62.魔物、怖い!
妖精さんに救援の伝言を頼んだものの、なかなかお迎えは来なかった。
こちらに来たのが午後3時ごろ。
たぶんテリュース殿下はアンジュとお茶の時間を過ごすために、薬草園に来たのだと思う。
なのに目の前でアンジュが消えちゃったのだから、多分今頃は大騒ぎになっているに違いなかった。
それからメグスリの木の採取に、1時間。
(割と早く採取できたと喜んでいたのに・・・・・)
まさか帰れなくなるとは、思ってもいなかった。
妖精さんのひとりが救援を呼びに行ってから、すでの3時間近くは経っていた。
今はもう午後7時頃に、なっているはずだった。
「なかなか助けが来ませんね」
『ようす、みてくる?』
「あなたまでいなくなると、私もどうしていいか解らなくなるから。もう少し、そばにいて欲しいです」
『うん、わかった』
「ごめんね。妖精さんも帰りたいよね」
『だいじょうぶ。アンジュといる』
「ありがとう」
妖精はアンジュの肩にとまると、身体をピタリと密着させる。掌に乗るくらいの小さな存在だが、アンジュにはとても心強く思えた。
迷子ならその場でじっと待つのが鉄則のはずなのに、アンジュは少しでも早く帰りたいと前に前にと歩いてしまう。
自分がどこに向かって歩いているのかさえも、解らず歩いていた。
もともと鬱蒼と木々が茂り、薄暗い所なのだが、陽が落ちたせいでさらに暗くなって来た。ほぼ闇の世界だった。
体感温度もぐーんと下がり、寒くなってきた。
今回は突然森に行くことになり、薬草園から直接来たのでローブすらなかった。
自分を抱きしめ温めようとするが、ほとんど温度は変わらない。寒くて寒くて、堪らなかった。
「夜がこんなに怖いなんて、初めて知ったよ」
暗闇から今にも魔物が現れそうで、落ち着かない。怖いなんてものではなかった。自分がこんなに怖がりだったのかと、驚いてしまう。
「魔物なんて、いないわよね」
ただのひとり事だった。別に返事が欲しいわけではなかった。
それなのに妖精から返って来た返事に、アンジュはびびってしまう。
『アンジュ、もりにまものいるよ』
「えっ、魔物いるの?」
『きたのもりにも、いる』
「そんなぁ、危ないじゃないですか?」
『あぶない、きをつけて』
気をつけてと言われても、アンジュは剣など使えない。それにこの場には武器になるものは、なにもなかった。
もし、今この時、魔物に襲われたら、逃げられるとはとても思えなかった。
(わーん、怖いよ~ぉ)
-----------カサカサカサ・・・・・。
草が動いた気がした。
「きゃーっ!」
悲鳴とともに、アンジュは走り出す。怖い、怖い、怖い。
後ろを振り返ることは、怖くて出来なかった。
闇がどんどん迫って来るように、感じた。
「あっ!」
歩きなれない場所で木の根にひっかかり、アンジュは転んでしまう。
「痛い」
暗くて解らないが、膝くらい擦り剥いているかもしれない。
ヒリヒリと膝が、痛かった。
アンジュはもう泣きたくなった。
辺りは真っ暗で、どこから来たのかも、どこへ行くのかも解らなかった。
そう思うと周りすべてが、崖に思えてくる。
もう前にも後ろにも、進めなかった。 アンジュは、その場に蹲ってしまった。
『アンジュ、だいじょうぶ?』
「ごめんなさい。あなたは大丈夫?」
『だいじょうぶ』
「そう、ならよかった。でも、これからどうしょう?」
真夜中の森の中、どうすれば帰れるのか解らなかった。
辺りはシーンと静まり返り、魔物が息を潜めているのではと思ってしまう。
(怖いよ~ぉ。テリュース殿下、アンリ兄様、誰でもいいから助けて!)
アンジュの願いが通じたのか、草を踏みしめる音がだんだん近づいてくる。
ザクザクザク・・・・・・。
しかし、人が踏みしめる音にしては、重い感じがした。
ザクザクザク・・・・・・。
草を踏みしめ現れたシルエットは--------!
「黒熊?」
体長3M超えの、熊の魔物だった。
アンジュはその場で身体を丸め、目を瞑る。妖精を庇うように、両手で隠した。
絶体絶命!なすすべはなかった。
読んで戴きありがとうございました。