5.お見合い争奪戦!
案内されたテーブルでは、すでに小さな社交が始まっていた。
親から何らかの指示を受けて、ここに来ているのか?
自分の中で、ターゲットがすでに決まっているのか?子供たちの行動は早かった。
一応大人たちによって席は決められているものの、誰もそんなことは気にしてはいない。まるで椅子取りゲームのよう、早いもの勝ちだった。
子供の時に生涯の伴侶を決めるのも、貴族社会では特に珍しいことではない。
家同士の政略結婚なんてこの世界ではあたりまえだし、いつの時代も優良物件は早めにゲットした方がいいに決まっている。
子供版、お見合い争奪戦?
本日の花丸級優良物件である王族のお二方は、この時とばかりに着飾った見るからにやる気満々の女の子たちに、すでにとり囲まれてしまっていた。
肉食獣の囲まれたウサギさん状態、ほんと大変だよね。
なんだか真剣すぎて怖い。殿下たち、美味しく食べられちゃうかも。
触れば火傷しそうな熱量に、アンジュは近づくことができない。
まぁ、怖いから、近づいたりしないけどね。触らぬ神に、祟りなしだよね。
だいたいアンジュの中身は24歳なのだから、この場にいるみんながお子様に見えてしまうのも無理はない。
まだ小さいのに、生涯の伴侶探しなんてご苦労様ですって感じ?
お見合い争奪戦など、最初からまったく、少しも、興味はなかった。
アンジュの内心は常に、―――――――― 早くお家に帰りたい。
ただそれだけ。
誰が決めたのかは解らないが(どうせアンヌとアーデル王妃様だろうけど)、アンジュの指定席だった所には、すでに別の女の子が堂々と座っていた。
予定されていたアンジュの席は、このお見合い争奪戦では、特等席にあたる場所だった。
アンジュからすれば王族の隣なんて、ほんと勘弁してって感じなのだが・・・。
本来なら招待された分際で、指定されている席以外に勝手に座るのは不敬にあたる。なんせ招待者が、あの王妃様と公爵夫人だし、ねぇ。
まぁ、アンジュにとっては席など、どこだってかまわない。お茶会が終るまで、目立たず座れればどこだってよかった。
だって1人で帰るわけにもいかないし、ねぇ。
後が怖いので、とりあえず大人しくしておくに限る。
ここまでアンジュを案内して来た侍女が困っているようなので、スミの方の空いている席を指示する。椅子を引いてもらうと、腰を下ろした。
――――――― あ、あ~ぁ。早く帰りたい。
そう言った気持ちは、他の子供たちにも伝わるものなのか、誰もアンジュに話しかけて来なかった。
特別誰かとお話ししたいわけではないが、それはそれで問題かもしれないと思う。
友だちなどいなくてもアンジュ的にはまったく全然気にはしないが、アンヌは絶対気にするだろう。下手をすればお友達が出来るまで、強制的にお茶会に参加させられるかもしれない。
それだけはどうしても避けたかった。
できることならばアンジュは一日中温室に引き籠って、植物に触れていたいのだ。
お茶会などに、時間を奪われたくない。
実際この時、避けられていると思っていたのはアンジュだけで、周りからすれば上位貴族の見た目繊細そうな女の子に、何を話したらよいのか解らないと、みんなが遠巻きに様子見をしているだけなのだが・・・・・。
この時のアンジュは、知る由もなかった。
―――――――― 早く帰りたい。
王妃様ご自慢の手入れのよく行き届いた庭で、今は盛りと咲きほこる薔薇の美しささえ、興味の端っこにも引っ掛からない。
もともとアンジュは豪華な薔薇の花々より、カモミールやラベンダーのようなハーブと言われる実用的な植物の方が好みだったし、最高級の茶葉で入れた紅茶も、確かに香りはよいが好みのハーブ茶やフルーツ茶に比べて、これと言ってなんの感動もなかった。
(身体によいのが、一番よね。)
普通の子供ならば喜びそうな甘味だが、この国で最上級の砂糖を使い繊細な細工を施した菓子も、見ている分には美しいが、はっきり言って甘すぎる。1つ口にすれば充分だった。
―――――――― 早く帰りたい。
内心何度も、何度も、呪文のように繰り返そうとも、誰もアンジュの気持ちを察してはくれない。
アンヌの方にチラリと目をやるが、大人のお茶会はとても盛り上がっているようで気づいてもくれなかった。
――――――― あ、あ、帰りたいなぁ。ふぅ~。
思わずため息をつきそうになって、慌てて口もとを扇で隠す。
ここは貴族の社交の場、まだ子供とは言え、最低限淑女の対面は保たなくてはならない。アンジュにもそれくらいの常識はあった。
(これでも一応公爵令嬢の端くれだしね。淑女教育はちゃんと受けているのですよ、えっへん。)