していないのだ。タリアは再び膝を突いて頭を垂れた。

「多大なご褒美をお与えくださったことを、感謝いたします」

「面を上げよ」

 父の声はか細く、震えていた。

 それもそのはず。フローリスから見れば、魔王は非常に高齢だったからだ。背中は曲がっており、杖を握る手は皺だらけ。体は細く、強めの風が吹けば倒れそうだ。

 頭の左右から突き出ている巨大な二本の角が無ければ、だが。

 剣士の腕くらい太く、長さは片手剣の刃渡りほどもある。表面には年輪のような細かな溝が刻まれており、鋭い先端はほとんど真っ直ぐ上へ向かっている。

 アンバランスな姿を保っていることの不気味さが、フローリスに魔王を畏れさせた。

 一方、タリアは呼びかけに応えるため、恐る恐るフードを頭から脱ぎ、魔王の白い髭に覆われている顔を見上げた。

 他人のようでいて、しかし、父だと思うと自分に似ている気がする。

「タリア、よくやった」

「……!」

 嬉しすぎて目眩がした。


 新しい住まいは翼棟の二階、ドアがいくつもある部屋だ。駕籠に乗って到着した時にはもう引っ越し作業が終わっていた。

「タリア様ーッ! お帰りなさーいッ!」

 魔人のライム、ガル、セルタが揃って出迎える。新しいリビングは花とリボンで可愛らしく飾り付けされていた。

「うわぁ、ただいま。これ皆でやったの?」

「やると言って聞かなかったものですから」

 レイドが苦笑する。そのいつものコートの胸ポケットにも花が挿してある。

 タリアは相変わらずあどけない笑顔であたりを見回した。

「すごく嬉しい! ありがとう、皆」

「今日は忙しいですよ。さ、こちらへ。侍女が待っています」

「え、ついに私の家門にも侍女が!?」

 寝室へ駆け込み、その広さにも感動したが、クローゼットの片付けをしていた侍女が自発的にお辞儀をしてくれたことに感慨深さを覚えた。彼女の角はタリアより僅かに小さい。

「初めまして、タリア様。ハーミアの娘、ベロナと申します。よろしくお願いいたします」

「よろしくね! お姉ちゃんだと思ってくれていいよ!」

「まあ! うふふ」

 ベロナはおかしそうに笑うも、絶対にハイと言わなかった。そこに母のハーミアの影を感じ、手強い相手だとタリアは悟った。

「ところで、母から預かった手土産がありますの。お召し物が揃うまでどうぞ、とのことです」

 そう言ってクローゼットの戸を広げて見せる。今の体格で着られそうなブラウスとスカートや、丈の長いワンピースなどが数着ハンガーに掛かっている。

「すごく助かるよ。ハーミア姉様の昔の服?」

「はい。母には私もたくさんおさがりを貰ってきましたわ。これで足りなければ私の服もお貸ししますね」

「ありがとう。あぁ、やっと胸元が開いてる可愛い服が着られる」

 タリアはこの先に待ち受けるたくさんの楽しみを思って、期待を募らせた。

 一方、リビングではお祝いのための茶会の準備がレイドの指揮で進められていた。厨房からカートに載せられてきた菓子をフローリスが並べ、食器類は魔人たちがああだこうだと言いながら配置していく。

