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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

死出山怪奇譚集

死出山怪奇譚集特別編 二つの月

作者: 無名人
掲載日:2021/12/22

 

 今(いま)から数千年前(すうせんねんまえ)、この地上(ちじょう)に小(ちい)さな文明(ぶんめい)が幾(いく)つも出来(でき)た頃(ころ)だった。今(いま)では中国(ちゅうごく)と呼(よ)ばれるこの場所(ばしょ)にある小(ちい)さな村(むら)に、ある少女(しょうじょ)が暮(く)らしていた。

 彼女(かのじょ)は弓(きゅう)と呼(よ)ばれていた。弓(きゅう)は領主(りょうしゅ)の娘(むすめ)で、とても大切(たいせつ)に育(そだ)てられていた。位(くらい)はそう高(たか)くはなかったが、領主(りょうしゅ)が彼女(かのじょ)を可愛(かわ)いがるのを見(み)て、人々(ひとびと)は姫(ひめ)と呼(よ)んでいた。


 その村(むら)は争(あらそ)いが絶(た)えなかった。男達(おとこたち)は皆(みな)戦場(せんじょう)に駆(か)り出(だ)され、帰(かえ)る者(もの)はそう多(おお)くはなかった。弓(きゅう)の許嫁(いいなずけ)の青年(せいねん)も相次(あいつ)ぐ争(あらそ)いの最中(さなか)に亡(な)くなった。


 弓(きゅう)は、争(あらそ)いに向(む)かった人々(ひとびと)が少(すこ)しでも帰(かえ)って来(く)るように、終(お)わらないこの争(あらそ)いが終(お)わるようにと、毎日(まいにち)祈(いの)っていた。


 何故(なぜ)弓(きゅう)は祈(いの)っていたのか、それは争(あらそ)いの中(なか)で散(ち)った魂(たましい)がこの世(よ)に留(とど)まり、悪(わる)さをするのを知(し)っていたからだ。植物(しょくぶつ)は生気(せいき)を失(うしな)って枯(か)れ、動物達(どうぶつたち)も元気(げんき)を亡(な)くして死(し)ぬものも多(おお)かった。

 それは村(むら)の作物(さくもつ)や家畜(かちく)にも影響(えいきょう)した。それが原因(げんいん)で人々(ひとびと)は貧(まず)しくなり、その結果(けっか)争(あらそ)いは何時(いつ)までも終(お)わらない。弓(きゅう)は民(たみ)にそれを伝(つた)えたが誰(だれ)も聞(き)いてはくれなかった。弓(きゅう)は一人(ひとり)で祈(いの)っていた。




 そんな弓(きゅう)に会(あ)いたいという者(もの)が現(あらわ)れた。彼(かれ)は敵地(てきち)の兵長(へいちょう)で、弓(きゅう)と引換(ひきかえ)に物資(ぶっし)を与(あた)え、争(あらそ)いを終(お)わらせようと提案(ていあん)した。

 領主(りょうしゅ)はそれを断(ことわ)ろうとした。だが、弓(きゅう)は自(みずか)らを差(さ)し出(だ)せばこの争(あらそ)いは終(お)わると考(かんが)え、それに従(したが)った。弓(きゅう)はその兵長(へいちょう)の妻(つま)になり、馬車(ばしゃ)に乗(の)って故郷(こきょう)から旅立(たびだ)った。


 

 馬車(ばしゃ)は敵地(てきち)、ではない何処(どこ)かへ向(む)かっていた。弓(きゅう)は、てっきり自分(じぶん)は敵地(てきち)の姫(ひめ)になるものだとばかり思(おも)っていた。ところが、兵長(へいちょう)の思惑(おもわく)は別(べつ)にあるらしい。

「魂(たましい)が行(い)く先(さき)を知(し)りたくないか?」

「魂(たましい)が行(い)く先(さき)、ですか?」

「我(われ)も魂(たましい)が視(み)えるのだ。それで、同(おな)じ力(ちから)を持(も)つ君(きみ)に出会(であ)えた。」

「ですが、生(い)きたまま行(い)ける場所(ばしょ)なのでしょうか?」

「生(い)きたままそこへ辿(たど)り着(つ)けないかもしれないが、二人(ふたり)でなら見(み)つけられるかもしれない。そこへ行(い)けたのならば、君(きみ)が言(い)う彷徨(さまよ)える魂(たましい)を救(すく)う方法(ほうほう)が分(わ)かるかもしれない。」

