とある冒険者ギルド職員の昼休み
2021-05-09
安価・お題で短編小説を書こう!9
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>>714
使用お題→『チューインガム』『賭博』『ステージ』『中間管理職』
【とある冒険者ギルド職員の昼休み】
古ぼけた木の扉をノックする。
「おう、どうぞ」
部屋の中から野太い声が返ってくる。
俺は扉を開けて——金具がガチャリと音を立てる——部屋の中を覗き込む。
「ギルマス、お呼びですか」
「おーう、待ってたぞ。入れ入れ」
部屋の一番奥にある大きな机——ではなく、部屋の手前にある応接セットの向こう側に、むさ苦しい巨漢が腰掛けている。
「失礼します」
扉を閉めて、とりあえず、その場で待ってみる。
「おう、いいからまずは座れ。ちゃんと昼飯も持ってきてんじゃねーか」
「ええまあ」
応接セットのテーブルを挟んで、巨漢の正面に座る。安っぽいソファのくたびれたクッションが、底無し沼のように沈み込む。
テーブルの上には弁当が広げられている。俺も自分の弁当を置いて、包みを解く。
「相変わらず貧相な食事だなあ。どれ、うちの奥さんの玉子焼きを一つ、優秀なギルド職員であるお前にくれてやろう」
「いやいや、いいですよ、要らないですって。要らないですってば」
このおっさん、つい最近結婚したばかりだ。それで浮かれて舞い上がって、俺にまで戯れ付いてくる。
いい迷惑だ。
「それで、話ってなんです? 昨日まで支部長会議でしたよね。なんか言われたんですか?」
こんな子供みたいなおっさんだが、これでもうちのギルド支部の支部長——ギルドマスター、ギルマス——で、つまりは俺の上司だ。
そのおっさんが言う。
「いやな……玉子焼き、うまいだろう」
「ええ、うまいです」
「うん、当然だな」
なんの話だったか。
「いや、それでだ。そこで上がった議題というのがな、その……なんつーか……」
おっさんが言いよどむ。これは……もしかしなくても、いつものあれか。
「……まあ、そうだな。いつものやつだ」
「勇者案件ですか」
「ああ」
勇者。
勇者案件。
異界の勇者。
「今度はなんです? またあの『アイドルライブ』とかの手伝いですか」
こことは違う世界から迷い込んでくる『異世界人』たち。彼ら彼女らは、強力な『スキル』を神から与えられて、この世界に現れる。
その強力なスキルで勇敢に戦うから『勇者』。
モンスターなどの外敵に対抗するための貴重な戦力。そう位置付けられている。
「いや。あれはまあまあ好評だったが、今回は違う」
「そうですか」
『スキルで戦う』と言っても、直接的に戦闘の役に立つものばかりではない。
例えば、料理が上手になるスキルとか。掃除や片付けが得意になるスキルとか。
「急に言われても困るんですよね。ステージの設営なんて、ギリギリだったじゃないですか」
「そうだな」
歌や踊りがプロ並みになるスキルとか。とにかく色々だ。
「まあ、今回は、ああいうのとは違う。もっと実用的なやつだ」
「はあ」
一見すると戦場で使えないようなスキルであっても、馬鹿にはできない。
使い続けると『レベル』が上がって、特別な効果を発揮することがある。
また、実験を繰り返す内に、新たな使い道が発見される場合もあるのだ。
