83.魔物料理のお店を開こう1
カレーの試食会は、大成功のうちに終了することができた。
みんな大満足での、解散となった。
「アンジュ、ご馳走様。とても美味しい昼食だった。今度はキャリーも一緒に連れて来るよ」
「はい、次の機会をお待ちしていますね」
思った通り後から参加組はお仕事をサボって来ていたようで、リシャール殿下、クロード、アルフレットは、カレーに大満足して、慌てて職場へと帰って行った。
(ほんと、困った人たちだよね)
アンヌはリバーデン伯爵夫人とのお茶会の予定が入っていたようで、ドレスチェンジした後、馬車で出かけて行った。
きっと今日のワイルドボアのお肉の話やカレーライスの話で、盛り上がるに違いない。
いつでも先端を走るアンヌがカレーを食べたと言えば、それが流行になる。
まだどこの店にもない料理なので、悔しがる奥方も多いに違いなかった。
テリュース殿下たちは、今日1日お休みらしい。
しかしせっかくなのでと言うか、いっぱい食べたので腹ごなしに、コンラット様やアンリたちと、これから剣の鍛錬をしに行くみたいだった。
「アンジュ、美味しかったよ。また、何かあったら誘ってね」
「はい、今度またお誘いしますね」
今回はテリュース殿下を、誘っていなかったんだよね。
決して忘れていたわけではなく、王族だもの。そう簡単に誘っていいものかと、悩むよね。
(まぁ、いいか。本人が来たいと言うのだから、誘ってあげればいいんだよね。)
「アンジュ姫、カレーライスとても美味しかったです。カツサンド、楽しみにしていますね」
「はい。来週にでも、お届けしますね」
アンジュが知る限りコンラット様も、3杯はおかわりして食べていたように思う。
あまり食に対して執着がないように見えるコンラット様だが、最近はテリュース殿下やアンリに隠れて解りにくいが、よく食べているように見える。
一番のお気に入りはマヨネーズのようで、今日もサラダにマヨネーズをたっぷりかけて食べていた。
もうマヨラーと言っても、過言ではないと思う。
(お気に召していただけたようで、よかったです。)
カツサンドの件は、とても楽しみにされているようなので、なるべく早うちにお届けしようと思っていた。
「アンジュ、帰ったらまた食べるので、カレーを残しておくように」
「アンリ兄様、今日はもうカレーライスは終わりです。お鍋は空になってしまいましたもの」
「みんな、そんなに食べたのか?」
ほんと、誰が食べたのでしょうね。
少なくともアンリは、アンジュの知る限り5皿は食べていたと思う。トーイが6皿だから、良い勝負だった。
(ほんと、食べ過ぎだよね。)
「まだワイルドボアのお肉は沢山ありますからお帰りになるまでに、何か作っておきますね」
「ああ、楽しみにしている。アンジュの料理は、本当に旨いからな」
「ありがとうございます」
たとえそれがアンリだとしても、褒められて悪い気はしなかった。
アンリは好き嫌いがないので、なんでも食べてくれる。なので何を作ろうかと考えると、楽しくなった。
カレーパンもいいかも知れない。
豚肉って、いろいろなお料理に使えるから便利だよね。
みんなを見送り、アンジュは居間へと足を向ける。
そこにはトゥリー様とラウニリルが、ダイニングから席を移して待っていた。
「お待たせしました」
二人の向かいの席へ、アンジュが腰を下ろす。
これからカレーの試食会でお二人から出た魔物料理のお店を出店することついての話をする予定だった。
「トゥリー様、こちらは森番のラウニリル様。今回のワイルドボアのお肉を用意してくださった方です」
「初めまして、俺はラウニリル・ブラギナー。フィンメースの森で森番をしている」
「こちらはトゥーリ様、えーと・・・・・」
なんと紹介すればいいかと考えていると、トゥーリ様は自分でさっさと自己紹介を始めた。
「私はトゥーリ・オルエム、オルエム商会の会頭補佐をしています」
「あのオルエム商会の?」
「ご存じですか?」
「ああ、時々利用させて貰っている」
