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02.叶わぬ願い

 物心ついた時にはもう、両親である王と王妃すら近づくことを躊躇うようになっていた。

 血のつながっている家族ですらその反応であれば、当然血縁関係にない騎士や侍女は尚更近づくことを嫌った。

 だからと言って迫害を受けたり、理不尽な暴力を振るわれたり、罵倒されることはなかった。むしろ“神に愛された皇子”として、大切にされていたと思う。


 ただ一つ手に入らなかったのは、人の温もり。


 子供だけが罹る流行り病に伏しても、誰もその手を握ってはくれなかった。

 万が一にも感染させない目的もあったのだろうが、寝込んでいる間一度も両親の顔を見ることはなかった。

 部屋にいたのは世話係の侍女が二人。定期的に病の状態を確認する医者が一人。そして有事に備える騎士が二人。

 五人も大人がいたのに、誰一人優しい言葉をかけてくれる事はなかった。それどころか必要以上に見ることもせず、まるで人形のように立ち尽くしていた。


「ねぇ……」


 掠れた声を発すると、ようやく壁際に並んだ人形が人間であると分かった。

 医者がゆっくりとした足取りで近づいてくる。その眼には畏怖の色が滲んでいた。

 病が恐ろしいのではないと、リヴヴェールは知っていた。


「どうかされましたか、リヴヴェール様」


「……みず、もってきてくれる?」


「畏まりました」


 ホッとした様子で離れていく医者の背中を眺め、自分の手に視線を移す。

 自分の髪は確かに誰かを傷つけるかもしれないけれど、この手は普通の人と変わらない。少なくとも、掴んだ物が切れることはなかった。なのに。


(てをにぎってなんて、いえない)


 どんなに心細くても、自分の手を握ることが出来るのは自分だけ。

 幼かったリヴヴェールはただ、布団に包まって静かに泣く事しかできなかった。

 その布団ですら、次の日にはズタズタに切り裂かれた。髪が、触れていたから。


 あの時死んでいればよかったのだろうかと、考えることがある。

 二週間ほど寝込み、そして回復した時には父も母も喜んでくれた。騎士も侍女も、笑顔は浮かべていた。

 けれどその心中はどうだったのだろう。

 死んでくれたらよかったのにと思っていただろうか。それとも、神の愛寵を受けた皇子が死なずに済んで良かったと思ったのだろうか。

 どちらにせよ、誰も“リヴヴェール自身の生還”を喜んではいない。


 触れたものを何でも切る髪は、触れられない筈の人との関係も切り裂いていった。


 かつてリヴヴェールは自身の髪を切り落とそうとしたことがある。

 硝子の髪などと言われているが、実際は硝子のような見た目の髪であって髪には変わりない。

 それならば鋏で切れるだろうと、リヴヴェールは引き出しから金属のそれを取り出した。


 神の恵みの証を切り捨てるなど、なんと罰当たりな事かと怒られるだろう。それでも構わない。


(私は、誰かの隣にいたい)


 城下で見かけた走り回る子供。その子供を抱きしめる女性。

 「やんちゃで困る」と口では文句を言いながら、慈愛の笑みを向けて子供の頭をなでる男性。

 誰かに頭を撫でてもらった記憶など無い。それどころか、子を愛する親の笑みも。


 父も母も笑ってはくれる。けれどそれは我が子を愛おしむ顔ではない。

 神からの授かり物が壊れていないことに安堵した表情だ。

 両親の瞳はリヴヴェールの姿かたちを映していても、そこに血の繋がった子は映らない。


 神が愛した証を一房掴み、シャキンと鋏の刃を合わせた。けれど聞こえる筈の音が聞こえず、代わりにカシャンと何かが落ちる音が聞こえた。

 切り落としたはずの髪はそのままの形で残っている。手に持った鋏を見れば、要から先の刃部分が消えていた。

 まさかと視線を落とせば、足元に転がるのは鋏の一部。

 金属すら切断した硝子の髪。恩寵を受けた、切り離す事の出来ない銀髪。


 この瞬間、リヴヴェールはそれを“呪い”だと確信した。

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