34.討伐訓練 2
引き続き、アンリ視点です。
討伐訓練と言う題名ですが、あまり討伐とか戦いは苦手です。読み苦しいところもあると思いますがご勘弁ください。
どうぞよろしくお願いいたします。
俺たちはアンジュのスカーフのおかげで、快適とは言わないまでも平静に目的地に向かって馬を進めていた。
ただ一人だけマークにスカーフを奪い取られたナルウスは、この瘴気の中でいつ倒れてもおかしくないほど、青い顔をしていた。
スカーフを奪い取った本人であるマークはと言えば、ナルウスを気にもかけていない。
自分の為に誰かが犠牲になるのは、マークの中では当然のことのようだった。
前にアンジュがマークのことを、王族と言う身分を振りかざし弱いもの虐めする最低人間と評していたが、まさにその通りだと思う。
まったくナルウスのことなど眼中にない様子で、他の取り巻きたちと楽しそうに話をしながら馬の歩を進めて行く。今まさに魔物の討伐へと向かっていると言うのに、まったく緊張感はなかった。
「で、どうするんだ?このままでは、ナルウスはもたないぞ」
自分のスカーフを譲ってやるほど、俺は成人君子ではない。はっきり言って臭いのは嫌だった。かと言ってナルウスを見捨てられるほどの、根性もなかった。
「だんだん瘴気も、濃くなってきていますからね」
「我が弟ながら、本当に困ったものだよね」
俺やコンラットのナルウスを気遣う声に、テリュースがほとほと困り果てたようにため息を吐く。
「おまえの弟だろう、おまえがどうにかしろ」
「可愛くない弟より、私はアンジュのような可愛い妹の方がよかったな」
「残念だったな、アンジュは俺の妹だ。現実を見ろ。おまえのはマークの方だ」
「うん、解ってる。でもマークは私のではないけどね。それにアンジュとは兄妹でなくて良かったと思うよ。恋が出来るからね」
「ぶっ!こ、恋って・・・・・?」
「いいだろう、別に」
臭い、臭すぎる。ここの瘴気がって言うんじゃなくて、テリュースの言い分の方がだ。恋をすると誰もが詩人になると言うが、どうやらテリュースにはあてはまらないようだった。
(妹じゃなくて良かった。恋が出来るからって・・・・・ぶっふふふ!笑)
俺が噴き出すと、テリュースは顔を朱に染めてそっぽを向く。自分でも恥ずかしいことを言った自覚はあるらしかった。
「あっ、そう言えば、確かアンジュが・・・・・」
突然、テリュースが馬から降りるなり、荷物に結び付けてあったものをほどき始めた。
「おい、降りるなら降りると、先に言え」
「アンリの言うとおりです。何かあったらどうするのですか?」
「あっ、ごめん、ごめん。ここにアンジュが、もう1枚結んでおきますねって、結んでくれていたのを思い出して・・・・・」
「あっ、そう言えば俺も・・・・・」
俺も馬を降りると、荷物を探る。テリュースと同じように、荷物にはもう一枚のスカーフが結びつけてあった。
「えーっ、私だけではなく、アンリにもなんて、なんで?」
「なんでって、兄妹だからな」
「私の為だけに結んでくれたと思っていたのに」
なんで自分だけだと、思っているかな?
同じように俺も貰っていると知って、テリュースは相当ショックを受けたようだった。
(どうしてそこで、そんなにショックを受けるかな。兄と競ってどうするのって感じだった。)
「それより、このスカーフをおまえからだと言って、ナルウスに渡せ」
「なんで、アンリのスカーフ?私から渡すのなら、これでいいだろう?」
俺が荷物から外したスカーフを、テリュースに差し出す。テリュースは不服そうに、自分の手にあるスカーフを見た。
「俺はこれから何枚でも、アンジュに貰えるからな」
いいだろうと言わんばかりにニッコリ笑って見せる。テリュースを揄うのは面白かった。
(未来の弟いじめってか。これ結構癖になりそうなんですけど・・・・・。危ない遊びを、覚えてしまいましたって感じ?)
