54.噂の影響
翌日にはアンジュとリシャール殿下が、婚約したと言う噂?が王宮中ではまことしやかに囁かれていた。
貴族の重鎮から下働きのものに至るまで、誰も知らない者はいなかった。
今朝、薬草園に来る前にクロードやアンヌにも聞かれたので、一応事の顛末は話してある。
でも、伝わるのが、早すぎだよね。
(噂って怖い!)
昨日、アンジュたちが婚約者選びをした時、リシャール殿下、テリュース殿下、マーク殿下とアンジュの4人しかいなかったはずなのに、何故噂がこんなにも早く広がっているのかとても不思議だった。
前世ではないが、どこかに監視カメラでも設置しているのではないかと、疑いたくなる。まさに壁に耳あり、障子に目ありだった。
「これだけ噂が流れているのですから、噂の出所は間違いなくマーク殿下ですよね」
「そうだね。仕事が早いと言うか。いったい誰に話したのやら?私は朝起きるなり、侍女たちからおめでとうございますって、お祝いの言葉を戴いたよ。本当にびっくりだった。まぁ肯定もしないが、否定もしなかったけどね」
「叔父上はいいですよ。みんなにお祝いを言われるなんて、そんな羨ましいこと。
私など朝からみんなが遠巻きにしているなぁと思っていたら、哀れまれているようで・・・・・・、本当に辛かったです」
グスっとテリュース殿下が、疲れたように鼻をすする。しょぼくれたように、テーブルにうつ伏した。
アンジュがリシャール殿下と婚約したことが本当なら、不本意ながらテリュース殿下はふられたと言うことになってしまう。
テリュース殿下とアンジュの幼い恋は、王宮内ではずっと微笑ましく見守られていた。
それが破局したとあっては、どうしてもまわりのテリュース殿下への対応は、腫物に触るようになってしまうのも無理はなかった。
「しかしテリィは自分だけが被害者のような顔をしているが、アンジュと別れたと言う噂を聞いて、早速多くの令嬢たちからの交際申込みが殺到していると聞いたのだが・・・・・・」
「お、叔父上!私はアンジュ一筋ですから、他の者が何と言っても変わりません」
多くの令嬢たちからの交際申込みって?みんな本当に行動が、早いよね。テリュース殿下の傷心につけ込もうとしているのは、見え見えだった。
「アンジュ、私は絶対、浮気などしないから、信じてくれ」
「はい、解っていますから、大丈夫ですよ」
(まるで浮気を見つかった、旦那様みたいなセリフですね)
必死で浮気などしないと言いはるテリュース殿下のことは、信頼できると思う。人の傷心につけ込むような令嬢たちに、アンジュも負ける気はなかった。
(私だって、負けません!)
でも、ほんとジレンマだよね。
テリュース殿下はアンジュのことが好きで、アンジュもテリュース殿下のことが好きなのに、お互いを守る為には今は婚約はできない。好きだと言う言葉さえ言えなかった。
「テリュース殿下、少しの我慢ですよ」
「そうだね」
「リシャール殿下も、我慢して協力してくださるのですから、頑張りましょうね」
何をがんばるのやら?と言った感じなのだが、今はアンジュとテリュース殿下の仲は秘密だった。
「叔父上、これから私たちはどうしたらいいですか?」
「今まで通りでいいと思うよ」
「今まで通りって?」
「今までもお前たちは、つき合っていなかっただろう。互いを好きだっただけだからね。そのままで構わないと思うよ。私とアンジュの婚約も噂だけ、何も変わらなくていいんじゃないか」
「そういうものですか?」
「そういうものだろうね」
別に噂話に真実は必要なかった。
リシャール殿下に今まで通りで良いと言われて、そう言うものかと思う。
国王陛下が言われたと言うアンジュはこの国の至宝、決して外に出してはならない。そのためには王族と婚約させると言うことも、アンジュが他国などに出て行かなければいいだけのこと。
ほんと国王陛下も、余計なことを言ってくれるよね。
とりあえずリシャール殿下との婚約話で、マーク殿下は納得して諦めてくれたみたいだし、後2年アンジュが社交界にデビューするまで、このままで何とかやって行くしかなかった。
「お前たちはそのままで良いと思うのだが、私の方に1つ問題が出来てしまってね」
「リシャール殿下に、問題ですか?」
「それで二人に、会って欲しい人物がいるんだが?」
「私たちに会って欲しい方ですか?」
「叔父上、私は別にかまいませんが、どなたとお会いするのですか?」
「それは・・・・・・・、私の・・・・、恋人・・・・・」
「「・・・・・・・?」」
リシャール殿下には珍しく、顔を赤らめ言いにくそうに言葉にしたのは、恋人の存在だった。
アンジュとテリュース殿下が、顔を見合わせる。あまりにも思いがけないことを言われて、無言になってしまった。
人って本当に驚くと無言になるらしい。言葉が出てくるまでに少し時間がかかった。
リシャール殿下の恋人って・・・・・・?
「えーーーっ、リシャール殿下の恋人さんですか?」
「うん、そう。今回のアンジュとの婚約の件を、彼女にちゃんと伝えておかなければ、誤解されてしまいそうなんでね」
「そんなこと当たり前じゃないですか。早く誤解を解いてあげなくては、その方が可愛そうです。私も謝りますから、早く合わせてください」
「そうですよ、叔父上。私からも是非お詫びを」
「ふたりともありがとう。助かるよ」
リシャール殿下に恋人がいたと知ったのも驚きだが、その恋人に変な誤解をさせてしまった方が、アンジュにとっては問題だった。
自分の恋人を守る為に、他人を不幸にしたのでは意味がない。
早くリシャール殿下の恋人にあって、安心させてあげたかった。
読んで戴きありがとうございました。