「そりゃ仕事ですから、やりますけどね」
俺の所属する『冒険者ギルド』は、まあ、言わば、なんでも屋だ。
『スキル』が使えるのは、何も異界の勇者だけの特権ではない。いわゆる『現地人』である俺たちにも、スキル持ちは多い。勇者のそれと比べれば、貧弱なものばかりだが。
そんなスキル持ちの『冒険者』たちをまとめるのが、俺たち冒険者ギルドだ。そして同時に俺たちは、スキルの専門家集団でもある。
勇者たちのスキルを育てる、その手伝い。それが俺たちの重要な仕事の一つだ。
「ああ。それでな、今回の案件だが」
「はい」
「お前、『チューインガム』って分かるか」
「『チューインガム』ですか」
聞いたことがある、ような気がする。俺たちの住んでいる地域では、あまり見掛けないが。
「ああ、チューインガムだ。そのチューインガムをな、大量に作り出すスキルがあるらしくてな」
「はあ」
「スキルの練習でチューインガムを作りまくってるらしいんだが」
「はあ」
「ただ作って余らせるのも、なんつーか、勿体ないということで」
「ええ」
「その余ったチューインガムをな、冒険者に配りたいそうなんだ」
「そうなんですか……いい話じゃないですか。タダで配るんですよね?」
まさか金を取ったりはしないだろう。
「いや、それがな」
そう簡単な話ではないようだ。まあ、知っていたが。
「そう簡単な話じゃねーんだ。なんかごちゃごちゃ言ってんだ、例によって」
「また連中のワガママですか」
勇者のスキルは貴重であり、その育成のためならば、大抵の要求は許されてしまう。
どんな無茶振りであれ、俺たちに拒否権はないのだ。
何を言っても否定されないことが分かると、彼らは増長する。
結果、俺たちは、彼ら勇者の都合に振り回されることとなる。
「どこから話したものやら……。ああ、言っておくが、これはすべて打診レベルの話だ。最終的には、必ず何かしらやることにはなるだろうが」
そう断ってから、説明を始める。
「まずな、量が膨大なんだ。本人のマジックバッグと、本部の倉庫と、城の練兵場と、あちこち埋まってるらしい。運び出すだけでも一苦労だ」
「それは大変ですね」
『マジックバッグ』というのは、魔法で容量の拡張された鞄のことだ。
「ああ。それで勇者本人が言うにはな、チューインガムには種類があるらしい」
「種類、ですか」
「ああ」
おっさんが、テーブルの隅に置かれていた、何枚かの小さくて平べったい包みを差し出してきた。
「チューインガムのサンプルだ」
受け取って眺める。銀色の包みに、カラフルな薄紙が巻かれている。俺たちには読めない異世界の文字が、大小様々に描かれている。
「開けて食ってもいいぞ。ここにあるのは安全らしいからな」
そう言って勧めるので、包みを一つ————
「ん? 安全……?」
手元から顔を上げる。おっさんと目が合う。
「安全ではないものがあるんですか」
おっさんが、自分の弁当箱から、おかずを一つ取り出す。
「これも一つお前にやろう。肉だ、肉。肉食え。体力付けろ。魔法は体力だからな」
「いやいや、肉って。そりゃミートボールも肉でしょうけど」
仕方がないので貰っておく。
「あのな。このチューインガムな」
「はい」
「爆発するやつが交じってるらしい」
俺は再びおっさんの顔を見た。おっさんの目は、笑っていなかった。
「ばく……はつ……?」
それ食い物か?
