7.いじめっこ王子登場
声の主はテリュース殿下の腹違いの弟、マーク・ド・フランドール殿下、同じ年の12歳。
薄茶の髪に、アンバーの瞳。容姿はテリュース殿下と比べなければ、まぁ十人並みといったところだろうか。
王族と言う身分を振りかざし、弱いもの虐めする姿は、見るに堪えない。まだ幼いのに傲慢さがにじみ出ているような気がするのは、気の所為だけではないと思う。
アンジュにとっては小さい頃から、とても苦手なタイプだった。
歳が近いせいか会うたびごとにいちいち揄われたり、髪を引っ張られたり、理由もなく叩かれたりして、彼には嫌悪感しか持ち合わせていない。
今日のお茶会にはマーク殿下の母、第2夫人のスザンナ様も出席していた。
マーク殿下もいて当然なのに、声をかけられるまでまーったく気づきもしなかった自分を叱咤してやりたい。
親同伴なので警戒心も薄れていたことに、後悔してもしきれない。今日は助けてくれる兄様たちもいないし、母も気づいてくれそうになかった。
この嫌味、いつまで続くのだろうか?はっきり言ってウザいしかない。
みんなの手前、手を出してこないことだけが救いだった。
――――――― あ、あ、早く帰りたい。
「黄色頭に緑のドレス。タンポポなんてぴったりの花、よく思いつきましたね。タンポポって」
ははは、これはいいと、上から下まで舐めるように見ながら吐かれる悪意の籠った嘲弄に、アンジュの顔は朱に染まる。逃げ場もなく、うつむくしかなかった。
中身は24歳のアンジュなのだから、何を言われても子供の戯言と相手をしなければよいだけ話。
大人の余裕でサラリと交わせば良いだけのことなのだが、12歳のアンジュの心は年相応に繊細で、蔑まれると傷ついたり、悲しかったりと反応してしまう。
これはアンジュの人生なのだから、そうそう24歳の千尋の人格が介入できないようになっているのかもしれない。
気づいた時には、マーク殿下の取り巻き達に、周りを囲まれていた。
口々に黄色い髪と今日の衣装を、嘲笑われる。これはいつものこと。いつものことなのだが・・・・・・。
子供特有の集団心理、1人ではできないことでも、みんなでやれば怖くない。大人と違って、常識や人の眼を気にしない分、子供は残酷だと思う。
王族が率先して虐めているのだから、参加しないのは出世にも関わってくるとばかりに声を張り上げる者。自分が虐められる側になりたくないなど、追従するものの思惑はいろいろだったが、手加減はなかった。
「ほんと、恥ずかしげもなく、よくあんなドレスで来られますこと」
扇で顔を隠しながら毒を含み言ったのは、マリエ・ラルミレラ男爵令嬢、13歳。
マーク殿下は自分のものとばかりに、13歳にしては大人びた豊満な身体をべったりとしな垂れかからせていた。
寄りかかられているマーク殿下はと言えば嬉しそうとはほど遠く、どんどん顔色が悪くなっているように見える。
正装の上からも解るほどに、彼の足の筋肉がプルプルと震えていた。
マリエ様にしな垂れかかれて、必死に耐えるマーク殿下。
(男の人って、結構大変だよね。)
子供とは言えドレスを着た女性一人の体重が、彼にかかっているのだから重いに違いなかった。
(それにマリエ様のお胸、13歳にしてはとてもご立派だし。)
自分と比較して寂しくなるので、あえて見ないことにした。
(私だって大人になれば……。お母様だってあんなに大きいのですから、きっと大きくなるはずです。たぶんですが・・・・・・・)
アンジュのドレスを貶している割に、今日のマリエ様のドレスはデザインも古いが、布地も少々傷んでいるようにみえる。
はっきり言ってマリエ様のドレスの方が、色もデザインも派手すぎて本人にも、この場の雰囲気にも似合っていない。豊かな金髪は、どこまで盛れるの?と、いうぐらい盛られてかなり頭が重そうだった。
ここでは言ったもの勝ち。周りの雰囲気からも、アンジュの性格からも、言い返すことなどできない。ただ黙って耐えるしかなかった。
「タンポポって、雑草だよな。雑草姫って感じ」
「タンポポ姫より、残念姫でしょう」
いろいろ言われても髪の色は変えようもないし、今日の緑色のドレスは母のアンヌがデザイナーさんと一緒にデザインしてくれたアンジュのお気に入りだった。
それにタンポポの花も、嫌いではない。
そもそもタンポポって、そんなに貶められなくてはいけない花だろうか?
タンポポの根には胆汁分泌の補助、肝臓系の機能促進や食欲不振の回復、便秘や消火不良の改善などにも効果があるし、葉には主に胆石の解消、利尿作用、むくみの改善、痛風や関節炎の改善などの効果もある。
この場でこの人たちにそれを説明しても意味がないので言わないけど・・・・・・・。
雑草だってタンポポは、凄いのだ!
言葉に悪意が籠ると、普通のことを言っても凶器になる。ぶつけられれば言葉は痛い。
―――――――― 帰りたい。
じんわりと目に熱いものがこみあげてくるのを、止められなかった。
ここに来なければよかった。後悔ばかりが、浮かんでは消える。
このままこの場にいられない。そう思った瞬間、アンジュの脚は勝手に動いていた。
「アンジュ、待って!」
テリュース殿下の声を背中に聞きながら、悔しくて、その他諸々の複雑な感情を持て余し、アンジュはその場から逃げだした。