その96(囚われた令嬢達〇)
王城キングス・バレイの傍らには、王家を訪問した賓客を宿泊させる施設として離れがある。
今その離れには、3人の令嬢が捕らわれていた。
彼女達はここから出ることは許されていないが、罪人ではないので身の回りの世話する人数は十分充てられていた。
そのため彼女達は、何不自由なく日々の生活を送ることが出来ていた。
そして外出ができない令嬢達の慰みにと、出入りの商人が令嬢達のためにドレスや装飾品それに書籍等を運んで来ていた。
そんな状態のため外部との接触も比較的容易で、3人とも実家との連絡が可能だった。
アレンビー侯爵家の長女クリスタルは、実家からの差し入れであるお気に入りの紅茶と焼き菓子を前にして、のんびりとお茶を楽しんでいた。
実家からの連絡では、我がアレンビー侯爵家はブレスコット辺境伯家と盟約を結び、私の救出をそのブレスコットに依頼したらしい。
それにしても盟約の交渉をしてきたのが、あのクレメンタイン様だというのだから驚きだ。
社交の場で何度か見かけているが、気難しくとっつきにくそうな印象だったのだ。
それがあの日、突然婚約破棄された痛みを分かち合える関係になったことから、つい親近感が湧いてブレスコット家がこれからどうするのか聞いてしまったのだ。
話してみると意外にも普通の令嬢だったので、他家を相手にそんな交渉が出来るとはとても思えなかったのだ。
お茶のお代わりを頼んでいると、部屋着のようなこざっぱりとした恰好をしたイブリン様がやってきた。
イブリン様は私の姿を見つけるとまっすぐこちらにやってきて、私の座る正面の空いた椅子に腰掛けた。
イブリン様が席に座るとそれを見計らっていたメイドが、黒茶をイブリン様の目の前に用意していた。
あの黒い色のお茶は、ラッカム伯爵家が外国貿易で手に入れているそうだ。
私はその真っ黒い炭のような飲み物が苦手だった。
一度イブリン様に勧められて飲んでみたが、とても苦いのだ。
「イブリン様、いつもその真っ黒なお茶を楽しんでいるようですが、苦くありませんの?」
「男の方はこれをそのまま飲むのですが、私はちょっと苦手かな」
ちょっと、その苦手な飲み物を私に勧めたのですか?
「あ、でもやっと実家からミルクと砂糖を送って来たのです。黒茶にとても合って甘い飲み物になるのですよ。クリスタル様もどうですか?」
そういわれても、前に一度飲んで懲りているので首を横に振った。
「いいえ、結構ですわ。それよりも実家から私達に関する連絡はありましたか?」
私がイブリン様にそう振ってみると、途端にイブリン様が真面目な顔になった。
「そう聞いてくるという事は、クリスタル様にもあったのですね?」
「ええ、当家は鷹と盟約を結びましたわ。盟約に従って鷹が私を迎えに来るそうよ」
クリスタルがそう言うと、イブリン様も一つ頷くと伯爵家も同じだと言ってきた。
「それにしてもクレメンタイン様は、第一王子から婚約破棄された後でそんな事までしていたのですね」
貴族令嬢とは思えない行動力に少し呆れ気味に言うと、イブリン様も大きく頷いていた。
「ええ、確かに。なんだが知りませんが、あのお父様が決して侮ってはいけない相手だと言っておりましたわ」
「それで、クレメンタイン様は今もアインバックに?」
「いえ、何でもタバチュール山脈にある洞窟を抜けて、バタールに帰ったと言っておりました」
「え? 洞窟では馬車も使えませんよね? 歩いて抜けたのですか?」
クリスタルがそう言うとイブリン様が頷いた。
「ええ、何でもクレメンタイン様は、ミズキと名乗る冒険者になっていたそうですわ」
そう言われてクレメンタイン嬢が冒険者という者になりすまして、洞窟の中を探検する光景を思い浮かべてみたが、どうにもイメージが合わなかった。
「クレメンタイン様のそんなお姿、とてもイメージが湧きませんわね」
「やっぱりそうですよね。少し前まで次期王妃様と言われていた方ですからね」
そう言って2人しておかしそうに笑うと、突然別の声が聞こえてきた。
「それよりもあの女好きのターラント子爵の魔の手から無事すり抜けた事の方が、よっぽど凄い事ですよ」
私達が声が聞こえた方を見ると、そこにはこの離れに軟禁されている3人目の人物であるマリアン様が立っていた。
