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01 タリア家門、繁栄のために

 紫色に燃える蝋燭を掲げたシャンデリアの下、黒い大広間で人々の角を覆う金や銀の装飾が冷たくきらめく様子が星空のようだった。

 中でもひときわ豪華に着飾っているのは、ねじれており、長くて、太い角を持つ四人の老人たちだ。それぞれの色味や形に合わせて巻きつけられた宝石や金属、貝殻細工が誇り高く輝く。

「どちら様も相変わらず順調のご様子ですな」

「そうと言いたいところですが、サーペント海域での『収穫』が少々渋くってねぇ」

「最近あの辺は海賊が出没するそうですね。怖い怖い」

「おや、もしやその海賊船はどこかの家紋を掲げてやしませんか?」

「まさか。人間が使う旗と見間違えなさったに違いありません」

 老人たちがわざとらしく笑うと、周囲に控えるそれぞれの家門の一員たちも同じようにした。

「ところで不肖わたくしめ、いよいよ鈍くなって参ったようで、今日のパーティは何が目的なのか見当がつきません。何かお心あたりはございませんか?」

「ご冗談を。しかし私もはっきりとは申し上げられません。ご家族総出であるところから、陛下のお子様たちに関するものではないかと推測しますが」

「またお一人、王位継承権を持つ者が現れるとか?」

「皆様お上手ですこと……いえいえ、他意はございませんとも。お察しできずとも無理はないことかもしれませんからね。つまり、今日は久しぶりに末姫様がお目見えしておられるのです」

 四人はこっそり振り向いて、人々の隙間からその少女の姿を覗いた。

 魔王と同じ深紅の角を持つ末娘タリアは、王家の旗の下で彼女の大勢の家族と一緒に来客の挨拶を受けている。とはいえ実際には、お客たちの目にタリアは映っていないかもしれない。隣の姉に肘で押しのけられて、今にも壇から転げ落ちそうだからだ。

 それを気に掛ける者は誰もいない。タリアは均衡を保とうと華奢な体に力を入れながら、姉のドレスを限界まで引っ張って落下しまいと孤軍奮闘している。

 その肩上までの黒髪を散らして必死に耐えている様子から、四人の老人たちは目を逸らして、一様に同じ表情を浮かべた――失望を。

「見ましたか、あの棒きれのような細っこさ。十年前と何も変わっていない」

「二十年前から変わっていませんよ。角もまるで人間が使うという帽子掛けのようではありませんか」

「何なら三十年前と比べて縮んでいたりして……。どなたか最近の功績をご存知じゃありませんか?」

「さて、この四十年間で何か噂があったかどうかも……」

 老人たちも、それぞれの家門の老若男女も顔を見合わせる。静かで虚しい答えだ。

「両陛下のお目が少々遠かったのでしょうな」

「であれば、よその家門に預けて育てればよかったでしょうに」

「それ以前に、あの方自身に欲がなければ育ちませんよ」

「全く、最近の若者はすぐ怠けて……」

 四人の批評は延々と続いた。


 パーティが終わり、その日の正午過ぎ。タリアは自分の部屋に戻るとワンピースを着たままふかふかのソファへ不機嫌に身を投げた。

 青い角に細い鎖を巻いた執事のレイドが軽食をテーブルに配膳する。

「サンドイッチと果物……嫌いなパーティを乗り切ってきたのにこれだけなのぉ?」

「今回も会食に出席せずに腹ペコでお帰りになるとは、さすがに予想がつきませんでしたので」

「もー、毎回毎回誰も魔王の娘をエスコートしないんだから!」

 レイドは、不貞腐れつタリアをいたわしく思って、白い口ひげの下で口をつぐんだ。

 座面に片方の肘を突いても、行儀について何も言われないのを良いことに、タリアは空いているもう片方の手で葡萄の粒をちぎっては口に入れる。そんな乱暴な食べ方でも、一級品の葡萄は香り高い。