弓(きゅう)は、兵長(へいちょう)月輪(げつりん)がそう確信(かくしん)を持(も)って言(い)うのを不思議(ふしぎ)に思(おも)った。死(し)んだ魂(たましい)が行(い)く場所(ばしょ)、この世(よ)ではない世界(せかい)、それが実在(じつざい)するかは分(わ)からない。だが、それを信(しん)じていかなければ辿(たど)り着(つ)けないのだ。


 二人(ふたり)は何年(なんねん)も旅(たび)を続(つづ)けた。そしてようやくその場所(ばしょ)へ繋(つな)がる狭間(はざま)を見(み)つけたのだ。この世界(せかい)とは異(こと)なる世界(せかい)。未知(みち)の草木(くさき)や生物(せいぶつ)が暮(く)らす手付(てつ)かずの場所(ばしょ)。川(かわ)には魂(たましい)が流(なが)れていた。

「ここに二人(ふたり)の国(くに)を造(つく)ろう。」

現世(うつしよ)とは異(こと)なる世界(せかい)、冥界(めいかい)。二人(ふたり)はそこで暮(く)らすようになった。実(じつ)は、元々(もともと)神力(しんりき)を持(も)っていた二人(ふたり)は冥界(めいかい)で更(さら)なる力(ちから)に目覚(めざ)めた。月輪(げつりん)は悪(あ)しき魂(たましい)を裁(さば)き、無(む)から有(ゆう)を生(しょう)じる力(ちから)を、弓姫(きゅうひめ)は弱(よわ)き魂(たましい)を庇(かば)い、有(ゆう)を無(む)に帰(かえ)す力(ちから)だ。二人(ふたり)はそれを使(つか)って流(なが)れてきた魂(たましい)を在(あ)るべき場所(ばしょ)へ送(おく)っていた。月輪(げつりん)は冥府神皇(めいふしんおう)、弓姫(きゅうひめ)は冥府神皇后(めいふしんおうこう)と名乗(なの)るようになった。

 二人(ふたり)は、最初(さいしょ)は何故(なぜ)自分達(じぶんたち)にこのような力(ちから)があるのかと不思議(ふしぎ)がったが、冥界(めいかい)に元々(もともと)居(い)た生物(せいぶつ)の妖(あやかし)や怪(かい)は二人(ふたり)の存在(そんざい)を歓迎(かんげい)しているようだった。


 そして、産(う)まれた子供達(こどもたち)、紅姫(こうひめ)、蒼姫(そうひめ)、黄姫(おうひめ)、緑姫(りょくひめ)、地姫(ちひめ)、氷姫(ひょうひめ)、そして一人息子(ひとりむすこ)の日輪(にちりん)。彼(かれ)らは月輪(げつりん)の仕事(しごと)を手伝(てつだ)いながら、冥界(めいかい)を現世(げんせ)のように発展(はってん)させようとそれぞれ尽力(じんりょく)していた。冥界(めいかい)と現世(げんせ)は繋(つな)がっていて、冥界(めいかい)が発展(はってん)すれば現世(げんせ)も豊(ゆた)かになると信(しん)じていたからだ。

 また、現世(げんせ)に赴(おもむ)き、魂(たましい)を連(つ)れて来(き)た。そして、子孫(しそん)を残(のこ)す為(ため)に月輪達(げつりんたち)と同(おな)じ力(ちから)、神(かみ)にも干渉(かんしょう)しうるという神力(しんりき)を持(も)つ者(もの)を探(さが)したのだ。


 冥界(めいかい)を見(み)つけた二人(ふたり)の代償(だいしょう)は、あまりにも大(おお)きかった。彼(かれ)らは生(い)きたまま人間(にんげん)とは異(こと)なる存在(そんざい)になり、子供達(こどもたち)もそうなってしまった。彼(かれ)らは冥界(めいかい)とは切(き)り離(はな)せなくなり、魂(たましい)の循環(じゅんかん)を支(ささ)える死神(しにがみ)として働(はたら)き続(つづ)けなければならなくなったのだ。神(かみ)になったというのは世界(せかい)の柱(はしら)になったも同然(どうぜん)だ。現世(げんせ)の人間(にんげん)のように自由(じゆう)には生(い)きられない。姫達(ひめたち)は子供(こども)を産(う)んだが、その子供達(こどもたち)も死神(しにがみ)として働(はたら)かなければならないのだ。