ラウニリルはオルエム商会の利用者のようだった。
フランドール公国で1、2を争う商会を、知らない訳がなかった。
「それで魔物料理の店の出店する話ですが、ラウニリル様から何か提案があるのでしたよね」
最初にラウニリルから、相談したいことがあると聞かされていた。
アンジュが話を振ると、ラウニリルが話はじめる。
「ああ、うちの森番にシヴロスと言うのがいるんだが、前回の魔物の討伐で酷い怪我を負ってしまってな」
「まぁ・・・・・」
「幸い命に別状はなかったのだが、森番の仕事はもうできそうにない。それで実家に帰ることにしたんだが・・・・・」
ラウニリルの話は、平和ボケしていたアンジュの想像をはるかに越えていた。
森番の仕事をただ漠然と知っている気になってはいたが、酷い怪我をして森番の仕事ができなくなる人がいるとは思ってもいなかった。
危険な仕事だと、改めて思う。
魔物と戦うこともあるのだから、危険がないはずがなかった。
「それは大変でしたね」
トゥーリ様にとっては当たり前のことなのか、大した驚きは感じられなかった。
事務的にたんたんとした口調で、ラウニリルとトゥーリの会話は進んでいく。
「それでそいつの実家なんだが、王都の7番街で食べ物屋をしていてね。店の立地も悪い上に、ごく普通の家庭料理で客は来ない。それでほぼ潰れかけていて、困っていたんだ」
「7番街と言うと、本通りからはずいぶん外れていますからね。わざわざそこまで食べに行きたいとは、誰も思わないでしょう」
トゥーリ様の頭には、地図が入ってるのかラウニリルの言っている場所が、すでに解っているようだった。
「それで嬢ちゃんの、魔物料理の店を出してみてはどうかと」
「そのシヴロス様は、料理ができるのですか?」
「ああ、森番の飯は交代制だからな、ある程度のことはできる。それにそいつの奥さんがいままで、実家の食堂を手伝っていたので、素人よりはましだろう」
「・・・・・うん。それならば、大丈夫なのかな?」
アンジュが店を出すとしても、自身がずっと料理することはできない。
誰か料理のできる人にレシピを教えて、調理してもらうしかなかった。
「店が今までと同じでは、お客さんに解りにくいので、実物を見せてもらい改装することになると思います」
「しかし、あいつ金は、もってないぞ」
そうだよね。外装が今までと同じだと、料理などが変わったところで、お客さんに認識されにくい。
やるのならおもいっきり改装したいところだが・・・・・。
森番の給料がどのくらいのものかは解らないが、そんなに出せるものではないと思う。
「それは私とアンジュが、出資するから大丈夫です。ラウニリル様にも、店への出資をお薦めしますわ。アンジュの料理が、儲からない訳がないですからね。きっと出資した倍以上の額が返ってくるはずですよ」
こちらの世界にも前世の株式みたいなものが、存在するらしい。
商業ギルドに登録して、証券みたいなものを発行してもらうと、もしうまく行かなくてお店が潰れた場合は投資したお金は全額パァになるが、利益が出た場合は出資額によって決められていて、配当がはいってくる仕組みになっているということだった。
「そ、そんなに?」
「アンジュの料理、そして私がプロデュースして、失敗はありえないから、大丈夫です」
「凄いな。解った俺も出資する」
「よし、決まりですね。で、魔物の肉の方は、大丈夫なのですか?」
「ああ、大丈夫だ。俺たちが狩った魔物を納品する。シヴロスも解体はできるが、俺もしばらく軌道に乗るまでは手伝ってやる」
「では、明日にでもその7番街の店をみせてもらいたいのですが。それとシヴロス様にも合わせて欲しいです」
「解った。よろしく頼む」
話がトゥーリ様とラウニリルの間で、どんどん決まって行く。
トゥーリ様は根っからの商売人、時は金なりで、やることが早かった。
シヴロス様に会うまではどうなるか解らないが、トゥーリ様といるとまるでジェットコースターに乗っているようで、アンジュは楽しくてしかたなかった。
読んで戴きありがとうございました。