潮香
「だから何で公衆電話からかけてくるんだよ」
笑いながら昴はそう言った。
「なんかその方が面白くない?」
「いやよくわかんねーわ」
昴と俺は幼なじみ…いや、腐れ縁だ。示し合わせたわけでもないのに幼稚園の頃から同じ所に通っている。まさか希望する大学まで一緒だとは思わなかったが。もうこいつが俺をストーカーしてるとしか思えない。
「それは逆だな」
「は?」
「お前が俺をストーカーしてるに違いない」
「いや、それだけはない」
「"だけは"って何だ、"だけは"って!」
そんな下らないやりとりをして、俺は受話器を置いた。わざわざ公衆電話からかけてまでするような話の内容じゃない。それなのにスマホを使わないわけは…
「やっぱり」
受話器を置いた途端、潮の香りがしたのだ。
いつだったか、スマホを家に置いてきてしまったことがあった。昴に電話したいことがあって目についた電話ボックスから電話したのだ。その時だ。受話器を置くと、不意に海の匂いが鼻を掠めた。
ここは街中だ。海なんか近くにない。ボックス内を見渡したが何か匂いがしそうな物などなかった。だから確かめたのだ。これで3度目。やはり昴に公衆電話から電話すると潮の香りがする。
「変なの」
俺は首を傾げながらボックスを出た。
「よお」
俺の頭にボスッと学校指定の鞄を乗っける奴がいる。振り返ると昴だった。
「お、何か用?」
学校は同じだがクラスは別だ。わざわざ俺の教室に来るのは珍しい。
「帰りモック寄ってかねえ?」
「行く行く」
なんとなく、モクドナルドは建前な気がした。昴が何か言いたそうに俺には見えたのだ。
道すがら、どうでも良いようなことばかり昴は喋る。昔からこいつは言いたいことがあると中々本題に入らない癖がある。
「お前さ、海とか好き?」
俺は唐突にそう聞いた。昴はびっくりした顔でこちらを見る。どうやら本題に近かったらしい。
「え、なんで?」
まさか電話する度に海の香りがするから、なんて言えない。昴はポツリポツリと話し始めた。
「俺、第一志望、本当は違うんだ」
俺は黙って聞いていた。
「離島で医者やりたいんだ」
でも親は一流企業に就職して欲しいと思ってるし、医学部に行かせられるほどの金持ちでもないと言う。大体、大病院に勤めるとか開業するならともかく、離島で医者をやりたいなんて承知するはずがない、と。
「俺が我慢すれば良いと思ってたんだけど、段々キツくなってきて…」
「そっか」
昴は人を傷つけることを嫌う。優しいのだ。だからこそ人の役に立つことをしたいのだろうし、親の気持ちも蔑ろにはできないのだろう。…そうか、あれは昴からのSOSだったのかもしれない。あの海の匂いは。
「行けよ」
「え?」
「俺が全力で応援する。だから自分の道を行け」
「お前…」
やりたいことがあるならそれが一番大切だ。一度きりの人生、いつ死ぬかなんて誰にもわからない。道は後から探せば良い。俺はそう思ってる。
「だから何で公衆電話からかけてくるんだよ」
「なんとなく?お前んとこスマホないし」
「お前はスマホからで良いだろうが」
診療時間を避けて電話をしてみる。元気そうだな。昴との腐れ縁も高校までだった。今は友人として繋がっている。
「たまにはそっち行ってみようかな」
「大変だぞ。フェリーは一日1便だ」
「げ」
離島ナメんな。笑いながら昴は言った。
あれから昴は猛勉強して、医学部の奨学生になった。親を説得するのが大変だったが、あまりの成績の良さと本人の熱意に教師が動き、俺と昴と教師で頭を下げて頼み込んだ。ちなみに周りを巻き込む作戦は俺の案だ。
今は念願の離島で唯一の診療所をやっている。そこまでしてやりたいことなのかとちょっと不思議だが、やりたいことなんて人それぞれだろう。
「んじゃ、またな」
俺が電話を切ろうとすると
「なあ」
昴が話しかけてきた
「なんであの時、海の話したんだ?」
あの時とは、恐らく昴が志望校を悩んでいた時だろう。
「海がそうしろって言ったんだよ」
俺はそう言って受話器を置いた。もう、潮の香りはしなかった。
「さて、俺もやりたいこと探しますか」
うーんと伸びをして、俺はひとりごちた。
この年でまだやりたいこともわからないのかって?良いんだよ。遅すぎることなんてない。生きるってのは探し、迷い続けるってことなんだから。なんてね。
拙い作品をお読みくださりありがとうございます。頑張ります。