 月輪(げつりん)に味方(みかた)してくれたのは子孫達(しそんたち)だけではなかった。月輪(げつりん)は、怪(かい)が産(う)まれる世界(せかい)鬼界(きかい)を封印(ふういん)するとともに力(ちから)が強(つよ)い怪達(かいたち)を冥府神霊(めいふしんりょう)という部下(ぶか)として連(つ)れてきたのだ。彼(かれ)らも月輪(げつりん)の力(ちから)になった。





 月輪(げつりん)と弓姫(きゅうひめ)の子孫達(しそんたち)は、現世(げんせ)の繋(つな)がりを持(も)ちながら死神(しにがみ)として働(はたら)いていた。だが、ある時(とき)異変(いへん)が訪(おとず)れる。それは、今(いま)まで結婚(けっこん)していなかった長女(ちょうじょ)の紅姫(こうひめ)が神力(しんりき)を持(も)たない陰陽師(おんみょうじ)の風見王蓮(かざみおうれん)と結婚(けっこん)したのだ。二人(ふたり)の間(あいだ)には双子(ふたご)の息子(むすこ)が産(う)まれた。風見華玄(かざみかげん)と風見幽玄(かざみゆうげん)だ。二人(ふたり)は母親(ははおや)と同(おな)じように死神(しにがみ)としての力(ちから)を色濃(いろこ)く受(う)け継(つ)いでいたが、特(とく)に華玄(かげん)は凄(すさ)まじい力(ちから)を持(も)っていた。

 華玄(かげん)はその力(ちから)を制御(せいぎょ)出来(でき)なかった。暴走(ぼうそう)した華玄(かげん)はまず父親(ちちおや)の王蓮(おうれん)に手(て)を掛(か)けて死(し)なせてしまった。現世(げんせ)の娘(むすめ)の初姫(ういひめ)と結婚(けっこん)し、四人(よにん)の息子(むすこ)が産(う)まれたが、華玄(かげん)の力(ちから)は留(とど)まる事(こと)を知(し)らなかった。


 華玄(かげん)は特例(とくれい)で現世(げんせ)に暮(く)らしていた幽玄(ゆうげん)を冥界(めいかい)に堕(お)とし、更(さら)には叔父(おじ)である日輪(にちりん)を殺(ころ)してしまった。それが月輪(げつりん)の怒(いか)りに触(ふ)れてしまった。月輪(げつりん)は華玄(かげん)を殺(ころ)そうとしたが、彼(かれ)は不死不滅(ふしふめつ)の存在(そんざい)で、死(し)ぬ事(こと)が出来(でき)なかったのだ。


 母親(ははおや)の紅姫(こうひめ)は最初(さいしょ)は華玄(かげん)を庇(かば)っていた。ところが、跡継(あとつ)ぎを殺(ころ)された月輪(げつりん)の怒(いか)りは増(ま)すばかりで、仕方(しかた)なく月輪(げつりん)に従(したが)った。そして、紅姫(こうひめ)は華玄(かげん)と戦(たたか)ったが、その中(なか)で死(し)んでしまった。



 そして、華玄(かげん)は自(みずか)らの力(ちから)で自(みずか)らを封印(ふういん)したが、月輪(げつりん)や死神達(しにがみたち)が華玄(かげん)を忌(い)み嫌(きら)うのは変(か)わらなかった。華玄(かげん)を庇(かば)ったのは弓姫(きゅうひめ)だけだった。誰(だれ)もが華玄(かげん)を大罪人(たいざいにん)と批判(ひはん)した。

「死神(しにがみ)と人間(にんげん)は掛(か)け離(はな)れた存在(そんざい)になってしまった。冥界(めいかい)が豊(ゆた)かになろうと、人間(にんげん)は変(か)わらない。今後(こんご)は許可(きょか)なく現世(げんせ)に渡航(とこう)するのを、生(い)きたものと関(かか)わるのを禁(きん)ずる。特(とく)に人間(にんげん)と関(かか)わり、結(むす)ばれようとするなら重罪(じゅうざい)だ。もう二度(にど)と華玄(かげん)のような忌子(いみご)を産(う)ませてはならない。」