「まあいっか。仕事は済んだし……」

「しかしタリア様、これだけは申し上げますが、今のままでは今まで通り配下は一人も増えませんよ。この数十年間、タリア様はまるで時が止まっているかのようです。縁談の一つも来ませんし」

 緩みかけていた表情筋が、また不機嫌な位置へ向かう。

「消化不良になりそうなこと言わないでよね」

「ではお腹を真っ直ぐになさってください」

 そう言いながらレイドはお茶を淹れる。タリアは言われたとおりにのそのそと体を起こして座り直し、黒いパンのサンドイッチを手に取った。

「だってさ、魔王の娘って言ったって王位継承順位十五位とか十六位とかだしさ。頑張ったところでたかが知れてるっていうか~」

「十五位ですね」

「ほら、もう覚えてもないよ。家族も私のこと忘れてるんじゃないかな」

 次はパンをちまちまと千切って食べ始めたタリアを見て、レイドは密かに小さく首を横に振った。

「卑屈になるくらいなら、権威上昇を目指して何かやってみてはいかがでしょうか? 例えば人間の子どもの『収穫』は案外簡単だそうですよ」

「子人間なら私にだって攫えるかもだけど、問題はその後だよ。魔族として育てるなんてできる気がしないんだもん」

「では大人をさらって服従させるのはどうでしょう? あの三人でも、やる時はやりますよ」

「うーん」

 気乗りしなかったが、タリアはサンドイッチを置いて、手を二回叩いた。

 数秒後、窓を開け放しているベランダに二つの大きな羽音が迫り、翼を持つ、頭に角のない男たちが着地した。さらにその後ろからもう一人、目出し帽からゴーグルを飛び出させている男が無音で手すりをよじ登ってくる。

「参上しましたッ!」

 背中にカラスの翼を持つライムが鳥の顔を模した仮面の下から大声を放つと、タリアは体に音の衝撃を感じた。

「今日は静かにしてくれる? 皆には人間を収穫してきてほしいの」

 それを聞くと、三人の男たちは極力声を絞って沸いた。

「とうとう家門員を増やすんですね! どんな奴にしますか!?」

 コウモリの翼を体に巻き付けているガルと、トカゲの脚で直立しているセルタも、首をひねって考える主の答えを待つ。

「人間のことよく分かんないから、健康で大人しければそれでいいかな」

「思い切って、城から見繕ってくるのはいかがでしょう?」

 レイドの提案をとんでもないと思ったのはタリアだけだったようだ。ライムは感心して唸り、ガルとセルタも頷く。

「それは良い。タリア様とて位の高い人間を手下にする資格がおありなのだから」

「貴族。手に入れたら。皆。強くなれる?」

 主であるタリアは配下たちから期待の眼差しを向けられて少したじろいだ。こんなにも強く変化を求められたことが今までなかったからだ。

「家門のためにご決断をお願いします」

 レイドが三人と一緒に迫ってきたのもあって、タリアも段々とその気になってきた。

「分かった。人間の貴族をうちに入れよう」

「やった!」

 ライムが諸手を上げて喜び、そのままの勢いでベランダからひらりと飛び出していった。それに遅れた二人へとレイドが声を掛ける。

「城に着いたら、見つけた中で最も豪華な装いの人間を選びなさい。いいですね?」

「分かった」

 ガルは被膜の翼を羽ばたかせ、セルタは丸い指を持つ足で壁を走り、各々出発していった。

 タリアは静かになった部屋の中を見渡す。

「ふぅ。人間って小屋とかいるのかな? どこに置こう?」

「特別要る物はないようですよ。私めが世話しますからご心配なさらず。タリア様に任せたら、また寝返りのついでに潰しかねませんし」

「……骨猫ちゃんのこと!? もー、せっかく忘れてたのに」

 タリアは再びサンドイッチを取り、今度は頬張った。

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