「ナイフじゃなかったっけ?」

「否、スプーンが最も右である。思い返せば、我が宮廷のスプーンは顔が映るほどに磨き上げられていた……」

「出た。出た。昔の自慢」

 三人はふと、フローリスの様子が普段と違うことに気づいた。手を動かして仕事をこなしてはいるが、心ここにあらずの表情をしている。

「なんだと思う?」

「魔王陛下の御威光に屈して腑抜けになったのだ。当然」

「いや。多分原因は。主様の。ぽよんぽよん……」

「なんと!」

「でも実際さ……」

 魔人たちがひそひそ話し合っていると、寝室のドアが開いて女性たちが出てきた。

「わ~! ケーキがたくさん!」

 男性たちの視線がタリアに釘付けになった。

 純粋そうに目を輝かせているが、成熟期の身体のせいで、もう微笑ましいとは思えない。

 人間で言うなら二十歳くらいだろうか。

 薄化粧をしたみずみずしい唇。ブラウスの上からでも分かる豊かな胸元。スカートで引き締められている細い腰と、腰の厚みの対比。

 今までの愛らしい妹分はもういない。魅力的で、蠱惑的な女性に進化してしまったのだった。

「ん……どうしたの皆?」

 無言の家門員たちに問いかける。それをきっかけに、止まっていた時が動き出したように魔人たちはもじもじし始めた。

「お、おいしそ~ですねっ」

「美しく、瑞々しく、甘い香りがかぐわしい」

「罪深……」

 レイドはほろりと感涙する。

「タリア様……お美しゅうございます。不祥私め、感無量です」

「ありがとう」

 ふと、じっとこちらを見つめるフローリスと目が合った。表情は無いが、瞬きが多い気がする。タリアは『友達』へ笑いかけた。

「フローリス。ありがとう」

「……まだ何も言ってないが?」

「えへへ」

 フローリスは呆れ半分といった顔で目を逸らした。あるいは、目が泳いだのか。

 今は深く考えないことにして、タリアはわざと無知そうに振る舞い続けた。

「もう食べていいのー?」

 席について、クッキーに手を伸ばす。

 その手首には黒と朱色のビーズが連なるブレスレットがぴったりはまっている。

 同じテーブルを囲むのは、お茶の準備を急ぐレイドと、新しい仲間の侍女ベロナと、今日は特別に同席する騒がしい魔人たち。

 そしてフローリス。

 一つの完成形に至った達成感を味わった。


 夜に飛び回る蝶がいる。人間の世界にはいない、青白く光る蝶が。

 夜更けの窓をフローリスは見ていた。

 新しい住まいでは小さいながらも専用の部屋を与えられたため、今夜からはプライバシーの保たれた眠りに就ける。だが、フローリスはベッドの上で枕に凭れて、ただ起きていた。

 時々、手の中のカードをもてあそぶ。二つ折りになっていて、真っ赤な封蝋がなぜか内側に押してあった。

『フォルトナのヨーゼフ王の二番目の息子フローリス殿

 今夜二時、用事あり。お呼びいたす。

 魔王スコルド』

 これはタリアと一緒に謁見室を出る時に、大臣を通じて手渡されたものだ。その時タリアは放心状態で気づいていなかった。

 魔王がフローリスをも呼びつけたのは、これを渡すためだったらしい。フローリスはこの予定のために、寝衣には着替えずに時が過ぎるのを待っているのだった。

 置き時計がもうじき二時を指し示す。

 しかし、一人で外出したことを知ったらタリアはどう反応するだろうか、と詮無いことを思った。

 その時だ。カードの封蝋が少し光って、体が強烈な浮遊感に包まれる。

 瞬間後、フローリスの腰は柔らかすぎる座面に沈んでいた。景色は一変している。書斎だろうか。赤くて薄暗い炎が暖炉に燃える部屋だ。古いが美しい調度品に囲まれて、こちらに背を向けるソファの上に二本の角が聳えている。

 次に、気流が止まった。さらに暖炉の炎が動きを止め、音もしなくなる。しかし魔王スコルドの声は耳に届いた。

「おぬしに伝えるべきことがあってな。他の者は後に知ればよいことだ」

「……これは何が起こっているんですか?」

「余とおぬし以外の時間の流れを堰き止めておる」

 担がれているのだろうか。だが問題はそれではない。

「僕に伝えるべきこととは?」

「近々おぬしの国を余のものにしようと考えておる。兵を差し向けて王を討つつもりだ」

 フローリスは頭を殴られたような衝撃を覚えた。

 理解を終え、最初に発したのは笑いだった。

「この時が来るのを待っていました。もっと長く待つかと思いましたが」

 魔王が僅かに振り向いたのが角の動きで分かる。

 フローリスは弾みをつけて立ち上がった。

「僕に兵を貸してください。あなたの代わりに王城を陥落させ、フォルトナを魔族へ捧げましょう」

 忠誠心はないが、嘘偽りのない裏切りの宣言である。

 魔王にその真意は分からない。

 しかし強大な力を持つ魔王にとっては人間の腹積もりなど瑣末事だ。

「よかろう」

 魔王は杖を支える手の甲を叩き、フローリスが持つ封蝋をまた光らせた。

 そして炎が踊りだす。

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