死神達(しにがみたち)はそれに従(したが)った。だが、それに逆(さか)らった者(もの)も最初(さいしょ)は少(すく)なくなかった。そういう者(もの)は追放(ついほう)され、二度(にど)と産(う)まれ変(か)われないようになっていた。

「死神(しにがみ)は無慈悲(むじひ)で、寡欲(かよく)でなければならない。」

死神達(しにがみたち)は長(おさ)である月輪(げつりん)に逆(さか)らえなかった。ただ、弓姫(きゅうひめ)は月輪(げつりん)の考(かんが)えに疑問(ぎもん)を抱(いだ)いていた。弓姫(きゅうひめ)は、現世(げんせ)に留(とど)まる魂(たましい)を助(たす)け、現世(げんせ)を救(すく)うべく行動(こうどう)しているのだと思(おも)っていた。ところが、月輪(げつりん)は冥界(めいかい)、自分達(じぶんたち)の世界(せかい)を守(まも)るのに必死(ひっし)になり、元々(もともと)現世(げんせ)にある魂達(たましいたち)を救(すく)おうとしたのを忘(わす)れてしまった。弓姫(きゅうひめ)は月輪(げつりん)を愛(あい)していたが、華玄(かげん)だけを悪人(あくにん)にするその考(かんが)えだけはどうしても納得(なっとく)しなかった。




 弓姫(きゅうひめ)は、華玄(かげん)が何故(なぜ)両親(りょうしん)や叔父(おじ)に手(て)を出(だ)したのか知(し)りたかった。そこで、弓姫(きゅうひめ)は現世(げんせ)に居(い)る初(うい)に会(あ)いに行(い)った。冥府(めいふ)の法(ほう)は弓姫(きゅうひめ)にも通用(つうよう)する。月輪(げつりん)に知(し)られてしまえば、弓姫(きゅうひめ)も処罰(しょばつ)されてしまう。だが、そういう危険(きけん)を冒(おか)してでも、華玄(かげん)の事(こと)を知(し)りたかった。


 弓姫(きゅうひめ)が冥界(めいかい)に訪(おとず)れてから、数千年(すうせんねん)が経(た)っていた。故郷(こきょう)はすっかり変(か)わり果(は)てていた。弓姫(きゅうひめ)は海(うみ)を渡(わた)り、華玄(かげん)が住(す)んでいた町(まち)へ向(む)かった。そこには華玄(かげん)の妻(つま)である初姫(ういひめ)が居(い)た。初姫(ういひめ)は子供(こども)を抱(かか)えて一人(ひとり)悲(かな)しんでいた。

「夫(おっと)も親(おや)も死(し)んでしまった。末息子(すえむすこ)は未(ま)だ幼(おさな)いのに…」 

弓姫(きゅうひめ)は、冥界(めいかい)では虐(しいた)げられている華玄(かげん)の死(し)を誰(だれ)よりも悲(かな)しんでいた。忌子(いみご)とは言(い)えど、華玄(かげん)も妻子(さいし)を持(も)つ一人(ひとり)の男(おとこ)である事(こと)に変(か)わりないのだ。

「生(い)きていて一番(いちばん)悲(かな)しい事(こと)は何(なん)でしょうか?」

初姫(ういひめ)は答(こた)えられなかった。

「私(わたし)は愛(あい)している者(もの)と心(こころ)が通(かよ)い合(あ)えない事(こと)だと思(おも)います。夫(おっと)はすっかり変(か)わってしまいました。生(い)きていたとしても、心(こころ)が通(かよ)い合(あ)えないのは辛(つら)いものです。ですが、愛(あい)する気持(きも)ちは変(か)わりません。」

初姫(ういひめ)はしばらく考(かんが)えてからこう答(こた)えた。

「私(わたし)も、同(おな)じ事(こと)を思(おも)ってました。夫(おっと)は、華玄(かげん)は私(わたし)と子供達(こどもたち)を愛(あい)していた。人間(にんげん)じゃなかったとしても、その気持(きも)ちは偽(いつわ)りではないと信(しん)じています。」

