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タンポポ姫の恋の処方箋   作者: rokoroko
32/199

32.討伐前夜 2

 突然、パンパンパンとアンヌの手を叩く音が、部屋中に響き渡った。


 アンジュたちは兄弟喧嘩のような言葉遊びを止め、アンヌに注目する。本当にピタリと静かになった。


 子供の時からアンジュたちが口喧嘩などを始めると、アンヌは子供たちの注意を集め気を反らすために、こうして手を叩いた。

 女主人の貫録、迫力が半端でなかった。


 こういう時のクロードの存在感が薄いような気がするのは、何故だろう?頑固おやじのはずが、アンヌの前ではとても影が薄い。家の中での力関係は、アンヌが最強だった。


「兄弟喧嘩はそれまでよ。アンジュ、あなたはまだ本調子ではないのだから、お部屋に戻りなさい。さぁみんなももう終わりよ。そろそろお開きにしましょう」


 母の言葉で、みんなが一斉に席を立つ。誰からも反論の声は出なかった。 


(怒らすと、後が怖いからね。)


 アンジュも部屋に戻ることに、異論はなかった。


「お父様、おやすみなさい」

「ああ、おやすみ」

「心配かけて、ごめんなさい」

「ああ、もういい。ゆっくりやすみなさい」


 クロードの両手が、アンジュをそっと包み込む。再度アンジュが謝ると、労わる様な言葉と共にそっと離れた。


 アンヌにはアンジュから抱きついた。アンヌはアンジュの背中をポンポンと叩くと、そっと離れる。柔らかく、とても良い香りがした。


「お母様。おやすみなさい」

「しっかり休むのよ」

「はい、お母様も良い夢を・・・」

 

 アルフレットもアンジュをそっと抱きしめ、そっと離れた。

 兄弟の中で、クロードに一番雰囲気が似ているのが、アルフレットだった。まだ21歳の若さでクロードの後を継ぐべく頑張っているのだから、自然と似てしまうのも無理はなかった。


「おやすみ、アンジュ」

「おやすみなさい、アル兄様」


 アンリには、怒ってないことを知らせるため、自分から抱きついた。

 あまりにも勢いよく飛びついたので、アンリがよろめく。

 これから討伐に向かう騎士が、女の子のひとりも受け止められなくて大丈夫なのかと不安になる。

 最近お菓子の食べ過ぎで、お腹周りに少し(本当に少しだけよ。)お肉がついたことは、棚上げすることにした。


「アンリ兄様、お気をつけていってらっしゃいませ」

「アンジュ、揄ってごめん」

「大丈夫ですよ。気にしていませんから」


 いつもの兄妹間のスキンシップ、後を引くことはない。別にアンジュも本気で、怒っていたわけではなかった。


「そうか。おやすみ」

「おやすみなさい」


 アンジュから怒ってはいないと聞いて、アンリはほっと肩の力を抜く。

 彼は彼なりに、妹を泣かしたことを気にしていたようだった。


(別に泣いてないけどね。)


 家族の愛情を再確認して挨拶を済ますと、アンジュは居間を出た。


 部屋に戻ると、ほっと息を吐き出す。

 ずっと眠っていたせいか、眠気はまるで訪れる気配はなかった。

 まる2日も寝ていたのだから、当たり前かもしれない。


 ふと脇机を見ると、誰かが置いてくれたのだろう。2日前に研究室へと持って行ったバックが置いてあった。

 そう言えばと、バックを取り中を探ってみる。


 そこには2日前に作った【アルティメットスーパーハイパワーポーションもどき】(長い、長すぎる。)があった。


(言いにくいので、もう『アルポ』でいいんじゃない。なんか可愛い感じだし、いいよね。)


 【アルティメットスーパーハイパワーポーションもどき】(あっ、舌かんじゃった。)は、『アルポ』に決定した。


 再度中身を、鑑定!してみる。

 薬品って時間が立つと効果が失われたり、変質したりするので、念のためだった。


(決して鑑定の魔法が、使いたかったわけではない。)


「鑑定!」


【アルティメットスーパーハイパワーポーションもどき】通称【アルポ】

 神のポーション。あらゆる傷、怪我、外傷を治す治療魔法薬。場合によって身体補正も可能。

[用量] 通常10mlで完治。傷により量を調整すること。


 再度の鑑定でも『アルポ』と、鑑定された。

 あまりにいろいろなことが起こったので、アンジュももしかしたら夢だったのではと内心思っていたのだが、神のポーションは確かに実在していた。

 その上、通称まで情報として、記載されていた。(仕事、はや!)