「えーっ、私だってアンジュに頼めば、何枚だって・・・・・」
「だ・か・ら、ここで競ってどうするんだって」
(ははは・・・・・、懲りない奴。俺はアンジュのお兄様だって、何度言えば解るかな)
俺は笑ってテリュースの手に、無理やり自分の分のスカーフを押し付けた。
テリュースは仕方なさそうにスカーフを受け取ると、不思議そうに俺に問う様な視線を向ける。まだ納得できていないようだった。
「どっちを渡しても、スカーフはスカーフだって。せっかくアンジュから貰ったのだから、おまえは大切に取っておけよ」
「・・・そうだね。せっかくだからお言葉に甘えさせてもらおうかな。でもどうして、アンリが渡さないの?」
「王族によって奪い取られたものを、他の王族によって再び与えられると、その喜びは如何なるものだろうな」
「なんだか凄いね。たかがスカーフ一枚で」
「そう、たかが一枚のスカーフでも、命の恩人には違いない」
「命の恩人って、言い過ぎじゃない。そういうもの?」
「そういうものなのです、殿下」
俺がいつもの砕けた調子を改めて、王族に対する丁寧な口調で告げると、テリュースは「解った」と頷いた。
少し遅れてしまったが、馬を走らせる。ナルウスは最後尾でなんとかみんなについて行っているようだった。
テリュースは馬をナルウスの馬と並べると、スカーフを差し出す。差し出されたスカーフを見て、ナルウスは驚いたように馬を止めた。
俺たちもその動きに合わせ、馬を止める。
それに気付いたマークが、何故か近づいて来た。
「兄上。スカーフを忘れたナルウスなど、足手まといですから捨ておけばいいものを」
マークの口から出た言葉に、俺たちだけでなく、ナルウスも目を見張った。ほんとマークは、最低人間だった。
自分がナルウスからスカーフを奪っておいて、この言いぐさはないと思う。許されるならここで一発、殴ってやりたい気分だった。
(ここで殴ったら、やっぱりまずいよな。一応あれでも、王族だし。まぁ、俺の主はテリュースでよかったよ。)
マークでなくってよかったと、改めて思った。
子供の派閥は大抵が親の派閥、思想、損得勘定で決まってしまう。
俺の場合はクロードが早々にテリュースの擁護に回ったので主にすることが出来たが、ナルウスの親はマーク派なのだろう。子供には選ぶ自由はなかった。
「マーク、捨て置けばいいなど、そんなことを言ってはいけないよ。今から討伐へと向かわなければいけないのに、戦力は減らせないからね。」
「兄上は人が良すぎます」
テリュースが人が良いのではなく、マーク、おまえが悪すぎるんだよとは、内心は思ってはいても、何も言えない。
殴りたい、殴りたい、殴りたい。俺のこぶしが、プルプル震えていた。
「実はスカーフをもう1枚、予備を貰っていてね。良かったらこれを、使わないか?」
テリュースはマークを無視してナルウスに歩み寄ると、再度スカーフを差し出した。
差し出されたスカーフを見て、ナルウスは目を丸くする。まさかテリュースから、スカーフを渡されるとは思っていなかったようで、ナルウスは恐る恐るスカーフを受け取った。
「よろしいのですか?」
「この瘴気の中、大変だろう?よかったら使ってもらいたい。アンジュもそのために、予備を持たせたと思うから」
確かにそれも、あながち間違っていないと思う。あのアンジュのこと、案外マークあたりが忘れることを見通していたのもしれなかった。
「ありがとうございます。使わせてもらいます」
ナルウスが泣きそうな顔で、スカーフを受け取る。
コンラットからスカーフのつけ方を教えてもらい、ナルウスもやっと臭いにおいから逃れられたみたいだった。
マークはと言えば、ナルウスのことなど興味を失ったように、振り向きもしない。さっさと先へと、馬を進めてしまっていた。
「困った奴だね。嫌でなければナルウスも、私たちと一緒に行こう」
「はい、ご一緒させてください」
ナルウスはもうマークに、阿る気はないようだった。
あれだけ酷いことをされたのだから、愛想を尽かして当然だった。
逆にテリュースに向けるナルウスの視線には、感謝や尊敬、信頼の熱が熱く籠っているように見えた。
「さあ、行くぞ!」
「「「はい!」」」
今日初めてナルウスは本当に嬉しそうな笑みを浮かべると、俺たちの列に加わった。
「まもなく、ビックフロッグの大量発生目撃地点につき、警戒態勢を取れ!」
シヴサル団長の緊迫した声が、響き渡った。
目的地、ビックフロッグの大量発生地点は、もう目の前だった。
読んでいただいてありがとうございます。