初姫(ういひめ)は、子供(こども)を抱(かか)えたまま弓姫(きゅうひめ)を見(み)つめていた。

 弓姫(きゅうひめ)は、初姫(ういひめ)に華玄(かげん)について色々(いろいろ)と尋(たず)ねたが、初姫(ういひめ)は何(なに)も知(し)らなかった。だが、分(わ)かった事(こと)が一(ひと)つだけある。それは、華玄(かげん)もまた人(ひと)を愛(あい)し愛(あい)された存在(そんざい)だったのだ。それだけで今(いま)までの罪(つみ)が帳消(ちょうけ)しにはならない。だが、弓姫(きゅうひめ)は初姫(ういひめ)に華玄(かげん)の話(はなし)を聞(き)けて良(よ)かったと思(おも)った。




 しばらくしてから、月輪(げつりん)は華玄(かげん)と血(ち)を分(わ)けた双子(ふたご)の弟(おとうと)幽玄(ゆうげん)の子孫達(しそんたち)に、華玄(かげん)の子孫(しそん)を見張(みは)れと命令(めいれい)した。現世(げんせ)と冥界(めいかい)の行来(いきき)は厳(きび)しく制限(せいげん)されていたが、特例(とくれい)で許可(きょか)するという。風見(かざみ)と名乗(なの)っていた幽玄(ゆうげん)の子孫達(しそんたち)は、剣崎(けんざき)という名(な)を与(あた)えられ、現世(げんせ)に降(お)り立(た)った。


 それからすぐの事(こと)だった。神(かみ)になってから怪我(けが)や病気(びょうき)一(ひと)つしなかった月輪(げつりん)が、突然(とつぜん)体調(たいちょう)を崩(くず)したのだ。弓姫(きゅうひめ)や部下(ぶか)は変(か)わる変(が)わる看病(かんびょう)したが、快方(かいほう)に向(む)かう事(こと)はなかった。

「華玄(かげん)は死(し)んではいなかった…、日輪(にちりん)と同(おな)じように、今度(こんど)は我(われ)を殺(ころ)す気(き)か…」

熱(ねつ)に魘(うな)されながら月輪(げつりん)はそう呟(つぶや)いた。弓姫(きゅうひめ)は、そんな月輪(げつりん)の腕(うで)を掴(つか)んでこう言(い)った。

「月輪様(げつりんさま)、我々(われわれ)は充分(じゅうぶん)生(い)きました。生(い)き過(す)ぎたくらいです。月輪様(げつりんさま)があの時(とき)私(わたし)を連(つ)れ出(だ)していなければ、ここには行(い)けませんでした。」

「弓(きゅう)…、君(きみ)の力(ちから)でこの病(やまい)を消(け)せないか…」

弓姫(きゅうひめ)は首(くび)を振(ふ)った。

「私(わたし)でもそれは出来(でき)ません。ですが、私(わたし)はあなたと会(あ)えて、共(とも)に過(す)ごせて幸(しあわ)せでした…。」

月輪(げつりん)は、弓姫(きゅうひめ)が悲(かな)しそうに笑(わら)うのを見(み)て、穏(おだ)やかな表情(ひょうじょう)を見(み)せた。


 その日(ひ)の晩(ばん)、月輪(げつりん)は息(いき)を引(ひ)き取(と)った。後(あと)を追(お)うようにその翌日(よくじつ)に弓姫(きゅうひめ)も亡(な)くなった。大勢(おおぜい)の部下達(ぶかたち)がそれを悲(かな)しみ、二人(ふたり)の為(ため)に立派(りっぱ)な霊廟(れいびょう)が建(た)てられた。冥府(めいふ)はしばらく王(おう)が不在(ふざい)になってしまうが、その間(あいだ)も二人(ふたり)を忘(わす)れる事(こと)はなかった。



 弓姫(きゅうひめ)の祈(いの)りは誰(だれ)かに届(とど)いたのだろうか。だが、確(たし)かな事(こと)が一(ひと)つだけある。それは、二人(ふたり)が冥界(めいかい)を見(み)つけた事(こと)で、魂(たましい)を導(みちび)く存在(そんざい)が生(う)まれ、以前(いぜん)のように現世(げんせ)のもの達(たち)が死(し)んだ魂(たましい)の影響(えいきょう)を受(う)ける事(こと)が少(すく)なくなったのだ。



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