その91(三頭の龍)
私達を助けてくれたのは、王都のAランク冒険者「三頭の龍」だった。
私は助かったという実感が湧いてくると、今頃恐怖がやって来て体が小刻みに震えていた。
まるで捨てられた子猫のようだ。
そして紅一点であるアビー・グウィネス・キャナダインが私を見下ろすと、声を掛けてきた。
「ねえ、貴女、自力で帰れるなら緊急通報は討伐のみという事で構わないかしら? 私達、重要な依頼の遂行中なのよ」
成程、それでこんな国境の森に居たのですね。
でも、その依頼のおかげで助かったのだ。
是非、その依頼者にもお礼を言いたい気分です。
すると金髪碧眼のイケメンが私の右隣に腰を下ろすと、そのまま私の肩を抱いてきた。
「おいおい、アビーさんよ。乱暴されそうになった女の子を放っておくのかい? いくら辺境伯から通常料金の3倍の割増金を受け取ったからって、それは薄情じゃないのか? 可哀そうにこんなに震えちゃって、俺が守ってあげるから大丈夫だよ」
「あら、乱暴されそうになったから馬車が止まって追いつけたのよ。むしろラッキーと思ってもらわないと」
すると今度は私の左隣に腰を下ろした茶髪赤眼のイケメンが、私の頭をそっと自分の肩で支えてきた。
「チェスターにアビーも、そういった話はここでしてはいけないよ。助けて貰ったお嬢さんが面食らっているじゃないか」
いや、面食らっているのは、貴方達の馴れ馴れしさの方なんですが。
「あら、ごめんなさいね。でも、私達は一刻も早くこの森の調査を終えて、ツォップ洞窟に行かなくてはならないのよ」
「そうなんだよ。本当は君を安全な場所まで送ってあげたいんだけど、僕たちは辺境伯様の依頼を遂行中でね。何でも辺境伯様の一人娘が、洞窟の中で助けを求めているらしいんだ」
うん? 辺境伯? 一人娘? それって私の事じゃ。
「あのぉ、その辺境伯と言うのは、ダグラス・ガイ・ブレスコットの事でしょうか?」
私がそう質問すると、3人は私の顔を見て頷いていた。
どうやらお父様が私を助けるために、この人達を雇ってくださったようだ。
流石です、お父様。私は3人に自己紹介を行った。
「私は、ブレスコット辺境伯の一人娘、クレメンタイン・ジェマ・ブレスコットと言います」
「え、君はDランク冒険者ミズキさんじゃないの?」
「ミズキと言うのは冒険者をしている時の名前です。本当の名前はクレメンタインですわ」
3人は信じられないと言った顔をしていた。だが、直ぐに噴き出していた。
「あははは、これは愉快。辺境伯様が言っていた通り、本当に冒険者になっているとはねえ」
え、どういう事ですか?
だが、今はそれよりも最も心配な事があるのだ。
「すみません。私の友人達が心配なのです。様子を見て来てもいいですか?」
私はそう言うと、馬車に戻り2人の様子を確かめた。
2人に意識は無いが、呼吸はしているようだった。
すると後ろからアビーがやって来ると、私の隣に膝を付いた。
「私が診るわ」
そう言うと、2人の状態を調べてから治癒魔法を使ってくれた。
冒険者ギルドで賞賛を集めていたアビーの治癒魔法は、流石に凄かった。
意識の無かった2人は、治癒魔法を掛けられるとまるでたった今目覚めましたとばかりに元気に起き上がったのだ。
私は2人が元気な姿を見てとてもホッとすると、エミーリアと抱き合ってお互いの無事を喜びあった。
そして今私達は、帝国の護送馬車を使ってバタールに向かっている最中だった。
護送馬車の中には、私のマジック・バックがあったのでそれも回収していた。
そして馬車の中に三頭の龍の3人が居るのは、私が緊急通報をC級の討伐と救助にして貰ったからだ。
馬車の中でお互いの自己紹介を終えた後で、私は気になっていた点を聞いてみる事にした。
「この森で、何を調査していたのですか?」
「ああ、帝国軍がおかしな動きをしていたので、その調査です」
「それなら私が知っています」
「え、それじゃこれで依頼達成って事か?」
「何だが3倍の料金を貰った上に、緊急通報の報酬も貰ったのでは貰いすぎみたいね」
多分ですけど、私が助かった事を話せば、お父様は喜んで支払ってくれると思いますよ。
「それにしても私が冒険者になっているって、どうして分かったんですか? それにツォップ洞窟に居るという事も?」
すると3人は、指名依頼でバタールに来た時の事を話してくれた。
それによると、お父様は、私が王都のマジック・アイテム店で買い物をした明細書とラッカム伯爵からの入金通知書を見ていたそうだ。
そして突然立ち上がると「そうか分かったぞ」と叫び、私達にツォップ洞窟に行って愛娘を救出してくるようにと依頼したそうだ。
その時、あの洞窟は冒険者しか入れないと言うと、お父様は確信をもって娘は冒険者になっていると言ったのだとか。
3人は最初私を見つけてそれからルヴァン大森林の調査を行うつもりだったらしいのだが、ツォップ洞窟の入口をビンガム男爵の兵隊が固めていて、強行突破して騒ぎを大きくしたら、より厳重な警備をされる危険があったので調査を先にしたそうだ。
まあ、そのおかげで助かったのだ。
後回しにされたことには、何も言わないでおくことにしましょう。
次に私はアビーに聞きたい事があったので、この際だから気になった事は全部聞いてしまう事にした。
「アビーさん、キャナダインってもしかして」
私がそう質問すると、アビーはちょっと顔を顰めてから養女だと教えてくれた。
そしてチェスターが補足説明をしてくれた。
「元々アビーはキャナダイン師の弟子だったんだ。そこで魔法の才能を見込まれて養女になったんだよ」
私は魔法の才能と聞いて、いつも野営の時にお世話になっている「安眠空間」の事を聞いてみる事にした。
「どうして空間魔法に「安眠空間」と名付けたんですか?」
するとアビーは、遠くを見る目をしながら教えてくれた。
何でも弟子入りした後で、キャナダイン師が夜這いに来るそうで、身の安全のためにあの魔法を編み出したそうだ。
そして結界内から攻撃出来ないのは、寝ぼけて師匠に攻撃しないためなんだとか。
何だが、アビーの切実さが伝わってくる話だった。
「森を抜けましたよ」
馭者台に居るエイベルがそう言って知らせてきた。
馬車はルヴァン大森林を抜けたようだ。
後は懐かしのバタールまでもう一息だった。
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