クリスタルは、マリアン様が言った言葉の意味が分からなくて首を傾げた。
「マリアン様、ターラント子爵がなんだと言うのですか?」
「そのクレメンタイン様が通ったというツォップ洞窟に行くには、ターラント子爵領を通らなければならないのです。ターラント子爵は無類の女好きで、噂によるとお眼鏡にかなった女性を問答無用で捕まえては、自分の館に閉じ込めると言われているのです。クレメンタイン様がそんな所に現れたら、捕まってしまうはずなのです」
そう言われてクレメンタイン様の容姿を思い浮かべると、当然そうなるだろうなと思った。
「そう考えると、そのスケベ子爵の魔の手からまんまと逃げおおせて、バタールに辿り着くなんて、普通の令嬢ではとても出来ませんわね」
「ええ、それが出来てしまうから、ブレスコット家は恐ろしいのです」
確かにそうね。
王都から脱出したのも凄いのに、途中で様々な障害を乗り越えて4家の盟約を取りまとめたうえでバタールまで逃げきってしまうなんて、とっても凄い人に思えてきた。
正しく次期王妃として申し分ない人物なのに、それを簡単に反故にしてしまう第一王子がとても愚かな人物に思えてならなかった。
「とても凄い方なのですね」
「ええ、それに洞窟といえば、じめじめして暗くて狭くて虫とかが沢山いる場所なのです。私はそんな場所を通れと言われても、尻込みしてしまいます」
クリスタルは洞窟に入ったことが無かったので、それがどういう状況なのか想像できなかった。
近い物といえば、アレンビー侯爵領で行う害虫駆除でしょうか?
あれは栽培しているカルルの実にとりつく大きな害虫を、道具を使って木から落として退治するのですが、あれも結構大変な仕事なのです。
そこで3人揃ったので、マリアン様にも今後の事を聞いてみる事にした。
「マリアン様、レドモント家は鷹と盟約を結んだのですか?」
「鷹? ああ、はい、そのようです」
すると軍事、食料、金融それに資源を持った大同盟が成立したという事は、これからこの国に与える影響はとても大きくなりそうです。
ふふ、私との婚約を破棄したグラントリー様とギムソン公爵家も、今頃焦っているでしょうか?
「私達はここで待っていれば、ブレスコットの人達が迎えに来てくれるそうよ。お2人共身支度は済んでいるのですか?」
「ええ、せっかく届いたミルクと砂糖が無駄になっちゃったけど、問題ないですわ」
「私も問題ありませんが、町中には兵士も沢山いるのでしょう? どうやって逃げるのでしょうか?」
「大丈夫ですよ。あのブレスコットが動いたら誰も止められないでしょう」
「そうですわね。それじゃあ私達はお迎えがやって来るまで、のんびりと待つことにしましょう」
そこでマリアン様が、こんな状況でもとてもうれしそうな顔をしているのに気が付いた。
「マリアン様、何だが嬉しそうですね?」
「ええ、長い間行方不明だった私の兄が見つかったのです」
「えっと、行方不明のお兄様というと、バイロン様でしたか?」
「ええ、そうです」
「確か、魔法の研究をすると言って何処かに行ってしまわれたと聞きましたが?」
「ええ、そうなんです。それが、スクリヴン伯爵家から見つかったと知らせが来たそうです」
「まあ、それはおめでとうございます」
「婚約破棄されてからあまり楽しい事がありませんでしたが、これからはちょっと楽しそうな日々が続きそうです」
そして3人で楽しくお茶を飲みながらおしゃべりしていると、どこからともなくやってきた殿方が、私達の目の前で一礼していた。
「アレンビー侯爵家のクリスタル様、ラッカム伯爵家のイブリン様並びにレドモント子爵家のマリアン様とお見受け致します。私はブレスコット辺境伯家の特別救出班班長アーリン・オルニーと申します。お迎えに上がりました」
その姿は戦いにやってきた兵士というよりも、舞踏会の参加者が待つ控室に時間になったから呼びに来た使用人といった感じだった。
「外には王家の護衛とかが居たと思いましたが?」
「ええ、彼らはいたって協力的でして、今は眠った振りをしてくれています」
「まあ」
離れを脱出して市中に逃れた後も追っ手は一切現れず、緊張していたのが馬鹿に思える程快適な馬車移動になっていた。
そして私達は王都にある自分達の館に戻り、家族から暖かい出迎えを受けるのだった。