「最初はよく分かっていなくてな、口の中を火傷したやつがいるらしい」
俺はチューインガムの包みから手を離した。
「その頃はまだ、大した威力でもなかったそうなんだが、スキルレベルの上がった今となっては……」
「いやいやいや、ちょっと待ってくださいよ」
「……幸いなことに、鑑定スキルがあれば誰でも、爆発するかしないかは、最低限見分けられる」
俺は、鑑定スキルは持っていない。と言うか、鑑定スキルは、誰でもが持っているものでもない。
「なんなんですか、それ。なんなんですか。それって俺じゃなくてアイテム課じゃないんですか?」
一口に冒険者ギルドと言っても、それぞれの支部や、支部の中でも担当によって、得意なことは分かれている。
「アイテム課には後で持っていく」
「はあ」
「そうじゃなくてだな、これな、マナが増えるらしい」
マナというのは、魔法スキルを使う時に必要とされる、魔力のことだ。
「マナ……ですか……」
俺の専門は魔法スキルだ。ついでに言うと、このおっさん、ギルマスも、厳つい見た目に反して、本業は魔法使いだったりする。
「そうだ、マナだ。お前マナ少なかったよな。これでマナ増えるぞ」
「余計なお世話ですよ。でもそうか、種類というのは……」
「ああ、そういうことだ。戦士とか剣士とかのマナを増やしても仕方ないからな」
爆発するもの。マナが増えるもの。
「……他には、例えば筋力が上がるのとか」
「そういうのもある。いやー、話が早くて助かる」
言いつつ、おっさんは別に嬉しそうでもない。
「何種類あるんですか」
「ガムの種類か。それがな、分からん。これから調べるってよ」
なんだそれ。誰に何を配ろうとしてるんだ。
「まあ、種類の話は、こんなところか。それでな、まだまだあるぞ」
俺はうんざりしてきた。おっさんも嫌そうな顔で、それでも話を続ける。
「食った後のガムな、吐き出すだろ」
「飲み込んだら駄目ですか」
「駄目だ。口の中でかむだけで、飲み込んだら駄目だ」
おっさんが、ガムの包みを一つ、手に取る。
「この包み紙な、銀紙だが、これに吐き出して、丸めて、その丸めたのは回収して燃やせとよ」
なんだそれ。勿体ない。
「メモ用紙にしたら駄目ですか」
「駄目だ。確実に全部回収しろ、だとさ」
意味が分からん。冒険者というのは自由業でもある。自分が一番偉いのだ。
そんなやつらに、ああしろ、こうしろ。命令されて素直に聞くものではない。
「絶対ごまかすやつが出てきますよ」
「ああ、それは俺もそう思ったぜ」
こんな調子で、俺たちは、昼飯を食いながら勇者案件について語り合った。
聞けば聞くほど面倒な話だ。
通常業務だってあるのに、こんな無理のある話を持ち込まれては堪らない。
ギルマスの力で、計画を中止にはできないのか。俺は冗談半分で聞いてみた。
「あのなあ、支部長ってのはな。ただの中間管理職のおじさんさ。幹部のやつらが右と言えば右、勇者が左と言えば左。そういうものさ」
*
俺が自分の席に戻ると、部下が話し掛けてきた。
「おじさん!」
「課長!」
双子の魔女、シシリィとミミリィ。魔法スキル課の期待の新星だ。
「どうした」
二人は顔も服装もそっくりで、俺にはまったく見分けが付かない。マナの色が違うらしいのだが、そもそも俺にはマナが見えない。
「玉子焼き!」
「ミートボール!」
「支部長のお昼ご飯!」
「どっちだった?」
「ねえどっちだった?」
「ねえねえ」
そういうことか。俺は答える。
「どっちもだ。玉子焼きとミートボール。どっちもうまかった」
「そんな!」
「嘘だ!」
「うそじゃねーよ」
「シシリィのおやつが!」
「ミミリィのおやつが!」
この二人は、何かを賭けて勝負するのが好きだった。今日の勝負は、支部長の弁当の中身を当てること。賭け金は、食後のおやつ。
「ずるい! おじさんずるい!」
「課長ずるい! 支部長の奥さんの玉子焼きとミートボール!」
「ずるくねーよ」
そこへ別の部下がやってきた。
「あっ、おじさ……課長」
「どうせ俺はおじさんだよ……。どうした?」
黒髪眼鏡の美女。うちのエースだ。目付きの悪いのが玉にきず。
今日は昼休みの間、一人で窓口の店番をしていたはずだ。
「いえ、あの。窓口の方に、ちょっと面倒なお客様がいらっしゃいまして。『お前じゃ話にならん、上司を出せ』と」
小さな支部だ。窓口の上には課長。その上には支部長しかいない。
「分かった。俺が行く」
弁当箱を机に置いて、俺は彼女と窓口へ向かった。
ちらりと時計に目を遣る。昼休み、残り十五分。
俺の後ろでは、まだ双子が騒いでいる。
ああ……。
俺の昼休み……。
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