 瓶の中で『アルポ』は、キラキラと虹色に美しい輝きを放つ。不思議な液体だった。


(凄いポーションなのよね)


 きっとこれも本来なら法連相案件なのだと思う。

 クロードやリシャール殿下に、報告しなければいけないこと。

 もしこの『アルポ』のせいで何かが起こってしまった場合、とてもアンジュ一人で解決できるとは思えなかった。


 しかしこれを世の中に出しては、いけないような気がした。

 誰にも知られてはいけない、秘密の魔法薬。


 量も300mlくらいしかないし。妖精たちの協力があっても、今後同じものは二度と作れないと思う。


「そうだわ。確かここに」


 引き出しを探って、目当てのものを見つけ出す。

 祖父から前に貰ったスキットルだった。

 祖父はスキットルをたくさん持っていて、ウィスキーなど蒸留酒を入れて持ち歩いていた。決して酒飲みってわけではなく、祖父たち世代のファッションだった。


 このスキットルは祖父の持っている物の中で、一番美しい細工が施されていて、どうしても欲しくなったアンジュが、強請ったものだった。


「うん、なかなかいいじゃない?」


 【アルポ】を、スキットルに移し替える。

 少し残った分は、入っていた瓶に残したまま固く蓋を閉めると、引き出しの奥に隠した。


「アンリ兄様、まだ起きておられるかしら?」


 これから魔物の討伐に行かれるアンリに、どうしても持って行って欲しかった。

 何かあった時のための、保険のようなもの。無駄になるのならそれでも良かった。

 アンジュが望むのは、討伐隊全員の無事の帰還だった。


 そう考えた瞬間、扉を叩くノックの音とともに、

「アンジュ、まだ起きてる?」と、アンリの声がした。


「アンリ兄様?」


 ドアを開けると、やはりそこにはアンリが立っていた。


(以心伝心?兄弟って凄い!)


「遅くにすまない。これから騎士団の宿舎に戻って、明日の朝出発する。だからアンジュにもひとこと、言っておこうと思ってね」


 アンリはすでに討伐の為の軍服に身を包み、家を出る準備を整えていた。いつもの私服スタイルとは違い、とても恰好よく凛々しく見えた。


(白衣も良いが、軍服も良い。萌え、萌えだよ。異世界、最高!)


「私も今、これをお持ちしようと思っていました」

「ん、これは?」

「ハイポーションです」


 中身は【アルポ】だけど、それは内緒にしておく。

 使ってしまえば跡形も残らない。だから秘密は、使用と同時に消え去るのだ。


(ね、良い考えでしょ)


「ポーションなら騎士団の方にも、沢山用意されているはずだけど」

「そうですが、これは特別なポーションなのです」


 何故か誇らしげなアンジュに、2日前のことはこのポーションが原因なのだとアンリは直感した。

 いつもやらかし感のあるアンジュだが、自分たちが知っていることの他にまだ隠していることが沢山ありそうだった。


「もしかして、これがアンジュが倒れた原因なのかな?」

「うーん、それは聞かないでくださると、嬉しいです」

「解った。ありがたく戴いて行こう」


 このスキットルは、アンジュが祖父から譲り受けた宝物だった。その中に入れるのだから、中のポーションも凄いものなのだろうと、アンリは思った。

 この妹はやらかし感は半端ないが、彼女が作る薬の効果も半端ない。アンジュの実力は、アンリも認めざる得なかった。


「200ml入っています。だいたい1人10mlくらいで完治するらしいので、20人分になります」

「これだけで20人分?凄いね」


 20人分と聞いて、アンリの頬は引きつってしまった。

 先日アンジュが作ったポーションも、ローポーションに換算すれば500本分。ミドルで166本、ハイで100本分と言うことだった。

 それだけでも十分に普通ではないのに、200mlで20人分?しかもアンジュのこの様子では、効果はそれ以上なのかもしれない。

 いったいどれだけ常識外のことをしでかすのやら?


 アンリはアンジュの今後に、不安を覚えた。

 これは早々に嫁に行ってもらった方が、自分たち兄弟にとってはよいのかもしれなかった。その前にアンジュを溺愛しているクロードの、問題が残っていたが。


「アンリ兄様、ご無事のご帰還をお待ちしています」

「うん。アンジュの大切な人も守るから、安心して。私はテリュース殿下の護衛騎士だからね」


 意味深に言って、アンリがニンマリ笑う。

 アンジュがテリュース殿下のことが好きなことは、アンリにもばれてしまっているようだ。


(私って、解りやすいのかな?)


 アンジュの顔が、朱に染まる。正直言って、恥ずかしかった。


「もう、知りません」

「ありがとう、アンジュ。これはここに入れておくことにするよ」


 アンリが軍服の胸の内ポケットに、スキットルを入れる。そこにスキットルがあることを確認するかのように、アンリは掌をあてた。


「行ってくる」

「行ってらっしゃい」


 言ってアンジュは子供の頃のように、アンリに抱きついた。互いの体温がふっと重なり、温もりを感じる間もなく離れて行く。

 後に残ったのは、寂しいような、心細いような複雑な気持だった。


読んで戴きありがとうございました。


※スッキトルと言うのは、ウイスキーなどアルコール濃度の高い蒸留酒を入れる携帯用の小型水筒のことです。

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